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ひとつ屋根の下 ~It`s happening life~  作者: 建野海
晃一の章
34/40

初恋は唐突に

悠と出会ってから晃一を取り巻く環境は激変した。それまでの日々が嘘のように明るく、眩い心の底から彼が求めていた毎日が訪れることになった。

 初めは同じ片親同士で共に遊ぶ晃一と悠をからかう子供たちが多くおり、からかわれるたびに泣き出しそうになる晃一を庇うように常に悠が前に立ち真っ向からからかいの言葉や悪口を言う子供たちに立ち向かった。

 時には取っ組み合いの喧嘩になることもあり、子供たちだけで物事の結末をつけられず、相手の両親や晃一の母、そして悠の父が出て話し合う姿もあった。

 その時初めて晃一は悠の父を見たが、筋骨隆々の大男。まるで熊のようなその男性が自分の娘が喧嘩をした理由を聞いて相手方の両親に対して怒りを顕にしている姿を見たときには思わず小便を漏らしてしまいそうなほどだった。

 もちろん、子供である晃一がそのように感じていた以上の恐怖を相手の両親や子供たちは感じており、結局それ以降晃一たちが彼らにからかわれたりすることはほとんどなくなった。

 そのままであれば二人だけで終わる閉じた関係性。だが、元から細かいことを一々気にしない悠は自分をからかってきた子供たちに対してもその後も何度も接触を試みて気がつけば彼らとも友達になっていた。

 当然、悠の後ろにくっついていた晃一も彼らと交流を持つようになり、気づいたときには晃一を取り巻く世界は自然と広がっていった。

 一人でいる時間はなくなり、泣いてばかりだった日々は忘却の彼方に消え去る。笑顔を浮かべる毎日が増え、引っ込み思案だった性格は徐々に積極的なものになり、悠の手を借りずとも自分から友達を増やすために見知らぬ誰かに声をかけるといった光景も見られるようになった。

 それから数年。苦しい幼少期を経て少年期を向かえ、第二次成長も終盤を終えた二人は小学校を卒業し、共に近隣にある中学校へと進学をした。

 元々自宅が近くの二人は小学生だった時と同じように毎日一緒に登下校をした。もっとも中学からは部活動の参加が義務付けられていたため、帰りはお互いに待ち合わせ時間をあらかじめ決めて共に帰っていたのだが。


「んでよ~、聞いてくれよ晃一。もうあの鬼熊のやつ一々人のことシゴキやがるのなんの。

 ちょ~っと部活中にトイレ篭ってサボってただけだってのによ。ありゃもう虐待だな。教育委員会に訴えたら勝てるな」


「馬鹿、見た目は怖いけど普通にしてれば面倒見のいいめちゃくちゃいい先生だぞ? 大体部活中にサボってるお前がどう考えても悪いだろ」


 いつもの帰り道。日課とも言える悠の愚痴を聞きながら晃一はそう口にして悠を嗜める。陸上部に入部した悠は元々の運動神経の良さもあり、走り高跳びの選手としてすぐさま頭角を現していてた。

 そんな悠を見た陸上部顧問。鬼熊と悪態をつかれる熊川という教師は見た目はヤクザのような風貌をしていながらも、その面倒見のよさから思春期特有のヤンチャをする生徒はもちろん、大人しい生徒といった幅広い生徒たちから好かれていた。


「なんだよ……晃一まで他の奴と同じようなこと言いやがって。あ~やだやだ。昔はなんかあるとすぐオレの後ろに隠れてメソメソ泣いてたのに。

 あの頃の晃一はかわいかったのにな~。いったいいつから見た目も性格も可愛げのない奴になっちまったんだか」


 唯一の親友も自分の味方になってくれなかったのが不満だったのか悠は拗ねた時にいつも口にする今となっては恥ずかしい晃一の昔を引き合いにだす。

 最初はそう言われて押し黙るしかなかった晃一であったが、いい加減そのやり取りも飽き飽きするくらい重ねて耐性がついたのか、今では余裕を持って悠の言葉に反論をするようになった。


「そうだな。俺も可愛い気のある子供のままでいたかったんだけどな。どこかの誰かさんがいつも問題を起こしてその尻拭いをさせられ続けてりゃあ可愛げもない性格に育つわな」


 皮肉を交えた晃一の言葉に心当たりなどまるでないというかとでも言うように小首をかしげる悠。


「ほ~。そのどこかの誰かさんが誰かはわかんねえけど、お前も苦労したんだな」


「お、ま、え、の、ことだよ! 言っておくがお前が忘れても俺は絶対忘れないからな!

 小学四年の時、クラスの男子に背を抜かれた腹いせに自分の背を抜いたことをからかってきた奴の筆箱の中に蝉の死骸を入れて泣き出したのを見て影で馬鹿みたいに笑ってたり!

 六年の時の運動会でみんなが作ってた横断幕の絵にペンキを零して台無しにしたり!

 他にも思い出すだけでも山ほどある出来事の大体を俺のせいにしやがって! そりゃ、可愛げのない性格にもなるわ!」


「そういや、この間お前の持ってたスマホが授業中にアラームなって先生に怒られたりもしてたよな」


「ああ、そういえば……。って、まさかお前!」


「ニシシ。あれ仕掛けたのオレなんだよな~」


「~~~っ! この野郎……」


 思い出すだけでも腹が立つ数々の悠の悪戯の尻拭い。それに加えてつい先日あった出来事の犯行の告白をした悠にむかついた晃一はすぐさまその場から逃げ出した悠を追いかけた。

 もっとも、陸上部に所属している悠と違い、家庭科部に所属している晃一は平均的な中学生よりも少し優れた程度の運動神経しかなく、その足が悠に追いつくことなく力尽きてしまうのであった。


「お~お~。相変わらず体力ねえな」


「はぁ、はぁっ。お前の、体力が、馬鹿みたいに多いだけだ……。俺は普通……だ」


「ったく、情けねえな。ほら、手貸せ」


 膝に手をつき、息を整える晃一を起き上がらせようと悠が手を伸ばす。晃一もまた自然に己の手を重ねた。

 グッと晃一の手を引き身体を引き起こそうとする悠。だが、思っていたよりも引いた力が強かったのか、晃一は引かれた勢いそのままに抱きつくような形で悠の胸元へ倒れこんでしまう。


「おっ?」


「えっ?」


 ふにっと柔らかな感触が晃一の上半身を通じて伝わる。年齢を重ねると共にたくましく、男の体つきになっていった晃一と同じように悠の体も変化していた。

 意図せず触れた身近な異性の乳房。想像していたよりも遥かに柔らかなその感触。至近距離で見詰め合うことができるほど近づいた距離。鼻腔を駆け抜ける甘い香り。

 これまで全く意識などしてこなかった女を目の前の親友から感じ、晃一の心臓はドクドクと早鐘を打った。


「おい、何ボーっとしてんだよ。もう大丈夫だろ。早く離れろっての」


「あ、ああ……」


 呆然自失とした晃一は促されるまま悠から離れた。距離を置いてもなお脳裏を占める先ほどの感触と香り。それが晃一を動揺させる。

 先ほどまで当たり前のように軽口を叩いていた少女に対して一体なんて声をかけていいのかがわからない。視線を合わせるのすら気恥ずかしく、顔は徐々に火照りだす。


(なんだ、これ? なんだ、なんだ?)


 目の前にいる少女がとてつもなく可愛く見える。元々クラスの男子から「悠っていいよな~」「お前ら付き合ってんのか?」と幾度となく言われてきた晃一であったが、晃一にとって悠は幼い頃からの親友で、面倒ばかりかけられた存在という認識が強く、見た目は確かにかわいいとは思ってはいたものの、周りの男子たちが口にする言葉は画面の先に存在するアイドルに対してかわいいと口にするようなものだといった考えしかなかった。

 だが、意図せず触れることとなった異性の体はやけに現実味を帯びていて、今まで意識したことのなかった感情が晃一の中でこの時芽生えることになった。


(こいつ……こんなにかわいかったか?)


 キラキラと目の前にいる少女が晃一には光り輝いて見えた。先ほどからドンドンとけたたましく鳴り響く心臓。息をするのも苦しい。


「晃一~。おい、大丈夫か?」


 そんな晃一の気持ちなどまるで知らない悠は心配するように彼の顔を覗き込む。至近距離で合わさる瞳と瞳。晃一の背筋を電流が走り、血流が一気に顔へと巡る。


「わ、わるい! 俺、今日は先に帰る!」


 どうにか勇気を振り絞って言葉を吐き出した晃一は悠にそういい残してそのから駆け出した。その勢いは先ほど悠を追いかけていた時よりも遥かに早く、勢いのあるものだった。


(なんだよ、これ。なんだよ……くっそ~)


 すさまじい勢いのまま走りぬけ、自宅へと辿り着いた晃一はいつもなら綺麗に並べる靴を乱雑に脱ぎ捨て、かばんも居間に放り、自室に備えられているベッドに倒れこんだ。

 そのままゴロゴロとベッドの上で悶え、しばらくして冷静さが戻ってきた時にはようやく自分の思いを自覚した。


「……ヤバイ。俺、悠のこと好きかも」


 晃一、13歳。思春期を迎えた彼が幼馴染の親友に初恋を抱いた瞬間であった。

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