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ひとつ屋根の下 ~It`s happening life~  作者: 建野海
晃一の章
33/40

あの頃〝僕〟は泣き虫だった

まだ自分の一人称が〝俺〟ではなく〝僕〟であった幼少期。晃一は今からは想像もつかないほど引っ込み思案な性格で、ちょっとしたことですぐ泣き出してしまうほど泣き虫な少年だった。

 その原因は周りの子供たちには当たり前にある〝父親〟という存在がいなかったことが原因の一端にある。自らがなるべく手本として真っ先に影響を受ける身近な存在である両親。その片方が気がついたときには晃一には欠けていた。

 片親であることを当初は不思議には思わなかった。だが、時が経つに連れて周りが持っていない当たり前を自分が持っていないということはまだ幼かった晃一に多大な影響を与え、男としてあるべき姿示す父親がいないという日々は彼を日増しに女々しい性格へと育ててしまった。

 もちろん、彼がそんな正確に育った原因の一端はそのような理由があるのだがそれよりも大きな影響となったのが周りの子供たちから浴びせられる無邪気な、それでいて悪意ある言葉の数々だった。


「や~い、〝カタオヤ〟」


「おいおい、泣き虫野郎がこっちに来たぞ」


「うええ。こっちに来るなよ。泣き虫がうつる」


 本来、子供たちの交流の場であるはずの近所の公園。当時通っていた保育園で見かける同年代の少年たちと初めは友達になろうと試みていた晃一であったが、いつの間にか他の子供たちから苛められるようになっていた。

 もっとも身近な大人である両親の背を見て子は育つ。悪いことはしていないはずなのに片親であるというだけで偏見の目を向ける両親を見て育った子供たちが直接言葉にしていなくてもその雰囲気から晃一を自分たちとは違う存在と認識し、阻害するのはある意味当然の結果でもあった。

 だが、そんなことを幼い子供であった晃一が理解できるはずもなく、日々自分に向けられる悪意の数々に元々引っ込み思案だった性格は輪をかけて悪くなっていき、すぐに泣き出しては更に周りから迫害される。

 負のスパイラル。抜け出すことができない苦痛の日々。〝カタオヤ〟という言葉はすっかり晃一の心を抉る鋭い刃となって突き刺さるようになっていた。


「ねえ、どうしてそんなひどいこというの? 僕はただ……みんなと一緒に遊びたいだけなのに……」


 そう問いかけても少年たちは「近寄るな」と言って晃一から遠ざかり、まともに言葉を交わすことすら叶わない。

 平日に通う保育園でも、休日に母である亮子が仕事に出ている間に唯一出かけることができた公園でも晃一は一人ぼっちだった。

 涙に頬を濡らして帰ってくる晃一の姿を見るたびに、亮子は「ごめんね、晃一」と謝って己と同じように涙を流す。

 いったいいつまでこんな日々が続くのだろう。どうして僕はみんなと違うんだろう? 

 まだ幼かった晃一は終わりの見えない辛い日々を過ごすうちにすっかりと暗い性格になってしまっていた。

 そんな晃一に転機が訪れたのは5歳。いつものように涙を流して公園の隅で楽しそうに遊ぶ他の子供たちの姿を羨ましそうに眺めていた時のことだった。


「なあ、お前。こんなところで一人でなに泣いてんだ?」


 そう言って声をかけてきたのは一人の少女だった。声は明らかに女の子特有のハリのある高音であるはずなのに、格好は半そで短パン。髪の毛は男子よりも短いショートカット。どこかちぐはぐな印象を与える活発そうな少女だった。


「だれ……?」


「オレか? オレは〝やまのべはるか〟。お前、そんなところで一人でいてつまんなくないのか?」


 晃一が通う保育園でも辛い思いをしても時間を潰せる場所がこの場所しかないこの公園でも今まで見たことなかった少女からの問いかけ。

 後になって晃一は知るのであったが、悠はこの前日にこの近くに引っ越してきており、どこか遊べる場所はないかと探しているうちにこの公園に辿り着いたとのことだった。

 だが、その時の晃一は初めて出会った少女から告げられたぶしつけな言葉に自分の気持ちを知らないでと普段は思うことなかった強い怒りを感じた。


「つまらないに決まってるよ! みんな僕のこと邪魔者扱いして除け者にして……僕だってホントはみんなと一緒に遊びたいよ……」


「なら、そう言ってみんなと一緒に遊べばいーじゃねえか」


「無理だよ……。だって僕〝カタオヤ〟だもん」


「〝カタオヤ〟?」


「うん。僕の家、お母さんしかいないんだ。だから〝カタオヤ〟。みんな僕が〝カタオヤ〟だから一緒に遊んでくれないんだ……」


 説明しているうちにジクジクと痛む心に晃一の瞳にまた涙が滲む。どうせ目の前にいる少女も自分が片親の子供だと説明すれば気味悪がってすぐに離れていくはず。そんなことを想像すると悲しい気持ちがどんどん溢れてきた。

 涙を流す姿を見られるのが恥ずかしくて顔を伏せ、少女を拒絶する晃一。だが、いつまで経っても己から離れていくはずの少女の存在を身近に感じ、不思議に思い顔を上げるとそこには笑顔を浮かべて手を差し伸べる少女の姿があった。


「なんだ、お前オレと一緒かよ。オレの家も親父しかいない片親なんだ。

 オレたち、似たもの同士だな」


「えっ……?」


「なあ、オレ。ここに来たばっかりでまだ誰も友達いないんだ。もしよかったらさ、お前オレの友達になってくれよ!」


 そう言って差し出したその手を晃一に向けて伸ばす少女。晃一は目の前で起こっている出来事が信じられるず何度も瞬きをし、己の前にある少女の手を見つめる。


「きみも、僕と一緒なの?」


「ああ、そうだぜ。似たもの同士仲良くしようぜ」


 晃一はおずおずと遠慮がちに己の手を少女に伸ばした。繋がれる幼い少年と少女の小さな手と手。触れたその手は温かかった。

 その手を掴んだ瞬間、それまで凍り付いていた己の心を溶かす柔らかく、暖かな陽が射したかのように晃一は感じた。


「あの、僕。〝いつみこういち〟。その、よろしく……」


「おう! よろしくな、晃一!」


 こうして己にとって掛け替えのない親友となる少女、山辺悠と晃一は知り合うことになるのであった。

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