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魔姫は不死の瞳に何を見るか  作者: 御竜キレハシ
魔姫は不死の瞳に何を見るか
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南、ゴブリン族


 道中、南の国までは距離があるため野宿だ。付近は徐々に植物が減り、荒地が目立つようになってきていた。


「十年寝てたってぇのか!」

 火を囲む。ユーリアとナナホシのための食事が飯盒はんごうの中で煮込まれていた。

「魔族ってぇのはすげぇなあ。アナスタシアも年上かぁ」

 確かに年齢で言えばそうだろう。だが人生経験では傭兵として世界を回ってきたナナホシの方がはるかに上だ。


「なあ、もう一回魔法見せてくれよ」

 ゲートから魔剣を取り出す。

「俺が持つわけにはいかねぇのか?」

「命を吸う剣よ。持ったら死ぬかもしれないわ」

 現に今、魔剣はナナホシの方を向こうとしている。

 じゃあ俺の相棒はやっぱりこれだな、そういうとナナホシは紅い布の巻かれた刀を見る。

「仕事中に手に入れたんでしょう?」

「ああそうだ。護衛の仕事中にやられた仲間のヤツを貰ってそのまんまさ」

 なあユーリアはどうやって戦うんだ? ナナホシが煙草に火をつけながら話を振る。

「……私は基本的にはあまり武器は使いません。この腕が武器となります」


 しんの姿に。背中には三対の黒い翼、両腕は紅く太い、刃のような爪を持つものになっていた。その手の甲についた大きな眼球の禍々(まがまが)しい眼光は、間違いなくナナホシをにらみ付ける。煙草が落ちた。


 そんなもん振り回すのか。そりゃただの人間じゃ勝てねぇわな。そう言うとナナホシは煙草を拾い口に咥えなおした。

「よっしゃ、もういい頃合いだろ」

 飯盒はんごうを火からおろす。中身は野草と干し肉のスープだ。見た目は少し悪いが味は確かな物、らしい。私は食べないのでよくわからないが。

「勇者っていうのはどういう存在なの?」

「勇者……ねぇ。よく知らねぇな。知らねぇ奴がほとんどだろ。前言った通り、南の国オームで生まれた噂から始まりたった一人で魔族の領域に突っこんで、魔王を打ち取った。それくらいだな。そういえば魔族と人間の戦いってのはいつ始まったんだろうな」

「ユーリアは何か知らないの?」

「私も存じ上げておりません。勇者の存在が情報として入ってきた時には、既に幹部達も数名倒されていたほどの状態でしたので」

 やはり必要なのは情報だ。なぜ魔族とニンゲンの戦いが始まり、勇者という謎の存在が現れたのか。


 私の目的は何なのか。魔族を再興しニンゲンを滅ぼす? 魔族を集めて? いや、私はもうニンゲンを知りすぎた。そんなことは出来ない。だが、魔族を再興すればニンゲンは襲い掛かってくるだろう。魔族とその配下は自衛というには憎しみを買うほどに殺し過ぎている。では魔族のみで国を立ち上げてはどうか。魔族が憎まれる原因は、配下の亜人種に、生活域を守るため徹底的な排斥を指示していたからだ。だが亜人種、少なくともエルフは既に独立していると言ってもいいだろう。ならば魔族が手を貸す必要はない。魔族だけでひっそりと暮らしていれば襲われることもない、かもしれない。


「ねえユーリア。私達は、魔族はどうしたらいいのかしら」

「理想を言えば、亜人種と魔族がニンゲンと共存することでしょうか」

「……だが、それは難しいぜ。人間は魔族に憎しみを持ってるヤツが大半だ。もっとも、知ってしまえばお前らが自衛のために殺していたってのもわかるけどよ。それを伝える方法なんてあるのかねぇ。テスタのマスターはそこんところ柔軟な考えだし傭兵も大体わかってる、それにお前らはテスタで結構人気あったし、実際に戦虫いくさむしを切り倒すところも見てる」

 テスタはお前らが思っているより理解してくれてるぜ、実際に見たときにはビビっちまったみたいだけどよ。ナナホシは次の煙草に火をつける。

「地道に魔族の事を広めていくしかないのかしら」

「そうなぁ……吟遊詩人ぎんゆうしじんって知ってるか? テスタにも結構いたんだが、あいつらも頼りになるかもな。噂を広げるには一番だ」

 人づてに伝えていく、か。それが確かに一番早いかもしれない。なによりニンゲンからニンゲンに伝わるので信憑性しんぴょうせいも上がるだろう。

「ふぁぁ……俺は寝るぜ」

 ナナホシは煙草を焚火たきびに投げいれ、テントに入っていった。明日には次の街につくだろう。オームもすぐだ。


 街に到着した。やはり情報収集は酒場だ。ナナホシもそういう。街唯一の酒場、というよりバーの扉を開くと、静まり返る。どうしたのだろう。ひそひそ声の会話が始まった。

 店主らしき男が声をかけてきた。

「なあ、あんたらもしかしてテスタから来たのかい?」

「え、ええそうよ」

 会話が止む。明らかに全員がこちらの会話に耳を傾けていた。

戦虫いくさむし族の襲撃があったって話だが……もしかしてあんたらは」

 ナナホシが口を挟む。

「煮え切らねぇな! このお嬢さん方が戦虫いくさむしのボス倒して追っ払った張本人だよ!」

「本当に魔族には見えないんだな。聞いた話では人間に扮した魔族が街を守ったって話だ。ここでも噂になってるんだよ。うたっていった吟遊詩人の内容と見た目が完全に一致していたもんでね」

 情報収集は酒場、情報が入るのも早いようだ。それにしても店主も客も随分冷静だ。

「どうしてそんなに落ち着いてるのですか?」

 ユーリアも気になったようだ。

「ここやオームは昔、魔族に助けられたことがあってね。その魔族はゴブリンを治めていたんだが、いう事を聞かずに攻め入ってきた者を焼き払ったんだ。過程はどうあれ私達には守られたようにうつったよ。彼女も勇者が倒してしまったがね」


 ゴブリン族を担当していたのは魔人まじんの中では最強の力を持つネリスだったはずだ。魔人は最もニンゲンに近い魔族。それだけネリスも受け入れられやすかったのだろう。

「あれは十何年も前になるのか……」

 マスターは腕の傷跡を見ると語り始める。




 街に悲鳴が上がる。剣を持ち、武装したゴブリンが攻め入って来たのだ。次々と人を切り裂き、街の中を駆け抜ける。店の中にいて逃げ遅れた店主と客にその刃が届くという時。熱風が吹き荒れた。ゲートから、つばの広い三角帽子に眼鏡の女性、ネリスが現れる。

「ゴブリン族よ! 何故なぜニンゲンをおそう!」

「メシだ! 食い物をよこせ!」

「何年も前に私は農業を、牧畜を教えたはずだ! 何故それを守らなかった!」

「そんなことやってられるか! とにかくメシだ!」

 聞く耳なしか。ネリスはそうつぶやくと、手に持った杖を振り上げる。

「第零世界を駆け抜ける魔力よ。その疾走しっそうに熱を与えよう。地獄の業火を与えよう。喰らえ、燃やせ、眼前のあだなすものを焼き払わん。あかい血液をあおく燃やせ! サラマンドラ!」

 赤や白を超え純粋な熱量を持つ蒼い炎が吹き荒れる。その炎はゴブリンを喰らい、一瞬で灰と化す。焦げる臭いすらしなかった。

「大丈夫ですか? 御怪我おけがはありませんか? ……大変、斬られているじゃあありませんか! この程度しかできませんが……」

 そう言ってネリスが指で傷口をなぞると傷跡を残して出血は止まっていた。痛みもない。その後もネリスは犠牲になったニンゲンの間を駆けまわり、息のある者に治療を施していった。

 ある程度騒動が落ち着くと、ネリスは何度も何度も頭を下げて回り、ゲートの中へ消えていった。




「そう……ネリスが」

 ネリスは優しさに満ちた存在だった。私が幼かった時に、ユーリアと一緒に遊んでくれたのを今でも鮮明に憶えている。その優しさは、おそらくはニンゲンに対してもそうだったのだろう。

「ネリス……というのか。名前を伺うこともできなかったので。せめて恩人の名前だけでも知ることができて良かった。オームを目指すのでしょ? きっといいものが見られるよ」

「情報ありがとな。一杯くれよ」


 ナナホシがカウンターに腰掛ける。私とユーリアも続く、情報料というやつだ。食事も済ませよう。

 目の前に大量の料理が並ぶ。殆どユーリアの分だ。肉をこね煮込んだもの、鳥を焼いたもの、米をトマトソースで炒め玉子でくるんだもの、ジャガイモとタマネギのスープ。相変わらずよく食べる。それらは私がパインジュースを飲んでいる間に、次々と胃袋に収められていった。

 いい具合にお酒の入ったナナホシが、煙草を吸いながら笑う。

「お前よくそんなに食って太らねぇな!」

「お前ってなんですか! 魔族の力の秘密ですよ」

「アナスタシアは全然食わねぇのになぁ?」

「アナスタシア様はアンデッドだから仕方ないんです! 特別なんですよ!」

 苦笑いするしかない。魔族の中でもここまで食べるのはユーリアくらいの物だ。


 店主に礼を言い、バーを後にする。宿泊場所も抑えてあるので安心だ。安心だろうか。テスタで暴漢が侵入して以来、一度も眠りについていない。毎日欠かさず魔法を使い、アンデッドの身体を取り戻す。今までと変わらない、ひと手間増えただけのアンデッドだ。ニンゲンであるときわずかに眠さを感じるのは気のせい。きっと気のせいだ。



 翌朝、早めに宿を発ち、オームを目指す。太陽は街道を熱く照らし、体力を奪う。いつも以上に眩しく感じている。次第に目の前がチカチカしてきた。

「ねえ、ユーリア。なんだか意識が遠くなってくるわ」

「大丈夫ですか、アナスタシア様。私が背負いましょう」

 ユーリアの背に乗る。その時にはもう視界が暗くなっていた。



 気が付いた時にはオームに着いていた。ユーリアが言うには私は眠っていたらしい。ニンゲンであるときの疲れからだろうと言っていたが、どうも納得いかない。恐らくだが、ニンゲンでいる時間が長いほど疲れがたまり、アンデッドでいる間はその疲れもなくなっていくのだろう。自分をそう納得させる。


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