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ひとつ屋根の下 ~It`s happening life~  作者: 建野海
美咲の章
24/40

知らない海豚と知る小悪魔

いつもと変わらない夕飯時。今日の料理当番を任されていた晃一は本日の夕飯のメニューのカレーの仕込を始めていた。


「ねぇ~晃一。ごはんまだ~」


 先ほどからもう何度目になるかわからない千沙都の声が耳に届く。それもポリポリとお菓子を食べる音と一緒に。


「おい……。さっきから何度も言ってるだろ。まだご飯が炊けるまで三十分はかかるし、ルーにいたってはまだスパイスを入れる前だ」


「えぇ~。こっちはもう部活終わりでヘトヘトのお腹ペコペコなんだけど」


 それまで寝転がって姿が見えなかった千沙都が上半身を起こして不満な表情を見せる。口元にはポテチがわずかに顔を覗かせていたが、すぐに口内に姿を消した。

 そんな千沙都の姿に頭を痛める晃一。


(こいつ、なんか日に日にだらしなくなってないか?)


 学校指定のジャージから部屋着にすら着替えず、帰宅してすぐリビングにスポーツバッグを投げ捨て、見事なまでのスタートダッシュを決めてソファに飛び込みをした。

 以前など夜中に喉が渇いて水を飲みにきたら下着姿のままトイレに入っていく千沙都の姿を見かけた。

 それを見た晃一は千沙都に対する異性の感情はすっかりと消えうせ、もはや人としての羞恥心を兼ね備えていないのでは心配する有様であった。


「急かしたって飯はできないんだから先に風呂にでも入ってこいよ」


 晃一はそう提案するが、千沙都は頬を膨らませてポテチをひとつまみし、口の中に放り込むと再びソファに姿を消した。


「おい、こら」


「な~に~」


「なに何事もなかったかのようにしてるんだよ。ちょうどいいだろうが、どうせ夕飯にはまだ早いんだから」


「うん。だから私はご飯ができるまでここで待つことにした」


「はぁ……」


 これ以上何を言っても千沙都は自分の意見に耳を貸さないと悟った晃一はそれ以上何かを言うのはやめた。

 ついにテレビの電源をつけて夕飯完成までの長期戦の態勢を取り始めた千沙都。


(こ、このやろう。自分から話を振っておいて……)


 さすがに晃一も嫌味のひとつでも言いたくなり、思わず口からある言葉がこぼれる。


「〝海豚〟」


「へっ?」


「ん?」


「いま、イルカって言った?」


 今度は上半身すら起こさず返事だけする千沙都。


「いや、最近思ってたけど千沙都って〝海豚〟みたいだなって思って」


「なんか、ちょっとニュアンスが違うような気がするんだけど」


「さあな、気のせいじゃないか?」


「む、むむむ~。ちょっと! 絶対なんか嫌な意味で口にしてるでしょ? 白状しなさいよ!」


 ガバリと再び上体を起こして眉間にしわを寄せて千沙都は晃一を睨み付ける。


(しまった。思わず口にしたけど、さすがに水から出たらダラダラしてばかりのだらしない豚みたいだなんて思っているなんて口が裂けても言えねえ。

 もし口にしたら、絶対に何倍にもなって嫌味を返されるにきまってる)


 どうにかこの場を乗り切ろうと思考をめぐらせる晃一。そんな彼に救いの手を差し伸べるように、この場に天使が舞い降りた。


「お兄ちゃん! ちょっと宿題でわからないところがあるんですけど、教えてもらえますか?」


 リビングの扉を勢いよく開いて姿を見せたのは夏休みの課題である数学のテキストを手に持った陽菜だった。


「あ、ああ! わかった!」


 千沙都からの追及より逃れるために咄嗟に陽菜が差し出した救いの手に手を伸ばした晃一。だが、救いの手だと思って掴んだその手は掴んだその瞬間に悪魔の契約へとすぐさま切り替わった。

 テキストを抱きかかえて晃一の傍に近づく陽菜は舌を僅かに突き出し、ウインクと共に晃一だけ聞こえる声で呟く。


「お兄さん、ズルイですよ。私は毎日いつ返事がもらえるのか待っているのに……」


「ひ、ひな……」


「でも大丈夫です。私、こう見えても我慢強いですから。でも、返事をくれるまでに私からアピールするのは構わないですよね?」


 そう言って晃一の手を掴み、リビングから自室へと連れ出そうとする。


「……なんか最近二人とも仲よくない? 前から知り合いだったのも知ってるけど」


 ここ最近、あまりにも距離感が近すぎる二人の姿にさすがに千沙都も何か思うところがあったのか、疑問を口にする。

 実際は一方的に陽菜が距離を詰めており、逃げ場を徐々になくされた晃一が一人苦悩しているだけなのであるのだが……。

 だが、家族になってまだ約半年。ようやく一般的な家族のように過ごせられるようになってきたのにその家族からまさかの告白を受けてしまった晃一にしてみれば何気ない千沙都の一言でさえ動揺するには十分すぎるほどだった。


「いやいやいや! べ、べつに普通! 普通だろ!」


「ちょっと、なによその反応。ハッ! まさかあんた陽菜のことエロイ目で見てるんじゃ……。

 このロリコン! 家族になる前から目をつけるなんて光源氏か!」


「ち、ちげえよ! ってかこんなときだけ無駄に頭働かせた会話すんな!」


「ふ~ん。ねえ、陽菜? 晃一のやつ否定しているけど実際あんたたち最近仲いいわよね?」


 晃一から狙いを陽菜へと変更した千沙都は楽しい玩具を見つけたと言わんばかりにニヤニヤとしながら話を振る。


「え~っと。う~ん~」


 そんな陽菜はというと千沙都から話を振られると上目遣いにチラチラと晃一を何度も見ながらどう答えるべきか悩んでる素振りを見せている。

 だが、実際のところはその後の晃一の態度次第で千沙都に返す陽菜の答えは変わる。


――どうしますか? お兄さん?


 声に出さず口を動かし、言葉を伝える陽菜。小悪魔の囁きは更に晃一を苦悩させる。


(頼む……。誰でもいいから助けてくれ)


「あれ? どうしたの三人とも?」


 混沌とした状況のことを何も知らずその場に新たに美咲は足を踏み入れた。

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