理想の長女
幼い頃からよく立派だねと美咲は言われた。
品行方正、才色兼備。周りの誰もが羨む美貌を母から、優しさと聡明さは父から。
両親から受け継いだ全てに恥じないよう、周りから求められる期待に応えるうちに、いつしか美咲は出会う人々から口々にそう言われるようになった。
それは妹たちが生まれてからより顕著になった。しっかりものの姉として、いつもは優しく。でも、時には厳しく。
妹たちにとって自慢の姉であるよう常に心がけて日々を過ごしていた。
けれども、小学生までの彼女はまだ子供らしい一面も時には見られた。買ったアイスで当たりを引いたら自慢するように家族に見せ、友人達に囲まれ祝われた誕生日会では無邪気にはしゃぐ姿も見られた。
だが、あの日。千沙都が習い事の水泳から戻り熱を出し、母が還らぬ人となった日を境に彼女の中からそんな子供らしさは消えていった。
葬儀の最中、共に涙を流す妹たちやそんな自分たちを抱きしめる父。
優しかった母の喪失がただでさえ大人びていた彼女の成長を急かした。
(私がしっかりしないと……)
まだ幼く、年の離れた妹たちの面倒をこれからは自分が見ていかないといけない。そう思った彼女は、父に頼み込み進学するはずだった公立中学校から進路を近隣でも有名な中高一貫のミッションスクールである、聖園女学院へと変更した。
幼いながらに必死に知恵を搾り出し、長女である自分が模範となり妹たちや他の人々にその生き様を示していけば、亡くなった母の代わりを勤められると考えたのだ。
成績もよく、学校からの評判もよかった美咲はなんなく聖園女学院へと進学を決めた。
聖園女学院の中等部に入学した美咲はそこで己の才能をさらに開花させていき、気づけば彼女を慕う後輩や得がたい親友や友人にも恵まれた。
もちろん家族とのコミュニケーションも欠かさず、いつしか彼女はどこに出しても恥ずかしくない立派な少女として成長を遂げた。
高等部に進学してからは、一年にして生徒会の書記に抜擢され、二年生に進級した際は誰もが彼女が生徒会長に就任すると予想していたが、生徒会の仕事に追われて家族との時間が減るといけないとの理由から会長職への推薦を辞退。
会長には美咲の親友である少女が就任し、彼女は副会長として親友を補佐する裏方に回ることにした。
ここ十年の間でも類を見ないほど人気と信任を彼女の所属する生徒会は得ていた。
生徒たちから求められる行事を積極的に教師たちと交渉し、成功させる。近隣地域との交流を目的としたボランティアにも精を出し、順風満帆な日々を送っていた。
そんなある日、友人に誘われ始めたカフェのアルバイトから帰った美咲に、父である礼次郎がある話を持ちかけた。
「美咲、いつも苦労をかけてすまないな」
「どうしたの急に? お父さん、何か悩んでることでもある?」
交代制の食事当番を明日に控えている美咲は、家に帰って早々エプロンを着けて翌日の朝食と昼食の仕込をキッチンで始めていた。
夜遅くということもあり、陽菜はすでに就寝しており千沙都は受験生ということもあり自室にて勉強をしており、リビングには礼次郎と美咲の二人しかいない。
そんな美咲に、先ほどからリビングに置かれたソファに座りどこか落ち着きない様子を見せていた礼次郎が唐突に普段の父から中々聞くことのできない意外な言葉を己に向かって投げかけたものだから、美咲は驚きよりもまず何かあったのだろうかと心配になってそう返事をした。
「いや、こんな機会でもないと中々こんなことが言えなくてね。
お前は昔から聡い子だったけれど、母さんが亡くなってから僕が見ていても心配になるくらいに頑張っていたろ?
自分の勉強や生活が忙しいのにも関わらず千沙都や陽菜の面倒もしっかりと見てくれて。
本当なら僕がその役目を果たさないといけなかったのに、ついついお前に甘えて色んなことを任せてしまった」
父から伝えられる本心からの感謝の言葉に美咲は驚きを見せる。
「なに言ってるんだか、もう……。お父さんはしっかりやってるわよ。
それに、お礼を言うなら私もだよ。中学に上がる時に無理言って進路を変えさせてもらったし、仕事が忙しいのに頑張って私たちの行事に参加してくれたりしてるもの。
中々こんな機会もないからこの際言っちゃうけど、私もちーちゃんも、もちろんひーちゃんだってお父さんには感謝してるんだよ?」
素直に父へ感謝の言葉を述べるのが少し照れくさいのか、トントンと小気味良い音を響かせ照れくささを音の中に隠す。
そうして二人の間にしばしの沈黙が流れる。だが、やがて何かを決心したのか礼次郎はソファから立ち上がり、美咲の前へ訪れる。
何かを決意し、真剣な眼差しをした礼次郎。今までに見たことないほど真剣な表情を見せる父に、美咲は調理を止め、彼と向き合った。
二、三度大きく深呼吸を繰り返し、礼次郎が告げたのは美咲の予想しなかった言葉だった。
「父さん、今結婚を前提にお付き合いしてるある人がいるんだ」
「……えっ?」
その告白に思わず美咲は息をすることも忘れて呆然としてしまう。
「ちょ、ちょっと待って? えっと、それってお父さん再婚するってこと?」
「いずれはそうするつもりだ。もっとも、今すぐって話じゃない。だけど近いうちには……と考えてはいる」
「そ、そうなの……。そっかあ、再婚かあ……」
たった二文字の言葉がやけに重く美咲の肩にのしかかる。父にまた結婚したいと思える相手ができたことを素直に祝福すべきなのだろうが、中々言葉が喉から出てこない。
「この話は美咲、お前だから話したんだ。他の二人にはもう少し時間が経ってから話をしようと思ってる」
「うん。そうしたほうが私もいいと思う。二人とも……特にちーちゃんはこの時期にそんな話を聞かされたら、ただでさえいっぱいいっぱいな頭がパンクしちゃうと思うから」
「そうだな……」
美咲に伝えるべきことを話し終えた礼次郎は他の二人の娘へ、いつこの話しを伝えるべきか悩みながらその場を後にした。
残された美咲は礼次郎から聞かされた話を頭の中で反芻する。再婚。それはつまり新しい母親と、もしかしたらその子供が美咲たちとこれから暮らしていくことになることを意味していた。
途中かけにしていた調理の続きを再開しながら、美咲は考える。
(相手の人はどんな人なのかな。お父さんが好きになった人だから、きっといい人ではあるんだろうけど……)
相手の家族構成や、経歴、性格など考えることは山ほどある。まず、千沙都と陽菜は今回の話を受け止められるかということもだ。
そんな風に考え事に耽る美咲。家族や、友人、見ず知らずの他人であったとしても気にかける彼女だからこそ気がつかない。
誰かの期待に応える為に作り上げた今の己が他人の心配をしても、自分自身に関してはまるで気に掛けていないということに。
――これは誰かに頼り、甘えるということを忘れてしまった一人の少女のお話。
彼女が再び人に甘えるということを思い出し、そんな相手に自分もまた尽くしたいと思えるようになるまでのお話。




