家族なんだから
夕食が食卓に並ぶ。今日のメニューは主食のカレーに副菜のサラダ。吸い物に白味噌を使ったお味噌汁。
テキパキと家族の4人分のお皿に食事を盛り付け、準備されたそれを椅子に座って「いただきます」と食前の一言を口にして食べ始める。
「ん~美味しい! 空腹は最高のスパイスね! 待った甲斐があったわ!」
真っ先にカレーに手をつけてそう口にする千沙都。煮込まれたカレーと同じようにとろけきった表情を浮かべ、心の底からの喜びを顕にする。
「な~にが、空腹は最高のスパイスだよ。お前さっきまでポテチ食ってただろうが」
溜息を吐きながらそう呟くのは晃一。今日の料理当番で今目の前に出された食事を調理した張本人。
「いいの、いいの。細かいことは気にしない~」
「はぁ……。まあ、うまいって言ってくれるなら文句はないけどさ」
家族となったばかりのころの距離感は今はどこへ。すっかりと仲良くなり、向かい合って座る二人を見て美咲はクスリと微笑む。
本当にこの二人はこの数ヶ月で仲良くなった。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん! このお味噌汁も美味しいです! 私たちのお家だと赤味噌のお味噌汁が普通だったんですけれど、白味噌のお味噌汁も美味しいですね!」
「だろ? うちは母さんが白味噌が好きだったから、これが我が家の家庭の味なんだよ」
晃一の隣に座る陽菜はいつものように楽しそうな笑みで晃一の作った味噌汁を絶賛する。
初めて顔合わせをした時から彼に懐いていた陽菜だが、彼とかつてあったという出来事を父を通して聞かされた美咲からすればその懐きようにも今は納得がいく。
一時期、落ち込んだ表情ばかり浮かべていた陽菜。そんな彼女に笑顔をもたらしてくれた彼には美咲は感謝してもしきれない想いで一杯だった。
(晃一君が家に来てからなんだかちーちゃんもひーちゃんも笑顔が増えたなあ)
最初はその見た目からいったいどんな子が弟になるのかと少しだけ不安を抱きもしたが、一緒に暮らすうちにその不安は杞憂であったとすぐに払拭されることとなった。
見た目に反して礼儀正しく、優しい。人に寄り添える優しさと、誰かを思いやれる強さを持った少年。それが新しく家族になった『弟』だった。
ここ最近ちょっと陽菜は彼に対してべったりとしすぎなような気もするが、彼との間にあったできごとを思えば、それだけ懐いているのも仕方がないことなのかなと美咲は思わなくもない。
(でも、ちょっぴり妬けちゃうな。ちーちゃんもひーちゃんも最近は私のことあんまり頼ってくれないし)
それまで、男手一つで三人の娘を育ててくれた多忙な父に代わり、一家の面倒を一身に受けていた美咲としては妹たちの手が離れたことを少し嬉しく思うと同時に一抹の寂しさを感じていた。
「美咲さん。あんまり食が進んでないみたいだけど、もしかして口に合わなかった?」
そんな考えに耽っていると、手が止まっている自分を心配して晃一が声をかけた。
「えっ!? あ、ううん。違うの。ちょっと、考え事してただけだから」
「そっか。ならよかった。実は今日のカレーは俺のレシピの中だと自信ある料理のレパートリーの一つだから、もし不味いって言われてたらちょっと自信無くしてたんだよ」
照れくさそうに頬を掻く晃一。そんな姿にまた、見た目とのギャップを感じてしまい思わず笑ってしまう。
「不安にさせてごめんね。でも本当に美味しいね、このカレー。晃一くんって本当に料理上手なんだなって改めて実感したよ」
「へへっ。そう言ってもらえると作ったかいがあるな。おかわりできるから遠慮せずドンドン食べてよ」
「もう……。晃一君は私たちが女の子ってこと忘れてないかな? 男の子の君と違って、私たちはそんなに多くは食べられないんだよ?」
調子に乗っている晃一を見て美咲にしては珍しくちょっぴり湧いた悪戯心からそう口にして嗜める。
「それもそうか。ごめん、すっかり忘れてたよ……」
そんな二人のやり取りを見ていた千沙都は心外だといった表情で
「まあ、私は女の子だけど遠慮せずにおかわりするけどね!」
と口にする。
「お前はもうちょっと遠慮しろ。だから海豚なんだよ」
「ちょっと! やっぱりそれ悪口じゃない! ようやくわかったけど、私のこと豚って遠まわしに言ってるようなもんでしょ!」
「ちっ、ばれたか」
「こんの~! 後で覚えておきなさいよ! 今日のアイスも晃一の奢りにしてやるわ!」
「ハッ! その言葉そっくりそのまま返してやるっての」
夏休みに入ってからほとんど日課のようになっている食後の運動という名の賭けバスケ。勝者の報酬はささやかな金額のアイスクリーム。
最近はそこに陽菜と美咲の分が入ってきて、たまに二人の様子を見に行ったり、陽菜が二人の中に混ざって遊ぶのを美咲が見守るといった光景も珍しくなくなってきていた。
(こうして見てるとなんだか本当に昔から一緒に暮らしてきたみたい)
すっかり家族の一員として馴染んだ晃一を見て美咲の心に暖かいなにかが満ちていく。
変わっていく家族関係。だが、それを嫌と感じない今の変化が美咲には嬉しかった。
だからだろう。今までは誰かに頼られてばかりの美咲が普段の彼女からは考えられない言葉を口にしたのは。
(晃一君ならいいかな? お願いをしても……。うん、だって家族なんだから。いいよね……)
「あのね、晃一君。突然で申し訳ないんだけれど、一つお願いしたいことがあるの……」
そうして、美咲は悩みの種の一つであったあるお願いを晃一にするのであった。




