プロローグ
キレハシと言います。
小説の投稿は初めてとなりますがよろしくお願いいたします。
予約投稿をしているため、文字数が多く表示されているかもしれませんが、ある程度の話の節々で投稿させていただくつもりです
戦いが始まろうとしている。勇者と呼ばれた、たった一人のニンゲンと、数万の軍勢を率いた魔王との決着だ。
玉座に座る、ニンゲンに伝わる死の神そのものを象ったような古びたローブを纏うアンデッド、青白く、体表にひびの入った骸の姿の存在。私のお父様だ。魔族の頂点たる魔王、お父様の言葉に、私、お父様と同じような骸の姿の私は納得がいかなかった。
何故、一人で戦うというのか。確かに強大な力を持ったお父様の部下達も既に殆どは戦いで命を散らした。しかし、兵はいくらでもいる。私達、魔族のような魔法も持たず、斬られれば死に直結してしまう程の、か弱いニンゲン一人。数で押してしまえば負けるはずなど無い。
お父様は私に、ニンゲンの血をも揺るがす様な低い声で語り掛ける。
「アナスタシアよ。愛しい我の娘よ。彼奴はただのニンゲンなどではない。我の軍勢をたった独りで切り抜け、ここまでたどり着いたのだぞ。それにこれは、我の我儘だ。幾百年生きてきた我の元に、初めてニンゲンがたどり着こうとしている。その力を見てみたいのだ。我ら誇り高き魔族の頂点たる我が、たった独りのニンゲンに我が負けると思うのか?」
お父様の言う通りだ。反論できない。私の生み出されるよりも遥か昔、前魔王を倒してこの世界を統べたお父様が倒れるなど、あり得ない。
それでも私はお父様のローブを離さなかった。離したら、お父様に会うことはもう叶わない。一人のニンゲンごときにお父様が負けるはずがない。頭ではそう考えていたが、それでも、胸騒ぎが収まらなかったからだ。
「……ユーリア、いるか?」
お父様のその言葉に、空間が歪んだ。玉座の脇の空間に空いた黒い穴、【ゲート】から見慣れた女性が現れる。
「は、お傍に」
背中に三対の黒い翼を持ち、純白のドレスを纏ったお父様の側近、私の世話役、ユーリアはお父様に跪く。
「……アナスタシアを、頼んだぞ。我がどうなるかは、理解しているな?」
「……承知しております」
そんな、まるでお父様が倒れるかのような会話だ。ローブを握る手に力を込める。
「アナスタシア様、行きましょう」
待ってほしい、どこへ向かうのか。お父様の考えがわからない。ユーリアがゲートを開いた。嫌だ、行きたくない。
「行け、我が娘よ」
お父様は玉座から立ち上がると、自ら開いたゲートから大鎌を取り出し、防御魔法【シールド】を張り巡らす。私の手はそのシールドに弾き飛ばされた。
「【ブラックアウト】」
お父様のその言葉に、意識が遠のいていく。
お父様が負ける?
どうして?
……そんなはずがない。
私は私自身を安心させるために言いかけながら、意識を手放す。直前、玉座の間に通ずる扉が激しく開かれる音がした。
潮騒が聞こえる。外にいるようだ。太陽だろう、閉じた瞼を意にも介さず、眩しく私の眼に光を送り込んでいた。うっすらと眼を開くと、ユーリアがこちらを覗き込んでいる。私はユーリアの膝に身体を預けていたようだ。周囲を見渡すと砂浜が広がり、海が憎々しい程に輝いている。浜辺の木の下にいるようだ。
「……お目覚めですか、アナスタシア様」
意識が重い。再び離れていく意識を掴みながら、ユーリアに問いかける。
「どれくらい……経ったの?」
「……十年でございます」
十年か。私達、魔族にとっては大した時間ではない。しかし、ニンゲン達の世界はきっと様変わりしているだろう。
ニンゲン……? 意識が急激に覚める。お父様はどうしたのか。勇者は無事、倒れたのか。ユーリアに問い詰めると、眼を伏せ、一言だけ答えた。
「魔王様は……勇者に敗れました」
そんな、嘘だ。魔族の頂点たるお父様が、魔法も持たないたった一人のか弱いニンゲンに。頭が回らない、感情が、追いつかない。
「ユーリア、……あなたは何をしていたの?」
重く動き始めた頭ではわかっていた。お父様はユーリアに私を託した。私の世話をすることこそユーリアの使命なのだ。それでも、口は冷たい言葉を紡ぐ。
「魔王たるお父様が戦っている間、その部下のあなたは指をくわえて見ていたというの? どうして力を貸さなかったの? 側近のあなたが、お父様に次ぐ実力のあなたが共に戦っていれば、勇者如きに敗れることはなかったんじゃあないの?」
私の言葉にユーリアは沈黙で答える。
「もういいわ! お父様の仇をとる、城に行くわ。……ゲート」
ゲート、この世界のどこでもない、魔力のみが存在すると言われている【第零世界】。そこを介し転移する魔法を唱えたが何も起きない。
「……ゲート! ゲート! どういうことなのユーリア!」
「申し訳ございませんアナスタシア様……、御身体をご覧になってください」
その言葉に私は自分の身体を見下ろす。
「これは……どういうことなの!」
私の身体は、今までのような骸ではなかった。すらりと伸びた適度に肉付いた色白の手足、そこを血潮が巡るのを感じる。手足だけではない全身が欠けることなくだ。ニンゲン的に言えば【普通の少女】そのものなんだろう。聞き慣れない心臓の音が、煩い。体温を知らない身体が、熱い。
訳が分からない。ニンゲンのような身体、使えない魔法。これではニンゲンそのものだ。
「アナスタシア様、それは魔王様の与えられた仮の姿です。不愉快かもしれませんがどうかご容赦ください。アンデッドでは行動に支障が出るからなのです」
ユーリアは今、行動、と言った。まるで予定されていたことかのような発言だ。お父様自身が倒れることを予想していた? そんなこと、ありえない。だがそれなら私を逃がしたことにも納得がいく。納得がいってしまう。
「……お父様は、最初から敗けるつもりだったの?」
ユーリアは強く首を振った。
「そんなはずがございません。魔王様は強きお方。お考えがあってのことです」
「ユーリア、あなたは、お父様に何を言われていたの?」
「魔王様は、魔王たる者にしか分からない事だ、それだけおっしゃっていました」
どういう事なんだろうか。お父様は魔王となる前から圧倒的に他を凌ぐ実力者だったと聞いてきた。それが魔王となった途端に何か変化が起きたというのか。
「……とにかくこれじゃあ何もわからないわ。何とかして城に戻らないと」
ふと気が付く、どうして今まで気づかなかったのだろうか?
「ユーリア、あなたのゲートで戻ればいいじゃない!」
しかしまたユーリアは首を振った。どうして? お父様が倒れてもう十年が経っているのに。ニンゲンに何をされているかもわからないのに。
「城へのゲートが開かないのです。アナスタシア様が先ほどゲートを開くことができなかったのは、ニンゲンの身体以前にそこの問題なのです」
それならば尚の事城が心配だ。魔法は全く使えないのだろうか?
「……ナイトソード」
目の前に小さくゲートが開き、漆黒の片刃の魔剣が現れた。少し安堵しながらそれを掴むとき、気が付いた。剣を掴む右腕が青白い骸に戻っている。
「アナスタシア様、先ほども申し上げた通りその姿は仮の姿。おそらくですが魔法を使うとそうなるのでしょう。しかし、御覧のとおり人前で使うことは出来ません」
「人前? お父様は私にニンゲンとして生きろとでもいうの?」
「……おそらくは」
怒りの感情が沸いてくるのを感じる。やはりお父様の考えがわからない。
「……とにかく、ここじゃあ何もわからないわ。ニンゲンの街にでも行って情報を集めましょう。ユーリア、あなたも状況はあまりわかってないのでしょう?」
「はい、ずっとアナスタシア様の元におりましたので。近場の街の場所はわかっているのでまずはそちらに向かいましょう。ですが」
先ずはまともなお召し物を、とユーリアに言われて初めて気が付いた。十年も眠っていたため、私もユーリアも服が半裸と言ってもいいほどの酷い状態だった。後になって聞くと、付近に野獣が多かったため、替えの服を用意するため離れるのも危険だったからだそうだ。
投稿は毎日、19時の予定です。