新しい家族
身体が溶けるほどの暑さの中での清掃活動を終えた、美咲達一同はその後クーラーのかかった生徒会室でのんびりとした時間をしばらくの間過ごした。
机に突っ伏して淑女にあるまじき姿を晒す者、設置された扇風機の前に顔を近づけて汗を引かせる者、清掃活動前に事前に作っておき、生徒会室に備え付けてある冷蔵庫にて冷やしていたそれを飲む者。また、各々好きな行動を取る皆を見守るもの。
穏やかな時間はあっという間に過ぎていった。
それぞれの予定がこの後あるとのことで、生徒会室の戸締りを行い一同は学園を後にした。
蘭と光は帰り道が別のため校門前で美咲は二人と別れ、月子と共に帰り道を歩き出す。
「そういえば美咲先輩。例のバザーの件ですけれども」
帰り道を歩き出してすぐ、美咲に向かって月子が尋ねてきたのは夏休みの間にあるもう一つのボランティア活動だ。
もっともこちらは生徒会主導で行っているボランティアであり、聖園女学園の生徒たちの希望もあり実施が決まった地域との交流を目的としたバザーであった。
名目上は引退を行っている前生徒会と現生徒会役員が協力して行う実務的な意味での最後の引継ぎとも言える。
そして、月子たち中等部の生徒で高等部進学時に生徒会入りを希望している生徒たちなどにとって見れば、こういった行事に積極的に参加することは生徒会役員たちと縁を結ぶ絶好の機会なのであった。
「あら? もうほとんど計画は決まっていて、後は地域の方々が持ち込まれる品物のリストを作成して中央ホールでの置き場の配置を決めるだけだったと思っていたのだけれど……」
「実は……近隣の方々で棚やソファといった比較的大きな荷物を持ち込まれる方が複数名いるんです。
ただ、校舎内までは持ち込めてもその後の会場までの運搬に人手が足りていないんですよ」
月子の悩みを聞いた美咲はどうしたものかと考えを巡らした。
世間の学生は期間の長い夏休みに入ったといっても、大人は学生と違ってバザーの日にも働いている。
バザーに出品する品で、持ち運びが不便なものに関しては開催前日に教員たちの手を借りて学園で保有している軽トラックを利用して事前に運搬する予定だ。
だが、女学園ということもあり学園に在籍している男性教諭の数も片手で数えられるほどしかいない。重い運搬物を運ぶとなるとどうしても男手が必要となってくるのだ。
ふと、男手というキーワードが脳裏に浮かび、それに連鎖するようにして一人の少年の姿が美咲の脳内に浮かび上がる。
初対面であれば警戒してしまう強面な顔立ちに反して細やかな気配りや、思いやりに満ちた一人の少年。
弟と呼ぶには付き合いが浅く、友人と呼ぶには難しい関係性。
ただし、性格や人となりの良さは短い付き合いでも日々の生活で見られる姿や妹たちの接し方から既に分かっているため、一緒に生活することにほとんど抵抗はない。
でも、なんの遠慮もなく何かを頼めはしない。
知り合い以上、家族未満。
物腰も柔らかく、特に何の衝突もなく新しい家族になることを受け入れたかのように見えた美咲の中での晃一との関係性は実は意外とドライなものであった。
実際に事前に父である礼次郎から再婚の話を聞かされていなければ、当初の千沙都まではいかなくとも、それに近い反応を彼女も示していたと思われる。
「晃一くん……か」
無意識の内に口からこぼれでたその名は考えに耽っていた美咲の隣を歩く月子の耳にスッと届いた。
「晃一って確か先輩の弟さんになった方のお名前でしたか?」
「そうよ。といっても二個しか年が離れていないから、この年齢だと〝弟〟って感じは全くしないんだけれどね。
本人もどちらかというと大人っぽい雰囲気だから」
「そうなんですか。噂には聞いていましたけれど、それまで見ず知らずの赤の他人だった方と一緒に暮らすようになって実際のところどうですか?
なにか生活に変化はありましたか?」
月子にそう問われ、美咲は再び考える。晃一が春日家の一員になって変化した点。良いこと、悪いこと。
「そうね……。まず、買い物はすごく楽になったかな? やっぱり男の子だけあって今までよりも多くの物を一度に買っていくことができるようになったかな」
「よく聞きますね。男の人の方が一般的には力があるので、荷物をたくさん持てるんですよね。私の家もお父さんがよくお母さんにいいところを見せようとがんばってます」
「ふふっ、そうなの。優しいお父さんね。他には……って考え出すと結構たくさんの事が助かっているかもしれないわ」
「そうなんですか? 例えばどんな?」
「ええっと、まず晃一君って元々母子家庭で育っていたこともあって、家事全般は一通り自分で出来るの。
炊事、掃除、洗濯。それこそ一家に一人は欲しいくらい」
某猫型ロボットのように欲しいものを差し伸べてくれる。そんな男の子。
浮かれた様子で新しい家族の話をする美咲を見て月子は驚く。
「先輩、なんだかすごい楽しそうですね。その弟さんのことすごい頼りにしてる感じがします」
何気なく呟かれた月子の一言に自分でも意識していなかった事実を不意に美咲は突きつけられた。
「頼りにって……私が?」
「はい! すごい頼りにしているように見えました!」
(私が晃一くんを?)
誰かを頼りにする。そんなこと久しくなかった。思いがけない一言はその後月子と別れて自宅に戻るまでずっと頭の中を響き続けた。




