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魔姫は不死の瞳に何を見るか  作者: 御竜キレハシ
魔姫は不死の瞳に何を見るか
2/87

テスタ街


 そこはテスタがい、というそうだ。まだ日差しの明るい中、それなりに人通りのある石畳の通りを歩く私とユーリアを見て、周囲のニンゲンは騒めいている。鬱陶うっとうしい、私の力ならこのまち一体を更地にするのも不可能ではないだろう。


「ユーリア、ニンゲンの街路がいろはいつもこんなに騒がしいのかしら?」

 私は憎らしくもニンゲンの姿、ユーリアも魔法でその翼を隠している。

「アナスタシア様、私達の外見の問題でしょう。先ずは身なりを整えなければなりません」

 確かに、みすぼらしい服装だ。だがニンゲンはそれだけでこうも騒ぐのか。魔族では服を着ない者もざらだというのに。


 おそらく服屋だろう、ニンゲンの文字は読めないが、通りに面した窓からは豪奢ごうしゃな服が並んでいるのが見て取れた。ここに入ろう。扉を開くと爽やかなベルの音が鳴り響く。

「いらっしゃ……なんだいあんた達」

 店主らしい中年女性が顔を出すが、あからさまに苦い顔をする。ドレスを仕立てて欲しい旨を告げるが、苦い顔は変わらない。

「あんた達そんな恰好してるが、お金持ってるのかい? うちの商品は金貨十枚なんてざらだよ?」

「どうして? 私は……」

 ユーリアが私と店主の間に割って入る。

「申し訳ございません、入る店を間違えたようです。行きましょうアナスタシア様」

 不満ではあるが、ユーリアが正しい。当然ニンゲンの世界の貨幣かへいも持っていなかった。私達は、このニンゲンの世界では一文無しのか弱い女性と少女にしか見えないのだろうし、事実そうだった。か弱い点を除けば。しかしボロボロのドレスでは、相手にされないことも当然だろう。

「ユーリア、どうしたらいいかしら。ニンゲンを襲うわけにもいかないのでしょう?」

物騒ぶっそうなことをおっしゃらないでください、アナスタシア様。誰に聞かれているかわからないのですよ」

 ベルの音が響く。

「待ちな! あんた達」

 服屋の店主だ。こちらに手招きをしている。

「事情は知らないけど女の子がそんな恰好かっこうで歩いてちゃいけないよ。売れ残りの服くらいならあげるからそれを着なさい」

 そういうと店主は店の中へ入れてくれた。カウンターの中に入り、二階へと案内される。その奥の部屋、埃をかぶった大きな姿見のある部屋にはいくつもの服が吊るされていた。

「こういうのは流行りすたりが早いからね。どうしてもこういうのが出ちまうのさ」

 好きなの選びな、特別だよ。そういうと店主は一階へと戻っていった。


「助かりましたね! アナスタシア様!」

 ニンゲンのほどこしを受けることになるとは思ってなかった。しかし喜ぶユーリアの顔を見るとそんなことは言えない。言葉を飲み込み、服を選ぼう。

 ボロボロのドレスを脱ぎ、姿見の前に立つ。金色の瞳の少女がこちらを見ていた。埃っぽく薄暗い部屋の中、透き通るような色素の薄い肌は窓から入る陽光にうっすらと輝いて見える。光を通すような腰まである白い髪は、私の仕草について動いていた。


 本来の私ではない、ニンゲンの姿。だがまじまじと見るのは初めてだ。ニンゲンの骸の様と言われる、私やお父様、アンデッドの元とも言えるその姿。

「これが、今のアナスタシア様の御姿おすがたです。どうか慣れてください」

 思案を巡らせていると、ユーリアも姿見の前に立つ。背も高く、黒い瞳、私のそれとは正反対の漆黒の長い髪、大きな胸に引き締まったくびれ。きっとニンゲンの言う【美人】に違いないのだろう。

 結局ドレスはユーリアに選んでもらった。フリルの目立つ、暗い紫色のドレスだ。私としてもあまり派手な色合いは好きではないので、気にいった。

「アナスタシア様、よく似合っていますよ」

 ユーリアのドレスは城にいたときとあまり変わらない、やや胸の露出ろしゅつの多い身体のラインが見える白いドレスだ。


「それでは、店主に深く御礼おれいを言いましょう。ニンゲンですが私達、魔族の誇りにかけて恩に対する感謝を忘れてはなりません」

 気に入らないがユーリアの言う通りだ。無礼を働くのは道理に反する。一階に降りると、店主が迎えてくれた。

「よく似合ってるじゃあないか! 二人とも美人さんだし、やっぱりそれなりの服装はしておいたほうがいいね」

 ありがとうございます。店主に頭を下げる。ユーリアも深々と頭を下げた。

「本当にありがとうございます。着る物もなく本当に困っていました。このご恩は一体どうやって返せばいいか……」

「いや、いいんだよ。今度来るときはちゃんとお金を持ってきてくれればそれでいいさ。どのみち布にバラす予定の物だったしね」

 店主は少し考える様子を見せると続けてこう言った。

「……あまり女の子に勧める物じゃあないけど、酒場に行けば仕事はあるんじゃあないかい? あそこは万年人手不足だし、仕事も集まる。簡単な依頼をこなせばお金をもらうこともできるのさ。ただ仕事目当てでガラの悪い連中が集まるし、間違っても危険な依頼を選んじゃあいけないよ」

 何から何までありがとうございます、とユーリアは再び頭を下げる。酒場への道を聞いて店を出た。先ほどまでのどよめきはないが、それでもどこからか視線を感じる。

「ねえ、ユーリア。私達ってどこか目立つところでもあるのかしら」

「アナスタシア様の今の御姿は、ニンゲンの中では美しい部類なのです。注目を浴びるのも仕方がないのでしょう」


 そういうものなのだろうか。魔族で外見を気にする者はあまりいない。ともかくニンゲンはそうなのだろう、と自分を納得させた。

 酒場に近づくにつれ、人通りも多くなっていく。街の中心に近づいてるようだ。その中でも特に騒がしい場所、あれが酒場のようだ。付近には料理やアルコール、煙の混ざった臭いが立ち込め、建物の中から大声が聞こえる。


 喧嘩けんかだ。大きなホールの中心の机の上で二人の男が殴り合っている。周囲には野次を飛ばす者、歓声を上げる物、我関われかんせずといった者。様々なニンゲンがいた。二人の若者の内の一人が机の上からこちらに吹き飛ばされる。

「……シールド」

 反射的に魔法を使ってしまった。一瞬だが全身がアンデッドと化す。

 幸い、周囲のニンゲンの眼はもう一人の男、勝者に注がれていた。従業員が大急ぎで周囲を片付けている。よかった、バレてはいないようだ。

「……アナスタシア様」

「わかっているわ。……気を付ける」

 敗者の男は私のシールドに弾かれ、意識を失っている。介抱かいほうする義理もない。そのまま男をまたぎ、カウンターへ向かう。


「おや、女性が来るとは珍しいですね。僭越せんえつながら、高い身なりの方のようだ」

 シェイカーを振るマスターが私達に声をかける。カウンターに着いていた他の客にカクテルを差し出すと、こちらに向き直った。

「高貴な身分など、とんでもございません。ここに来たのも仕事を探すためなのです」

 ユーリアの言葉に深い茶髪、右目に眼帯をしたマスターは低くうなる。

「ふむ、しかしその立ち振る舞いは只者ではないですね。ここでこうして多くの人に会う仕事をしていると、わかるものなんですよ。名乗らせていただくと、私はジョン・プレイヤーと言います」

 仕事ですか。マスターはそういうと、壁に貼り付けられた幾つもの紙に目を通す。

「これなどどうでしょうか。報酬はあまり高くはありませんが、何より女性でもできる安全なものです」

 私はニンゲンの文字は読めない。ユーリアに渡すと、私にもわかるようにさり気なく音読してくれた。

「西の森で薬草摘み……ですか。報酬は銅貨5枚、期限は明日の夜まで」

「このテスタ辺りは野獣も少ない、それに明るい時間ならば安全でしょう。若しくはここで働く、という道もありますが。貴女達のように美しい方がいれば、ここも更に賑わうというものです」

 どうしたものだろうか。私だけで森へ行ってもいいのだが、おそらくマスターは少女の外見である私を止めるだろう。ユーリアに行かせてもいいが、ニンゲンの事を知らない私一人では何か問題を起こしてしまうかもしれない。お父様の情報を手に入れてない以上、それは避けたいところだ。ならば決まっている。

「マスター、私達二人で薬草摘みに行ってくるわ。まだこの街には来たばかりで勝手もわからないし」

「承知しました、アナスタシア様。薬草の事なら私もわかります」

「では決まりですね。この街には来たばかりとおっしゃいましたが、泊まる場所は決まっていますか?」

 もともと私はアンデッドだし、夜寝る必要などない。だがユーリアはそうはいかない。

「……決まってないわ。それにお金もないの」

「アナスタシア様、私の事ならお気を遣う必要はございません。御供おともします」

「そういう事であればここの部屋を御貸ししましょう。料金は後払いで結構です。なに、珍しい話ではありませんよ」

 するとマスターはグラスに飲み物を注ぐ。

「……出されても支払えないわ」

「いいんです。おごりますよ。それでは、あなた達との出会いに」

 グラスを合わせる。カチンッと心地よい音色が小さく響いた。


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