テスタ、傭兵
次は北へ向かおう。やはり城に行けば何かがわかるかもしれない。
「……ありがとう、サマルト。私達はこれから北へ向かうわ」
「おう、力になれなくてすまんな」
「いいの、ゴブリン族の健在を知ることができただけでも十分よ」
行きましょう、ユーリア、ナナホシ。
表に出て、ゲートを開く。テスタの付近、西の森辺りがいいだろう。
「おい、これって俺が入っても大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。……たぶん」
「多分って……おっ、おい待てよ! くっそ!」
私とユーリアは構わず通る。少し遅れてナナホシも出てきた。
「大丈夫でしょ?」
「……たぶんな」
「じゃあ行きましょう。アナスタシア様、テスタには……」
様子は気になる。テスタは戦虫の襲撃を受けてそのまま出てきたようなものだ。しかし私が魔族という事は知られている。
「……行きたくない」
「ナナホシはどう思いますか?」
「俺か? テスタなら行ってもいいと思うぜ。食料とかも補給しときたいしな」
「でも……貴方も見たでしょう? 私達の本当の姿をみた街の人たちの眼を」
「ああ、見たさ。ただ少なくとも俺達傭兵はお前らの事を悪く思っちゃいねぇ。いたら俺がぶん殴ってやる。それにマスターも言ってたろ? みんな感謝はしてるんだよ。じゃなきゃドレスなんてくれたりしねぇ」
私はテスタでは嫌われてると思っている。魔族が行っても嫌な思いをするだけだ。十年間魔族は動かなかったが、十年しか経っていないのだ。子供が青年になり、青年は大人になり、大人は中年に、中年は初老になる。ニンゲンの寿命では魔族について知っている者がまだほとんだ。私達は特別、なんていうのは虫のいい話だ。
「……わかった。行ってみる」
気は向かない、だがテスタへ向かおう。通り慣れたはずの西の森からテスタへ続く道が長く感じる。頭の中で様々な予想が渦巻く。最悪な状況と、ご都合主義な状況。
テスタにたどり着いてしまった。街の入り口だが、すでに人通りは多い。まだ周囲は特に反応はない。まだ入り口だ。ここを拠点とする人はあまり通らないだろう。酒場へ向かうと徐々(じょじょ)に周囲がざわつき始める。視線が刺さる。やっぱり来なければよかった。
酒場に入ると、視線が一気に集まる。
アナスタシアちゃんだ!
もう会えないかと思ったぜ!
思っていたよりも、優しい反応だ。見慣れた、いつも酒場にいる何をしているかわからない人達。周囲を囲まれた。その時頭に衝撃があった。足元に石が転がる。
「魔族め! わしは騙されんぞ!」
老人が私に石を投げたのだ。周囲は静まり返る。魔族の思考が頭をよぎった。見敵必殺。手を上げる者には徹底した反撃を。
剣を取り出そうとしたとき、ナナホシが既に動いていた。老人の目の前に立つ。ユーリアの両腕も既に変化していた。
「なぁ爺さん、あんたも魔族によっぽどの恨みがあるんだろうさ。その気持ちはわからんでもないが、あんたが今やってることがわかるか? 女の子に石を投げる行為だぜ? それでいいのか?」
「だが、わしの息子は魔族にやられた! 北で戦虫との戦いに巻き込まれて死んだんだ!」
ナナホシが老人の胸倉を掴む。
「……だったら尚更だろうが! 魔族は魔族に手を上げるヤツしか相手にしねぇんだ! 俺達傭兵はみんなそれくらい知ってる! それは好戦的な戦虫がやったことなんだよ! 恨むべきは戦虫族だ! そもそもアナスタシアとユーリアはちょっと前にテスタが戦虫の襲撃に遭った時、ここを守った張本人だぞ!」
「ふ、ふん! 貴様に何がわかる!」
老人は手を振り払うと踵を返し去っていった。
「……大丈夫か、アナスタシア」
他の傭兵達も私を心配してくれている。
「ええ、この程度傷の内に入らないわ。……ありがとう、ナナホシ」
「気にすんなよ」
ナナホシは私の頭に手を置いた。周囲がどよめく。
ナナホシの野郎、あんなに仲良く……!
くっそやっぱり俺がついていけば!
「マスター、久しぶりね」
「……先ほどは大変でしたね。ですがあのような者が多数いるのも事実、まだ魔族との戦いの傷は癒えておりません。……ですが御二方に感謝をしている者も、このテスタには大勢いますよ。私もその一人です」
「……ありがとう。ねえナナホシ……」
後ろを振り返るとナナホシの姿がない。見慣れた光景、乱闘が始まっていた。
「まあいいわ。マスター、何か北の情報はあるかしら」
「情報が無いのが情報……といったところですな。戦虫の襲撃以降、交易は完全にストップしているのが現状です。ですが北の国、リアクダは城壁に囲まれているのでひょっとしたら……と」
やっぱり俺がついていくのが一番だな!
どうやら乱闘のカタはついたらしい。立っているのはナナホシだけだ。
「ユーリア、北のリアクダを目指すのはどうかしら」
「最善と思います。直接城にいくより情報を集めてからの方がいいでしょう」
「北に行くのか? 行ったことはあるが、あそこは国の軍隊がしっかりしてるから傭兵の仕事っつーのはあんまパッとしなかったんだよなぁ。そこんとこオームはゆるゆるだったが」
「じゃあ明日は消耗品を買って、出発しましょう。マスター、部屋は」
「ええ、空いておりますよ」
翌日、食料や水、ナナホシの煙草などを買い揃え、北へ向けてテスタを発つ。
「……傭兵ってああいう良い人ばかりなの?」
「ああ、汚ぇモノを目いっぱい見てきたヤツがほとんどだ。だからこそ敵味方がハッキリわかるし、何を大事にすればいいかがわかるってもんだな」
「ですがアナスタシア様、それでも個性というものがあります。良からぬ事を考える輩がいるのも確かでしょう」
「……まあ、そうだな」
日が陰るころ、小さな集落が見えてきた。しかし、建物はボロボロで、ニンゲンの気配はない。恐らく、戦虫だろう。ここは彼らの生活域からテスタへの直線上だ。中へ入るが、やはり生きているニンゲンの痕跡はない。食い荒らされたニンゲンと、それを求めて破壊された建物ばかりだ。
今日はここの廃墟の一つで一晩明かすことになった。破壊されているとはいえ、ある程度の屋根とベッドがあるのはありがたい。
「ナナホシはこんな場所で平気なの? 私達は魔族だから何とも思わないけど」
「何ともは思うな。弔いくらいしてくるぜ。穴掘って埋めてくる、シャベルくらいあんだろ」
そういうとナナホシは家を後にする。
「ねえユーリア……何故かって言われるかもしれないけれど、私達も手伝おうかしら」
「そうですね……。いい心がけではないでしょうか。例えニンゲンでも命は命、それを弔うことに悪いことなど一つもありません」
「ありがとう、行きましょう」
私は何故ニンゲンを憎んでいるのだろう。あの日以来は、お父様の仇としてだった。しかし、憎んでいた理由である勇者も、ニンゲンではなく魔族ではないか、という可能性が出てきた。では種族としてだろうか。私達魔族が本気になれば一人で街一つ滅ぼすなど容易い事だろう。生き物としてそれだけの力の差はある。ニンゲンなんて、弱くて卑怯、取るに足らない存在、そう思っていた。だがテスタで会ったニンゲンの殆どはいいニンゲン、マスターを初め、酒場で会わせる顔ぶれも頼もしく優しい者ばかりだ。オームでも、途中寄った街でもそうだ。
私にはもう、ニンゲンを憎む理由が、無いのかもしれない。
一つ上げるなら、ニンゲンが魔族を憎むから。魔族が報復で動いていたと言っても多くのニンゲンを殺してきたのは事実。結局、どちらが先に手を上げたかになるのだ。私もユーリアも知らない。最早どちらからかなどわからないだろう。
ナナホシは意外そうな顔をしたが、私とユーリアも共に穴を掘る。かつて魔族の元にいた戦虫族の起こしたことだ。私にもその責任がある。そう感じた。
「ユーリアは……ニンゲンを憎いと思ったことはあるの?」
「憎い……ですか。勿論、あります。アナスタシア様のお父様である前魔王様が倒れた時も当然憎く思いました。それだけではありません。私の同胞達がニンゲンの軍勢に敗れたとき、長い付き合いだった幹部の者達、ネリスのような心優しい者をもが倒された時。私の腸は煮えくり返る思いでした。ニンゲンなど滅んでしまえばいい、そう思ったことが数えきれないほどあります」
ですが、そう挟むとユーリアは続ける。
「……皆殺しにする必要は、もうありませんね。今ではそう思える事もあります」
ユーリアはお父様ほどではないが、それでも私よりも遥かに長く生きている。それだけニンゲンとの戦いを見てきたという事だ。少しニンゲンと触れ合った程度ではその考えは変わらないのだろう。それでも、少し変わったという事なのかもしれない。
「ナナホシは魔族の事はどう思ってるの?」
「……俺か。そうなぁ」
穴掘りもひと段落ついたところだ。ナナホシは脇にできた土の山に座り、煙草に火をつける。紫煙を吐きながら答えた。
「……忘れちまったな。俺の両親、俺の家は代々傭兵なんだが、二人とも魔族との戦いで死んじまった。その頃は感情的には憎く思っていただろうさ。だが今となっちゃあ、な。俺も傭兵として渡り歩いてきて、戦いなんてエラい人や昔の人が決めたことで、そのパシリの俺らみたいなんが憎しみあって……。そんなもんだと思うんだよな。そう気づいてからは魔族がどうとかは何とも思わねぇ。特にお前ら魔族と実際に会うと、人間と大差ねぇんじゃないかなって思ってるよ。もう憎くはねえな」
「でも貴方は私達の正体を知ったとき、残念だ、と言っていたわ」
ナナホシは眼を逸らし頭を掻く。
「あー、アレは、そうだな。お前らと殺し合いはしたくなかったからだな」
「どうして?」
「アナスタシアの言ってた通りさ、お前らといて俺も楽しかったんだよ」
「そう……」
そうだ。あの時私自身が言った通り、ニンゲンといて、ナナホシといて楽しかった。だからあの時ナナホシを殺さず、テスタも守った。ため息をつく、いよいよ私もニンゲンらしくなってきたものだ。
あとは俺がやっとくよ、ありがとな。
ナナホシはそういうと残った遺体を探しに連なる廃墟の中へ歩いて行った。
私達も拠点とした廃墟に戻る。
「……ナイトソード、ナイトメアソード」
ユーリアは既に眠っている。ゲートから魔剣を取り出した。先の戦虫との戦闘で多くの命を吸ったこの剣、しかし戦虫の長には通らなかった。まだ、足りない。魔剣は命を求めて脈動している。突如、その矛先が入口を指す。ナナホシが戻ってきた。
「おう、どうした急に剣なんか取り出して。物騒だな。……その剣、甲虫型の殻までぶった切っちまうんだろ? おっそろしいねぇ」
「……それでもまだ斬れない物もあるわ」
「斬りあいにはなりたくねぇな。カタナごとバッサリいかれそうだ。アナスタシアは剣術の方はどうなんだ?」
「城で一通り、お父様とユーリアに習ったわ。それだけね」
「じゃあ、実戦は?」
「……ほとんど」
「そうか……俺とやってみるか? もちろん真剣じゃあねぇ、俺が死んじまう」
月明かりが照らす廃墟の前の通り、先を切り落としたモップを持ち、対峙する。長さはナイトメアソードと同じくらいだ。命を吸い軽さを増した魔剣に比べるとかなりの重量を感じるが、本来の姿ならそれも気にならない。今はアンデッドだ。
ナナホシはこちらを向いて正眼に構えている。どのように攻めればいいのだろうか。
「人間相手だ、相手は何をしてくるかわかんねぇぞ」
私も棒を構えた。
ナナホシはじりじりと距離を詰める。私の射程に入ろうかという時、一気に踏み出した。棒が頭に振り下ろされる。まだ見えるスピードだ。下から棒を振り上げ、ナナホシの棒にぶつける。そのまま棒を弾き飛ばせるかと思ったが、ナナホシとの力は拮抗している。魔族の腕力についてこれるのは流石といったところだ。そのまま棒を滑らせ、私の腕を狙う。左腕を離しそれをやり過ごすと、ナナホシは、切っ先の向きを変え振り上げた。
一歩距離を取る。しかしナナホシは振り上げたスピードのまま腰を落とし、地面の砂を蹴り飛ばした。これは予想してなかった。砂が眼に入る。次の瞬間には首に棒が突き付けられていた。
「これが俺流。死にたくないんでね。……眼大丈夫か?」
「……ええ、大丈夫。ニンゲン相手に舐めてかかっちゃいけないことがよくわかったわ。次は殺しにいくわよ」
「死ぬのは勘弁だな。手の内がバレて人間が魔族にサシで勝つなんて奇跡ってもんだ。じゃあ俺は寝るぜ」
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