この想いを、貴方に
大事にしてくれた両親がいた。
喧嘩もしたが仲のいい兄弟がいた。
尊敬する師がいた。
切磋琢磨し、笑いあった友がいた。
私ごときを敬愛し、慕ってくれる部下がいた。
まだ実っていない、大切な恋があった。
何故お前が。どうして貴方が。
嘆き悲しみ王に直訴までしてくれた皆を、国の為だと説得したのは私だった。
隣国である、強大な魔王国からの隷属を求める使者。
弱小国であった我が国に、抵抗する術は無かった。
隷属の証として、筆頭魔導師として勤めていた通常の魔導師数十人程度の魔力を保持している私の身柄を魔王国が欲するのは、当然の事と言えた。魔力が強ければ強い程、純度の高い魔石を作る事が出来る。きっと私は魔石を延々と作り続ける道具として所望されているのだろう。
約定が護られるとは思えなかった。
だが他に、現状を打破する手だてが無かった。
「ごめん、ルー」
遠い国にいる、大事な友人……十年前に逢ったきりの、私の想い人。
彼女に手紙を書けなくなる事だけが、唯一、心残りだった。
「おら何ぼさっとしてんだ、休む暇なんてあると思うなよ!!」
「申し訳、……ありません……」
魔王国での日々は地獄だった。
毎日魔力を枯渇し吐血するまで搾り取られ、魔力が枯渇した後は肉体労働をさせられ、更に「訓練」と称し嬲り者にされた。
1日2時間眠れたらいい方だった。
食事は残飯を地面に直接まかれ、犬のように這いつくばり口だけで食べるよう強要された。
真水など与えられず、飲ませて貰える水は食器や衣服を洗った後の汚水だった。
汚泥を飲ませられないだけ良いと思う程度には、その仕打ちに慣れた頃。
「喜べ、貴様は此度、魔王様へ献上される魔石になるのだ」
私は心臓をえぐり出され、魔石へと身を変じて死ぬ事になった。
逃げ道はない、そもそもそのような行動をとる事など出来ない。
その時が来たら、足掻く事無く潔く逝こう。そう、思っていたのに。
「醜い人間風情を魔石にして魔王様へ献上?そんな事が赦されるかあああっ!!!」
献上品の話を聞いた魔王兵の集団が、私を全員で嬲り殺してくれた。
痛みも感覚も全部消えて、目が見えなくなって、ああ、ようやく終われる、と思った時。
かすかに、耳に聞こえたのは……私の名前を呼ぶ、懐かしいルーの声だった。
『もう、大丈夫だ』
そっと頭を撫でて、癒しの魔術をかけてくれた。
『女性兵士がいたら良かったんだが……すまないな、私で我慢してくれ』
詫びながら、汚れてやせ細り骨と皮だった私の身体を洗い清めてくれた。
『早く家に帰れるといいな』
名前すら言えず震える私を、抱きしめて自分の家に連れ帰ってくれた。
あの日から、ずっと、私は貴方を……キリュウ様だけを。
5つの時だった。
母方の祖父の手の者により、私は攫われた。
「お前を産んだからレティシアは死んだのだ……この疫病神め!!」
死ぬより惨い目にあわせてやる、と、私は実の祖父の手により隣国に奴隷として売り飛ばされた。
思い出すと震えが止まらなくなる程、苦しかった日々。
そんな日々が終わりを告げたのは、奴隷となって丁度一年経った、嵐の日だった。
「憲兵隊だ、建物の中を改めさせて貰う!」
「くそっ、何故ばれた!?」
武器を持った大勢の兵士達が、屋敷に突入してきた。
次々と屋敷の中の人達が囚われ、周囲が静かになった。
「ん?誰か、いるのか?」
地下牢の隅で、動く事すら出来ず床に倒れていた私を見つけてくれたのがキリュウ様だった。キリュウ様は慌てて私を抱き上げ、治癒魔術を魔力枯渇で吐血する程必死にかけてくれた。
それから数ヶ月。
キリュウ様のお屋敷で、キリュウ様と同じ位優しいご家族の皆様や使用人の皆様に囲まれ、暮らした。魔族である私を、皆様はまるで同じ人族のように扱ってくださった。
キリュウ様が私とたった6つしか違わない事を知って、驚き声をあげたのも今となってはいい思い出だ。
「ルー!!!」
「おとうさま!!!」
数ヶ月後、たった一人で迎えに来て下さったお父様は、ぼろぼろだった。
いつもの綺麗な服じゃなくて、まるで奴隷のようなぼろぼろの服を着て、髪もぼさぼさで、あちこち傷だらけで痩せて、目の下も凄い隈だった。
「ルーを買い戻す為に、戦闘奴隷としてずっと剣闘士をされていたそうだよ。」
「おとうさま……おとうさま、ありがとうございます、おとうさま……っ」
「いいんだ、ルー、お前が無事ならそれで……っ」
後で二人きりの時にこっそりと聞いたら、私を探す為にみんなの静止を振り切って、戦闘奴隷として潜入したと聞いた。ご自身の立場を表ざたにする事は出来なかったから、他に打つ手は無かったのだと言う。
そんな無茶をしてまで、私を助けに来てくれたお父様。本当に有り難いと思いつつも、ご自身の立場を考えて欲しいと思った。
「せめてお体が癒えるまでは、こちらにいてください。父も母も、兄弟達も、屋敷の皆も、いきなりルーがいなくなったら寂しがりますから。……もちろん、私も」
キリュウ様を始めとしたご家族の皆様は、疲れ切ったお父様も優しく迎え入れてくださった。二週間ほどでお父様が回復し、屋敷を出る時も、ここで暮らせばいいと何度も引き止めてくれた。
本当の名を名乗る事も出来ない私達に、とても親身にしてくださった皆様。
出来るならば、何時までも居たいと思える程の……優しい場所。
「いつか、また皆様にお会い出来るといいな、ルーシア」
「ええ、……いつか、また。」
無理矢理持たされた荷物には、路銀にしては多すぎるお金と、丁寧に縫われただろう衣類、温かなお弁当に、有り得ない程に魔力を込められた魔石で作られた護身石のペンダントが二つ。
~何時でも帰ってきてください。ここは、貴方達の家です~
優し過ぎる言葉が綴られた手紙に、お父様と二人……泣いた。
それから、十年の月日が流れ。
お父様を始めとした義勇軍の皆で、先代魔王殿下のご子息であり、正当な王位継承者で在られるアレン様を幽閉先からお助けする事に成功し、先代魔王様を卑怯な手で討ち王位を簒奪し、魔族至上主義を掲げていたグロッゼを討伐し王位を奪還した。
「レグルス叔父上、本当に王位を継ぐおつもりはないのですか?叔父上ならば、皆もきっと」
「アレン陛下。先王陛下は、貴方が王位を継ぐ日を心待ちにしておりました。……後、叔父として言わせて貰えば王位なんてめんどくさいものを継ぐ気はない」
「叔父上色々と台無しです」
「お父様いい加減にしてください」
荒れた国を建て直すには、まだまだ時間がかかるだろう。
それでも、ようやく本当の名を名乗れるのだから、と隣国にいるキリュウ様にあてて、初めてルーシアの名で手紙を書いたら。
「そんな……!!!」
「おい、嘘だろう、よりにもよってグロッセの奴、なんて事を!!!!」
グロッセが、隣国・ヒノモトを隷属させ、よりにもよってキリュウ様を質として捕えて奴隷とした事を、初めて知った。
グロッセの一味が潜伏していた屋敷をしらみつぶしに探し、ようやくキリュウ様のいる屋敷にたどり着いた時。
「いやああああああああああ!!!!!!!!!」
私が見たのは、全身血まみれでぴくりとも動かない、キリュウ様だった。
泣き声が聞こえる。
ああ、また、ルーが泣いている。
どうやって泣き止ませただろう、あの時は、……確か。
光の珠をいくつか浮かべ、軽くぶつけて音を奏でる。
ルー、ルー、泣かないで。
きっと大丈夫、お父さんは、きっと迎えに来てくれるから。
だから、もう、泣かないで、……ルー。
「キリュウ様の、馬鹿ぁ……!!!」
意識を取り戻した時、キリュウ様が一番最初にやった事は。
昔、お父様を想って泣いてばかりいた私をあやす為によく見せてくれた、光の珠の音色遊びだった。
優し過ぎる、私の大事な人。
ちゃんと起きたら、その時は言葉にして、この想いを、……貴方に。