過ぎ去りし初恋と新しい恋。そして、かつての思い出
ここ半年の出来事を思い返しながら語る晃一。
まず真っ先に思い浮かんだのは偶然とはいえ新しく家族になる全員と関係の深さに違いはあれど知り合っていたことだろう。
受験の当日に知り合った千沙都。今から一年ほど前に知り合い、少なくとも年の離れた友人のように相談に乗ったり、共通の趣味を語り合った陽菜。中学生当時、友人たちが高嶺の花だと訪れた喫茶店で目の保養をしていた美咲。
確率を考えればとんでもないほど薄い確率ではあったが、そんな偶然が重なり新しい家族として共に過ごしていくことになったということ。
元々自分に懐いてくれていた陽菜に関しては、名前こそ出していなかったもののこんな出来事があったと悠に対して語ったことさえあった。
だから、悠は晃一が話を始めてすぐに「あれ? それってもしかして前に話していた子のことか?」と晃一に問いかけ、その問いに晃一は苦笑しながら「ホントすごい偶然だろ?」と返した。
母である亮子が再婚したといっても、思春期と真っ盛りの少年少女たちの急な同居なのだ。それこそ、全てが最初からうまくいくはずもなく、特に次女である千沙都との仲が中々縮まらなかった。
(そう考えると今はホント仲良くなれたよな。あいつ、最初はめちゃくちゃ意地張って会話すらまともになかったし)
突然家族の輪に紛れ込んだ異物に対する千沙都の拒絶はとてつもないものだった。口は聞かない、距離を縮めようとすれば逃げ出す始末。それでも、試験勉強をきっかけにちょっとずつその距離を縮めていって、今ではお互いに遠慮なく言いたいことを言い合えるとてもいい関係性を築くことができたと晃一は思っている。
晃一の話を最初は「へえ~」と興味深そうに聞いていた悠であったが、話が進むにつれて徐々にニヤニヤと笑み浮かべ、いつからかいの言葉を晃一へ投げかけようかと隙を伺っている始末だ。
千沙都の話ですらこんな態度なのだ。元々相談しようと考えていた陽菜の話を後回しにして、晃一はつい先日あったバザーの準備とそれがきっかけで長女である美咲との距離が縮まった話を次にした。
初めからある程度晃一に対して好意的に接してきてくれた長女の美咲。立ち振る舞いや、家族に対する態度は他人であった晃一から見ても素直に尊敬に値する人物であり、そんな彼女ともっと家族として親しくなりたいと彼が思うのは自然なことだった。
だが、そう思っていても簡単に崩れそうで崩れない目に見えない壁が晃一と美咲の間にはあるのだと薄々感じていた。
今となってみれば、それは美咲が誰かに対して気兼ねなく甘えたり頼みごとをするのが苦手であり、まず真っ先に自分よりも他人を優先するという性格が原因だったのだと晃一は考えていた。
その証拠に、お互いの呼び名が変わったあの日以来、本当の意味で晃一を家族として受け入れた美咲は些細なことでも遠慮なく晃一を頼るようになった。
そして、頼りにしている報酬といってはなんだが『コウ君、お姉ちゃんにいっぱい甘えていいからね』と年頃の男としてはとても反応に困る言葉を気軽に口にするようになったのだ。
「え? なに? オレお前から近況報告を聞かされてるはずなのに、なんか惚気話を聞かされてる気分なんだけど。
はぁ~。晃一は高校生になっても女っ気がなかったと思っていたのにいつの間にか成長してたんだな。
親友がようやく訪れた青春を謳歌してるようでオレは嬉しいぞ」
うんうんと頷きながらまるで保護者のように温かい眼差しで晃一を見つめる悠。
「うるせえ。いったい誰のせいで貴重な中学生活をお前の面倒や尻拭いに費やされたと思ってるんだ」
「確かに。言われてみればオレのせいか。まあ、こんな美少女と貴重な三年間もずっと一緒に過ごせたんだ。むしろお礼を言ってくれてもいいんだぜ?」
「勝手に言ってろ、アホ」
悠に茶化され軽口を返す晃一であったが、実際のところその心境は複雑なものだった。実際のところ中学時代性格やその中身、そして彼の本当のありようを今では知っている晃一からすれば、昔から男女問わず人気があり、男子から好意を寄せられていた悠の一番傍にいた晃一は多大な嫉妬を受けることも多々あり、やっかみやからかいの言葉を幾度となく投げかけられたこともあった。
実際、それがきっかけで思春期特有の気恥ずかしさからほんのひと時とはいえ彼と距離を置いてしまい、後悔をすることになるなんてこともあった。
それに……彼は気がついていたのかもしれないがあえて己の心の内に仕舞い込んでいた淡い思いもあった。
かつて抱いたその思いの残滓が不意に晃一の心の内にある扉から顔を覗かせる。もう消化しきったと思っていたが、やはりどこか心残りがあったのだろう。
言葉にするならきっと今だろう。新しい一歩を踏み出すための最後の一押し。背中を押してもらう相手として何よりの存在であり、かつて叶わなかった心残りを消化するにも今日は絶好の機会だった。
きっと、心のどこかで本能的にそのことを悟っていたからこそ晃一は悠へと連絡をしたのだと感じていた。
「なあ、悠」
「ん? どーした、晃一」
「俺さ、実はお前に言っていなかったことがあるんだよ」
かつてはついぞ口にすることができなかったその言葉。どれだけの勇気を振り絞っても、それまでの関係性が崩れるのではと思ったり、彼から語られた自分だけが知っている秘密などから口にするのを憚られたその言葉は、本当にスルリと喉からこぼれ出た。
「俺、お前のことが好きだった。たぶん……いや、初恋だったんだろうなぁ」
一瞬の静寂。この告白を伝えるために世界の全てがこの一瞬だけは晃一のために静けさを与えた。
悠はそんな晃一の告白をそれまでのふざけた様子で聞くこともなく、まじめな表情で聞き入れた後、
「んだよ……。そんなこと、当然知ってたっての。ったく、オレが何年お前と一緒に過ごしてきたと思ってんだよ」
当然といった態度で彼の秘めていた思いを知っていたのだと告げた。
まさかとは晃一は思わなかった。それっぽい反応をしたことは今まで何度だって見せていたし、気づいていたとしてもお互いに知らぬ振りをするのが一番いい関係性を続けられると知っていたからだ。
「はぁ~。なんで今になってそんなこと言うかと思わなくもないけど、お前のことだから本当はこのままずっと言わないで胸の内に閉まっておくつもりだったんだろ?」
「ああ。そのつもりだったよ」
「それでも口にしたってことは心境の変化があったんだよな?」
「ああ……」
「好きなやつでもできたか?」
かつての初恋相手からそう問われ、晃一はもっと答えに対して悩むものだと思っていた。だが、先ほどの言葉と同じくらい自然に答えを返すことができた。
「……うん。そうだ、そうだな。俺さ、好きな子ができたんだよ悠」
自然な言葉と共に笑みが浮かぶ。脳裏に浮かぶのは一人の少女の姿。喜怒哀楽を全身から伝えるエネルギーに満ち、自分のことを心の底から信頼し、慕ってくれる少女。
己の気持ちを自覚すると同時にそれまで溜め込んでいた思いの数々が堰を切ったかのように溢れ出る。
無邪気な笑顔、好意を向けられる言葉の数々、彼女と触れ合った出来事や共に過ごした日々の全てが愛おしいと感じる。
(俺、いつの間にかこんなにも陽菜に惹かれていたんだな……)
「まったく……その顔は今更気持ちを自覚したって感じだな」
「恥ずかしながらお前の言うとおりだよ。今になって想いを自覚したよ」
「にしても、あの晃一がな……。昔はいじめられてばっかりで、ことあるごとにビービー泣いてた気の小さな奴だったのに」
「うるせえ、いつの話をしてんだよ。てゆうか、恥ずかしいからやめろよ」
「ニシシ。そいつは知ってんのか? お前が昔は泣き虫小僧でいっつもオレに助けられてたってこと」
「知るわけないだろ? その子にとっては俺は頼りになるお兄さんって印象なんだよ」
「ほ~。その口ぶりからするとお前の好きになった子ってもしかしなくても前に言ってた年下の女だろ。
んでもって、さっきから敢えて話をしなかった新しい家族になった最後の一人はそいつだな?」
こういうことばかり勘の鋭い親友にドキリとさせられる。晃一は観念したとその言葉を肯定するように頷いた。
「ってことは元々本当に話したかったのはその子のことか。お前も難儀だなぁ、わざわざ新しく家族になった相手を好きにならなくてもいいだろうに」
「仕方ないだろ。本当ならそんな相手として意識することなかったのに、告白されちまったんだから」
「ハァッ!? マジかよ、それ。つーことはもうお前両想いかよ。はぁ~つまんねえ。もし告白して振られたらオレが優しく慰めてやろうと思ったのに」
「もしそんなことになったらお前に一生からかわれる思い出を作る羽目になるから死んでも御免だっつーの」
「バレたか。にしても、ホントあの晃一がねえ……。出会ったばかりの頃はお互いこんな風になるとは思わなかったな」
「そうだな。でも、俺はお前と知り合えて本当によかったと思ってるよ」
そう言って晃一は思い出す。悠と合流する前にひたろうとしていたかつての己の過去の記憶。
偉そうに人に語れるほど長くはない人生。けれど、そんな人生の中で自分に多大な影響を与え、辛かった幼少期を明るく照らしてくれた親友と過ごした今までの日々を。




