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魔姫は不死の瞳に何を見るか  作者: 御竜キレハシ
魔姫は不死の瞳に何を見るか
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魔法、セブン・スター

 夜、酒場の二階の部屋。

「ユーリア、ニンゲンの生活ってこうも面倒なのね。何をするにもお金がいるわ」

「安全のためですアナスタシア様。ニンゲンにも魔族と同様、様々な者がいます。お金で信頼を買い、信頼でお金を得るのです」

 ユーリアと言葉を交わしていくうちに意識が重くなっていく。この感覚は一体何なのだろう。

「ユーリア、意識が重いわ。魔法を使うものもいないはずなのに」

「それは睡魔すいまでしょう。仮の姿とはいえアナスタシア様はニンゲンの姿。その影響を受けているのではないでしょうか。宿を取って正解でした」


 睡魔、聞いたことはある。生き物が眠りにつく前の感覚だそうだ。アンデッドたる私には無縁と思っていたがこのような形で体験することになるとは。どこか心地よさがある。しかし不安もあった。このまま意識を手放すとどうなるのか。ブラックアウトのような意識を奪う魔法を受けたことはあるが、それが自然現象として起きるとは。いつ意識が戻るかも分からない事を毎日繰り返すのか。

「ご安心くださいませ。アナスタシア様は私がこの命に代えてもお守り致します」

 不安が通じたのだろう。ユーリアはそう言うが、そのユーリアも睡眠をとるのだ。

「睡眠をとることに慣れると、その最中でも警戒することは出来るのです。さあアナスタシア様。ベッドに横になってください」

 ドレスを脱ぎ横になると、急激な不安に襲われる。今日一日で様々なことが起きた。いや、起きていた。お父様は倒れ、魔族がどうなっているかもわからない。城には近づくこともできない。頼れる者もユーリア一人だけだ。十年の間があればニンゲンもそれなりに発展しているだろう。眼から液体がこぼれる。これはきっと涙だ。世界に私しかいないような孤独感におそわれ、胸が苦しい。


 ベッドに入ってくる気配があった。ユーリアが私を抱きしめる。暖かい。

「アナスタシア様、きっと大丈夫です。私は何時でも、必ず、アナスタシア様のおそばにおります」

 ユーリアが私の身体をさするうちに、安心感が沸いてきた。不思議だ、感じることのなかった不慣れな体温のはずなのに。睡魔が増していった。



 窓から陽光が差し込む。通りに面した開かれた窓からは、すで喧騒けんそうが飛び込んできていた。

「おはようございます。アナスタシア様」

 身体を起こす。ユーリアは既に起きて、ドレスを着ていた。いつの間にか寝てしまったようだ。

「昨晩は、ありがとう」

「いいのです、アナスタシア様。余りにもいろいろなことが起きて疲れてしまったのでしょう」

 服を着て一階に下りる。朝にもかかわらず、ホールは既に多くのニンゲンで満ち溢れていた。マスターのいるカウンターへ向かう。


「おや、おはようございます。よく眠れましたか?」

「まあ、寝ることができたわ」

 マスター昨日と同様、客のためにシェイカーを振る。城で過ごしてきたため、このような仕事を見るのは初めてだ。まじまじと見つめていると、マスターは笑顔を向ける。

「元は趣味で始めたような小さな店だったのですが、気づけば町の中心にこのような大きな店を構えるようになってしまいました。ここを守衛する兵士や傭兵達の集う場所が必要とのことで、元々そのような場所であった私の店にお声がけがあったのです。今は休む暇もないですね」

 マスターは言葉を続ける。

「そうだ、昨夜の宿泊の代金でしたら結構ですよ。もうユーリア様に開店のお手伝いをして頂いたので」

「あれだけでよろしいのですか?」

「元々、人手が足りてないのです。非常に助かりました。それにこのような行き場のない美女二人をまちにほっぽりだすなど、男として許されません。フフ……格安なのは秘密ですよ」

 ユーリアと共に頭を深く下げた。それでもニンゲンだという考えが頭をかすめる。ただ、感謝の気持ちもそこにあるのは確かだった。


 西へ向かう街道かいどう、私達はその先にある森に自生しているという薬草採取に向かっていた。

「ユーリアは、薬草がわかるの?」

「はい、ニンゲンに効くもの、魔族に効くもの。逆に毒性を持つもの。様々なものがあり、生息する地域によって効力の異なる場合もあります。今回は依頼者の方から見本も見させていただいたので大丈夫ですよ」

「私のようなアンデッドにはえんのない代物ね」

 次第に森が見えてくる。

「アナスタシア様、空腹感はないのですか?」

 空腹感。魔族の中でもアンデッドは特に無縁な感覚だ。墓から這い出るような亡者とは違う。だが仮とは言えニンゲンの姿をしている今はどうなのだろう。

 昨晩は睡魔が訪れた。ならば空腹感も感じるのが普通というものだが、特に感じてはいない。疲れからの睡魔? いや、今まではそんな事は無かった。尤も、生み出されて以来の最大の困難に直面している訳だが。

「……ないわね」

「もし感じたらすぐにでも申しつけ下さい。用意致します」

「大丈夫よ。……多分」


 森の中は風通しが良く、日の光も適度に降り注ぐ快適な環境だった。木々の多くが針葉樹だからだろう。うろには小動物が出入りし、高い枝の上では小鳥が飛び交っていた。

 薬草自体は簡単に見つかり、その量も充分だ。女性でも安全にできる、という触れ込み通りの特に問題のない仕事だった。


 一点を除けば。


 野盗だ。街道を歩いていると馬車の一団がすれ違ったと思ったら、突然襲われた。少し森にいる時間が長かったのだろう、日は傾き、黄昏時といったところだ。顔を隠した野盗は五人、四人は短剣で武装し、一人は弓をつがえてこちらを狙っている。

 はっきり言って相手にならない。か弱いニンゲン五人程度では私とユーリアの相手など務まらない。

「アナスタシア様、ここは私が」

「いえ、私がやるわ。人目もないし、この身体がどんな調子か試してみたかったところよ。ナイトソード」

 空間から漆黒の魔剣を取り出す。野盗は明らかに動揺した。当然だ、おそらく魔法を見るのも初めてだろう。そして剣を持つ私の右腕は、青白くひび割れたアンデッドと化す。

 私は手始めに弓を持った者に剣を投げ飛ばす。魔剣は吸い込まれるようにその心臓を貫いた。噴き出すはずの血液を魔剣が瞬く間に吸収する。そういうものだ。魔剣は血を求め、心臓へ喰らいつく。ゲート越しに投げた魔剣を掴み取ると、残された四人に斬りかかる。容易たやすい。生血いきちを吸った魔剣は軽さと鋭さを増し、次なる獲物を求めてヒラヒラと舞う。腕を斬れば飛び散る血液を吸い、首をねれば断面から貪欲どんよくに吸い尽くす。

「他の魔法も試したかったのだけれど……やっぱりニンゲンはか弱いわね」

 最後の一人だ。震える手から短剣は滑り落ち、立っていることもままならない様子。

「まあいいわ。短い人生ご苦労様。真っ当に生きてればこうはならなかったかもね」

 ゆっくりと心臓を貫く。断末魔が響き渡るが野盗の望み通り、人目はない。ほとんど手ごたえのない程に切れ味は増していた。

「ドレスが汚れなくてよかったわ」

「左様でございますね。アナスタシア様」

 魔剣をゲートにしまうと、腕もニンゲンのそれに戻った。依頼は夜までだ。急ぎ街を目指す。

 たどり着いた頃にはすっかり日も落ちていた。少し遅くなったが依頼主は了承してくれた。薬草を渡し、報酬を受け取る。


 酒場へ帰ると昨日と同じように賑わっていた。カウンターに座り、マスターに飲み物を頼む。

「おお、その様子では特に問題もなかったようですね。無事で何よりです。報酬は頂けましたか?」

「はい、これでちゃんと飲み物を注文することができますわ」

「ユーリア様はお酒はいける口ですか? よろしければお出ししますよ」

「それが、あまり口にしたことが無くて……」

「そうですか。まあ無理強いはしません。人を選ぶものですからね」

 そういうとマスターは二人分のグラスに果汁をブレンドしたものを差し出す。今度はちゃんと銅貨を渡すことができた。

「……ねえマスター、魔族について聞きたいのだけれどいいかしら?」

「魔族……ですか。そうですね、今は少し忙しいので客足の減ったころにゆっくりお話ししましょう」


 カウンターから周囲を見渡すと、昨日と同様に様々なニンゲンがいた。仕事帰りであろう兵士や、チームを組んでるであろう傭兵らしき一団、男女のカップルもいる。

「ここはニンゲンのいこいの場所なのね。ここにいれば情報も集まりやすいかしら」

「そうですね。しかし十年の月日が経っております。私達にはその間の知識が何もないので注意して動きましょう」

「なんだアンタ達、魔族に興味あんのかぁ?」

 男が私の隣に座る。既に酒が回っているようで顔は赤らみ、吐息はアルコール臭い。不愉快だがそれにしてもどこかで見た顔だ。

「昨日もいたよな? 俺の勇姿、見てくれた?」

 思い出した。初めてここを訪れたとき喧嘩をしていた、勝った方の男だ。赤い長髪を後ろで結っている。

「貴方は何者ですか?」

 ユーリアが私を挟んで棘のある問いを投げかける。すると男は、ふふんと鼻で笑うと、椅子に足をかけ、手に持ったジョッキを掲げ声高こえたからかにしゃべりだした。

「俺の名前はセブン・スター! ここら一帯じゃあナナホシってぇ呼ばれてる! 流れの凄腕傭兵よぉ! 俺に喧嘩吹っかけた奴は皆ボッコボコだぜ!」


 いいぞー! ナナホシぃ!

 昨日の喧嘩は儲けさせてもらったぜ!


 周囲から歓声が沸き起こった。それだけ顔の通った男なのだろう。ならば、下手なことは出来ないはずだ。

「よっしゃ、それでお嬢さん方。なんだって魔族なんかに興味あるんだ?」

「魔族なんかですって!? 魔族は誇り高い……」

「アナスタシア様!」

 幸い周囲の耳には喧騒けんそうまぎれて届かなかったようだ。しかし、セブン・スター、ナナホシは首をかしげる。

「誇り高い魔族ねぇ……、あんたら、ホントに魔族のこと知らないんだな」

 知っている。当然知っている。私自身が魔族だ。

「十年前に魔王が倒れてから、魔族はトンと見なくなったな。でもそれまでは大暴れだったんだぜ? 少しでも牙を剥こうとしたらオシマイ。街街まちまちを滅ぼしまくっていったんだ。勿論もちろん人も数えきれないほど死んだ。国ごと滅んだところもある。まあ、こうしてられるのも勇者様様だな。」

「勇者は今何をしているの?」

 真っ先に殺すべきニンゲンだ。勇者さえいなければ魔族の繁栄は続き、お父様が倒れることもなかった。

「どっこい、誰も知らねぇ。噂じゃあ、身分を隠して田舎にでもいるとか、魔王と相打ちってぇ死に方だったとか、色々だな」

 ナナホシは赤い装飾のついた白い箱から煙草を取り出し、火を灯す。

「まあ、俺みたいな一介の傭兵には関係ない話だってのが実際のところだな。片田舎にわざわざ魔族が出向くことなんてありゃしねぇ。あるとすれば魔族に支配されてたオークやゴブリンみてぇな亜人種の襲撃しゅうげきとかだ。それに対する護衛とかで、まあ確かに仕事には困らなかったな。あれは商人の護衛してた時だ……」


 街を滅ぼしていることも、国を滅ぼしていることも知っている。だがお父様が滅ぼしっていったものはこちらに敵意を向けてきた者だけだ。魔族かニンゲンか、歴史の中でどちらが先に敵意を向けたのかは、わからない。お父様はどちらか知っていたのだろうか。

「次から次へと湧いてくる斧持ったオークどもを……」


 私やユーリアのような純然たる魔族はあまり多くはない。軍勢の大半は先ほどナナホシの挙げた亜人種だ。ただお父様は安住の地を与える対価として協力を求めていた。ニンゲンの言うような支配、被支配の関係ではない。血気盛んな種族がニンゲンを襲撃することもあっただろうが、それもその種族内で処分する話だ。

「そこで、俺は倒れた仲間の剣、カタナっつーんだが……」


 ニンゲンのことはあまり詳しくはないが、国同士の関係もおそらく同じだろう。お互いの得意な分野で協力し合う。ただそれが、ニンゲン同士か、他種族同士か。その違いくらいの物のはずだ。

「それが具合よくてな、今の相棒っつーわけよ。こいつとは長い付き合いでなぁ」

「ユーリア、行きましょう」

「はい、アナスタシア様」

「ごめんなさいマスター。話はまた今度聞かせてもらえるかしら」

「ええ。構いませんよ」

 マスターの笑顔に見送られながら、二階へ上がる。後ろでナナホシがからかわれる声が聞こえたが、そんなのは関係ない話だ。


 今日は睡魔がやってこない。何故だろう。ニンゲンの身体に馴染んでしまったならば、睡魔も空腹も排泄もあるはずだ。そういえば、今日は魔法を使った。ナイトソード。もう一度呟くと、ゲートが開き魔剣が現れる。掴む右腕は骸のそれだ。ゲート。空間が大きく口を開けると、全身が懐かしさすら感じる青白い骸となる。これが、本来の私。自分に言い聞かす。

「アナスタシア様。私はその御姿こそがアナスタシア様だと思っております。内面までニンゲンに染まる必要はございません」

「……そうね。私は誇り高き魔族。魔王の娘、アナスタシアよ」


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