黄昏時に影二つ
光と月子の二人に付き添い、学院内を晃一は駆け巡った。晃一が思っていた以上にバザーの準備は遅れていて、結果として美咲から頼まれていた手伝いを終えてもこの場に留まるという判断を下したのは正解であった。
各場所で手伝いを二人と共に手伝いを申し出た際、どこに行っても最初はその容姿からどこか遠慮がちな距離感を女生徒達は保っていたが、光と月子から美咲の弟であると説明を受けると、どこかホッとした様子を浮かべた。
元々興味があったのか、それとも話しかけるキッカケが欲しかったのかその説明を受けて勇気を出した誰かが晃一に声をかけてその人柄に触れて安心感を得ると次々と他の女生徒たちも作業の合間を縫って話しかけてきた。
話の内容は主に美咲の事。家庭ではどんな様子なのかといった話から、蘭と共に去年の生徒会でどのような活躍をしたのか、自分たちがどれだけ彼女のことを慕っているかなどといった話だった。
晃一にしてみれば、まだ美咲と家族となってそれほど長い月日が経っておらず、学院の生徒たちが話す自分のまだ知らない美咲の話は聞いていてとても面白いものだった。
学院で蘭と二分するファンがいるといった話やバイト先に学外から美咲目当てのファンが訪れ、某アイドルグループの握手会のような長蛇の列ができたといった話は特に興味を持った。
それだけ彼女が誰かから慕われて、また好意を抱かれているといった事実が晃一にはなんだか我が事のように誇らしかったのだ。
誰からも慕われ、尊敬される理想の女性。そんな彼女が自分の家族であり姉であるという事がちょっとした優越感を晃一に抱かせた。
そんな風に少女たちと作業を通じて交流し、いつの間にかすっかり学院の生徒たちの一員のような雰囲気で彼も受け入れられ、気がつけば時間はあっという間に夕方になっていた。
思っていたよりも多くの時間手伝いをさせていたことをこの時間になって気がついた月子によって慌てて連れられ、晃一は一番最初に荷物を運び込んだ体育館へと向かっていた。
「すみません、こんな時間まで手伝ってもらって」
最初はどこか距離のあった彼女も、今では晃一の隣を並んで歩いている。
「気にしなくていいよ。俺が好きでやっていたことだから。それに、元々いつでも帰っていいって玉置先生から言われていたろ?
本当に帰りたかったら帰っていたし、俺が手伝ったことでみんなの負担が減ったのならむしろ手伝った甲斐があるってもんさ」
「そういって頂けると助かります。でも……」
月子は晃一の顔をチラリと見て、何かを言いよどむ。
「でも?」
「いえ、誤解しないで欲しいんですけれど先輩の弟になったあなたのことは話には聞いてたんですけれど、こうやって一緒に過ごさせてもらったら本当に血が繋がっていないのかなって思って」
「どういうこと?」
「その……失礼な物言いになりますけれど、晃一さんって容姿がちょっと怖いっていうのが第一印象で少しあったんですけど、今日一日過ごしてみるとなんだか先輩と似たところが多いと思いまして」
自分と美咲が似ていると月子から言われ、晃一は驚いた。当然ながら血は繋がっていないし、容姿など似ているはずもない。とすれば、性格か? と考えるも自分と美咲の共通点など家事ができることくらいしか彼には思いつかなかった。
「参考までに聞きたいんだけれど例えばどんなところが?」
「そうですね……。例えば、誰かが困っていたらすぐに気づけるところとか。ほら、お昼に手伝いに行った受付回りの準備で明日配るチラシを取りに行った子がいたじゃないですか?」
「ああ、そういえば……」
そう言われて思い出すのは月子達に連れられて一番最初に手伝いにいった受付での手伝い。明日のバザーに参加する人に向けて学生たちが準備したプリントのコピーを取りに行った子が一人いたのだが、女性ということもあって、一人で百枚以上のコピーを運ぶのはちょっと大変だろうと晃一が気がついてすぐに手伝いにいったのであった。
「他にも門の前の飾りつけで背が届かない人の代わりに飾り付けをしてくださったり、その後のことも考えて脚立が必要だって考えて取りにいってくださったり、些細なことなんですけれどたぶんそういったことに気がついてもらえるのって意外と嬉しいものなんです。
誰かのために動ける人って言うのがあたしたちが先輩に対してまず真っ先に思い浮かべる第一印象なんです。
だから、晃一さんの今日の行動を見ていたらなんだか血が繋がっていないのが不思議なくらいあの美咲先輩の弟さんなんだなって感じたので」
そう話す月子はなんだかとても嬉しそうな様子だった。
「ありがとう。そう言って貰えるとすごい嬉しいよ。ここだけの話実は美咲さんに恥をかかさないように頑張らないとって思ってたんだ。
これ、恥ずかしいから内緒にしてくれよ?」
「ふふっ。わかりました。でも、これでなんだか納得しました。先輩、前に晃一さんのこと頼りになるって言ってたんですけど、今日一緒に過ごして本当に頼りになるんだなって思いました。
そういえば晃一さんは明日のバザーにもちろん参加されるんですよね?」
「一応、何かいい物がないか見に遊びにくるつもりではいるよ?」
「そうですか。きっと今日一緒に過ごした皆は晃一さんのことを歓迎しますよ」
「それは嬉しいな。今日一日頑張った甲斐があったってもんだ」
心の底から晃一はそう思った。今日一日の頑張りで美咲と共に過ごす彼女たちからそんな風に思ってもらえただけで手伝いにきて本当によかったと思えたからだ。
「あれ? 晃一くん?」
「あっ! 弟くんだ!」
ちょうど話が終わったところで、聞き覚えのある声が耳に届く。視線の先には体育館の入り口で玉置と話をしていた美咲と蘭の姿があった。
「ちょうどいいところに、もう明日の準備はほとんど終わったので、まだ手伝いをされていたようでしたらそろそろ呼びに行こうかと二人と話をしていたところだったんですよ。
こんな時間まで手伝いをしてくださって本当にありがとうございます。心から感謝しています」
晃一の姿を見つけた玉置は感謝の言葉とともに頭を下げた。
「そんな、よしてください。好きで手伝っていただけですから」
「そうですか……。美咲さん、蘭さん。今話をしていたとおり後少しだけ残っている作業は現生徒会が請け負いますので、あなたたちは今日はもう今日は帰っていただいて大丈夫ですよ」
「いいのですか?」
「ええ。いつまでも、あなたたち元生徒会長と副会長に頼りっぱなしでは彼女たちも独り立ちしにくいでしょうし。
あとは我々に任せて明日に備えてゆっくりと家で休んでください。今日は本当にお疲れ様でした」
二人にそういい残して玉置はその場を後にしてあと少し残った作業を行っている体育館の中へと向かっていった。
「いや~終わった、終わった。今日は疲れたね~」
玉置が去るとすぐさま気の抜けた声を上げる蘭。そんな彼女の態度に今まで何度も吐き出したであろう溜息をつき、美咲は晃一に声をかける。
「玉置先生もおっしゃっていたように、今日の私たちの作業はもう終わりみたい。ごめんなさい、晃一くん。簡単な手伝いだけお願いするつもりだったのに、結局こんな時間まで手伝ってしまって」
シュンとした様子で申し訳ないと謝る美咲。そんな彼女の姿に先ほど月子から聞いていた話を思い出し、晃一は思わず苦笑する。
(なるほど、確かに人のことをすぐに考えるっていうのは本当だ)
自分のことよりも誰かのことを優先する。しっかりもので、尊敬できる姉。それは事実で、まだそう長くない時間しか過ごしていない自分でも彼女に対してはいい印象しか抱いていない。
だからだろう。晃一はおせっかいな一言だと思ったもののそんな彼女に対して自分が今日手伝いを引き受けた理由を口にした。
「美咲さんは気を使いすぎだよ。しっかりしていて誰からも頼られているのが美咲さんらしいのかもしれないけれど、たまには誰かを頼りなよ。
実は俺、今日の手伝いを美咲さんから頼ってもらえてすごい嬉しかったんだ。
今まで家の手伝いとか買い物くらいでしか何かをお願いされたことってなかったし、こうして美咲さんにお願いされて手伝いを頼まれたのって家族になって初めてだったから。
だから今日一日頑張ったんだ。こんな俺でよければいつでも力になるからさ。だから今後はもっと遠慮なく俺のこと頼ってもらえると嬉しいかな」
晃一がそう伝えると美咲は何故か心底驚いた表情を浮かべた。だが、それも一瞬。晃一から伝えられた言葉を噛み締めるように受け止めると。
「……うん。ありがとう、晃一くん。これからはもっと頼りにさせてもらうね」
思わず目を奪われてしまうほど魅力的な笑顔を彼に向かって振りまくのであった。
「……ちょっと、ちょっと~お二人さん。ここにはあたしも月子もいるの忘れてない?」
二人のやりとりに水を差してはいけないと察していたのかそれまで発言を控えていた蘭であったが、さすがに我慢の限界であったのか声をあげた。
「そ、そんなことないですよ」
「怪しいな~。なんか今二人だけの世界作ってたような気がして仕方ないんだけれど。妬けちゃうな~。
ねえ、美咲~。あたしたちって比翼の鳥のはずだよね~。疎外感が今すごかったんですけど」
「ふふっ。ごめんなさい、蘭。でも、晃一くんは〝家族〟で、大事な〝弟〟だから。ちょっとくらい、仲が良くても許してくれない?」
「はいはい、わかりました。もう、明日は一緒にバザー見る約束なんだから忘れないでよ?」
「ええ、わかってるわ。ほら、もう帰らないと。話し込んでると日が暮れてしまうわ。月子ちゃんも晃一くんの案内ありがとう」
「はい! 先輩もお疲れ様でした!」
「さあ、みんな。帰りましょう。今日頑張ってみんなが準備したバザーが明日は待っているんだから」
解散の言葉を美咲が口にすると蘭と月子は「またね~」「お疲れ様でした。今日はお手伝い、本当にありがとうございました」と言い残して去っていった。
残された晃一と美咲は二人揃って自宅へ向けて歩き出す。遠くには夕日が赤々と光っており、並んで帰路を歩く二人を照らす。
聖園女学院を出て帰路を歩く。二人の間に言葉はない。だが、なんだか今までよりも距離が近づいた。そんな風に晃一は感じた。
「ねえ、晃一くん」
帰路の途中。それまでの沈黙を遠慮した様子で打ち破ったのは美咲だった。
「さっそく、お願い事があるんだけれど聞いてもらえるかな?」
美咲からの言葉に晃一は笑顔で答える。
「いいよ。どんなお願い?」
「えっと……今まであなたのこと〝晃一〟くんって呼んでいたんだけれど家族としてはちょっと余所余所しい呼び方かなって思って。
ほら、私って千沙都と陽菜のことはちーちゃんやひーちゃんって呼ぶでしょ?」
「ああ、そういえば……」
言われてみればと晃一は納得する。確かに美咲は二人のことをあだ名のような呼び方で呼んでいた。
「だからね、今日から晃一くんのことも〝コウ〟君って呼びたいなって思っているんだけど男の子ってそう呼ばれるのってどうなのかなって思って……。
どうかな? もし迷惑じゃなければこれからそう呼んでもいいかな?」
「うん、いいよ。それじゃあ、俺も美咲姉さんってこれから呼んでもいいかな?」
「うんっ! ありがとう、〝コウ〟君。それと……これからもよろしくね」
「こちらこそ、よろしく。〝美咲姉さん〟」
黄昏時の夕日に照らされ伸びる二つの影。呼び名と共に自然と二人の距離は縮まり、長く伸びた影の先はいつの間にか重なる。
大きな出来事などない、流れる日々の中のほんの一日。そんな何気ない毎日の積み重ねが本当の家族を作るのであった。




