3:過ち
ごめんなさい・・・。
『はぁ、はぁ、はぁ・・・こ・・・ここまでくれば・・・・』
結構遠くまで走ってきた。
僕は土手にいた。
手には1体の人形が握られている。
記憶屋の店主、観神華織の隙をついて、特別品と思われる人形を1体掴み取り逃げてきたんだ。
土手に腰下ろし、人形を見る。エプロンをした女性の人形だ。
−−主婦?ハズレか?選んでる時間なんてなかったからな。でも特別品だから大丈夫だろ−−
よく見ると名前が書いてある。
『加納アンナ?偶然にも苗字が同じとは・・・。』
僕は人形とおでこを合わせスイッチを押した。
−−カチッ−−
『おー、ヨシヨシ。お前の名前はアンナだ』
『あなた、本当にその名前にするの?ハーフでもないのに・・』
『いいんだよ。もう決めたんだ。』
−−あーあ、可哀想に。やっぱり親っていうのは自分勝手だ。この子もイジメられるぞ−−
彼女は案の定イジメを受けた。今は日本人でも珍しくもない名前だが、場面は結構昔なのか、友達にかなりからかわれている。
−−ほら見ろ。−−
だが、そんな彼女は環境にも負けず、一生懸命に生きていった。後に一人の男性と結婚、第一子が誕生した。
−−なんか、この人強いな。でも、平凡な人生だ。なにが特別なんだ?−−
『アンナ、でかした!見ろ、男の子だぞ!』
『はぁ、はぁ、可愛い、私の赤ちゃん・・』
『名前、どうするんだ?』
『はぁ、はぁ・・・た、太郎・・・太郎にするわ』
−−!!!?−−
−−なんだって?−−
『私は日本人なのに、この珍しい名前でイジメにあったの。だからこの子にはそんな思いさせたくない。太郎なら普通の名前だから。』
−−か、母さんなのか?!−−
『ね、太郎』
彼女は赤ちゃんを抱きしめて涙を浮かべている。
−−わからない。なんで今まで気が付かなかったのか。
母親の名前を忘れるなんて。−−
(『あと、これも言い忘れてたけど、この他人の記憶を体験する行為には欠点があって、自身の記憶が少し欠けてしまうのよ』)
−−記憶が・・欠けた・・・のか?
まさか、そんな?
いや・・・あの人は確かにそう言っていた。
でも、そんな事って。−−
『高い、高ーい!』
『きゃっ、きゃっ』
『アンナ見ろ、喜んでるぞ!』
『可愛いね』
『ああ』
−−ということは、これは母さんの記憶って事か。まさか母さんも僕と同じだったなんて。こんな痛い思いをして産んでくれて、生まれた事を喜んでくれて、名前だって、僕の事を考えてつけてくれたなんて。−−
『お帰りなさい・・・』
−−えっ?−−
『・・・太郎?』
目の前に、成長した僕が立っている。学生服を着ているという事は、ごく最近の出来事か。何かブツブツと呟いていて、目が座っている。
『なんかむしゃくしゃするんだ。』
『どうしたの?何かあったの?』
『・・・・・どうしたの?・・・・・何かあったのだってぇ!?』
−−な、なんだ?こんな事あったか?−−
−−ドカッ!−−
『キャー!!』
記憶の中の僕は母親を蹴飛ばした。
『お前がつけた名前のせいでイジメられてるんだよ!』
『やめてぇー!太郎!』
『その名前で呼ぶなぁ!』
彼は母さんに対して執拗なまでに暴力をふるってきた。
母さんの痛みが全て僕に注ぎ込まれる。
−−や、やめろ!母さんが死んじゃうだろ・・・−−
(『他人の記憶を体験すると、その記憶で経験した知識は勿論、身体的な記憶も取り込む事になるのよ。』)
−−母さんが・・・・−−
(『まあ、心と体は一体って事よね。心が、やってもいない筋肉トレーニングを記憶した事で、体もやったと思い込んだって感じかしら。』)
−−・・死−−
『あれ?動かなくなっちゃった。くっそババアが。・・・・・・まだむしゃくしゃするな。外へ・・・行ってみるか。』
薄れゆく意識の中で僕は叫んだ。
−−母さん・・しな・・・ないで!−−
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
観神華織は、入れたての紅茶を飲みながら、朝のニュースを見ていた。
外からは、夜が明けた事を告げる雀の話し声が聞こえてくる。
ふとステンドグラスの出窓の棚に目をやった。
『あの子、どうしたかしら?』
(『待ちなさい!その人形はダメよ!』)
(『うるさいっ!これは特別なんだろ?!』)
『・・・・・特別・・・か。確かにそうだけど・・・。』
華織は一人言を漏らした。
−−とんとんっ−−
『ん?』
玄関から音がする。
−−ガランッ−−
ドアを開けると一人の男が立っていた。
『いらっしゃいませ。』
『あ、あの、東大教授の記憶が欲しいんですけど。』
『はい、ありますよ。どうぞ。』
部屋に通された男は、ステンドグラスの棚を見て問いかけた。
『うわ、あの棚だけなんかすごいですね?豪華な感じで飾られている記憶も高価そうだ。』
『ああ、あれですか?−−』
華織は人形を選びながら、男の方を振り返りもせず質問に答えた。
『−−あれはお亡くなりになった記憶保存者の人形ですよ。記憶保存の依頼に来られた方が亡くなると、もうその記憶は売り物にならないので処分するんですけど、その人形が騒ぐんですよ。あ、あったあった−−』
お目当ての人形を見つけた華織は男の方に振り向き、視線をステンドグラスの棚に向けた。
『−−でも、あそこに一週間飾ると、鎮まって処分出来るようになるんですよ。』
『な、亡くなった方の記憶・・・ですか?』
『ええ、使ってみますか?』
『ええっ?い、いや、結構です。』
『冗談ですよ、フフフ。』
『でも、売り物にならないって言ってましたが、使うとどうなるんですか?』
『それは−−』
華織が言いかけた瞬間、ついていたテレビの中のアナウンサーが慌てた様子で原稿を読み出した。
『−−−−続いて先ほど入ったニュースです。昨日未明、○○市で起きた加納アンナさん殺人事件の重要参考人として捜索されていた、長男の加納太郎さんが○○川の土手で死体となって発見されました。現在司法解剖中ですが、警察関係者によりますと、死因は暴行によるものだとの事です。○○さん、この事件どう見ますか?』
『本当に不思議な事件ですね?母親が殺された家には、息子が着ていたとされる服が脱ぎ捨ててあったそうですが、それには母親の血痕がついていたとの事ですし。息子が母親を殺して、息子も同じ方法で殺された。本当に不思議ですね。』
『・・・・では続いて現場のリポーターの−−−−』
『−−そっか、持っていったのは、奇しくも母親の人形だったとはね。』
ニュース番組に目をやった華織は、ポツリと呟いた。
『えっ?』
『いえ、なんでもありませんよ。どうぞ、この人形です。』
華織は男に1体の人形を手渡した。
その口元には微かな笑みがこぼれていた。
(終わり)




