2:来店
コレさえあれば・・・。
『・・・着いたわ。ココよ。』
その店は、ホントにすぐそばにあった。
外観は赤いレンガ造り、窓はステンドグラスになっている、ちょっと変わった感じの建物だ。
−−・・・趣味悪−−
玄関に立つと足元には看板が立て掛けてある。
『・・・記憶屋?』
−−なんだそれ?−−
『さ、入って』
『は、はい』
−−ガランッ−−
喫茶店か何かかな、と思いながら僕はドアを開ける。
−−!!?−−
驚いた。
中はそんなに広くなく、丸テーブルが3つ、それぞれに椅子が4脚づつ置かれている。
奥の壁は一面が棚になっており、そこには何百体もの人形が飾られていた。
『そこに座って待ってて。今、紅茶入れてくるから。』
『あのっ』
『どうしたの?』
『あの人形・・・』
『ん?あー、あれ?あれがウチの商品よ。』
『商品?人形屋?』
−−喫茶店じゃないのか?−−
彼女は軽く首を振り僕の言葉に対する否定を表すと、優しい口調で語りだした。
『記憶ってあるでしょ?ウチはそれを扱っているの。』
『えっ?』
−−何?どういうこと?−−
『記憶って頭の中にあると思ってるでしょ?』
『ち、違うんですか?』
『正解!』
−−馬鹿にしてるのか?−−
『・・・なんだけど、アルツハイマーとかになると記憶がなくなっちゃったりするでしょ?そうなる前に外に取り出してバックアップしたり、それを自分の頭に戻したり、他人の頭に入れたり出来るの。科学はすごい進歩を遂げているのよ。知らなかった?』
全くの初耳だ。
嘘つきにも程がある。
『・・・何、その目は?キミ疑ってるわね?じゃあ試しにやってみましょうか?』
ちょっとこっちに来なさいと、彼女は隣の部屋に僕を促した。
隣の部屋はかなり広く、学校の図書室のように本棚がドミノのように並んでいた。ひとつ違うのは、棚の中身が本ではなく人形という点だけだ。
−−うわ、気色悪−−
『えーっと、どれがいいかなぁっと。あっ、コレ・・・はダメか。えーと・・・・ん?あっ、コレなんかいいかも。許可得てるし。』
彼女は棚から1体の人形を取り出してきた。
その人形は上半身裸で短パン、手にはグローブをはめていて、見るからにボクサーの姿をしている。
『じゃ、そこに座って』
そこにも、初めに入った部屋と同じテーブルが並んでいた。
椅子に座った僕に、彼女は人形を渡して言った。
『その人形のおでこの部分を自分のおでこにくっつけて。』
言われた通りにする。
『で、頭にあるスイッチオン!』
カチッ
『!!!?』
−−オンギャア、オンギャア−−
−−ヒデ君、お誕生日おめでとう!−−
−−好きです。付き合って下さい!−−
−−お前なら出来る!一緒にチャンピオンを目指そう!−−
−−どーしたコラァ!もう音を上げたかぁ!?−−
・・・・・・・・!!
『・・・・・・・・・・・はい、終了。・・・どうだった?今のは、鬼島英樹という人間の記憶よ。』
『はい』
『いやに素直ね?あ、そうか、キミは今鬼島英樹の人生を体験したんだから説明の必要はないか?』
人生を体験。
まさにその通りだった。
僕は今、鬼島英樹という人物の半生を体験した。
鬼島家に生まれた英樹。子供の頃から喧嘩三昧。ルックスは良く、女性からは人気があった。高校に入り、先輩からボクシングの誘いを受け、高校生チャンピオンになったあと位で、僕は現実に戻った。
『まあ、記憶の中にあったと思うけど、彼は父親が若くしてアルツハイマーになったのを機に、両親と共にウチで記憶を保存したの。この指輪を付けると、記憶保存の媒体となるこの人形に、記憶をバックアップする事が出来るのよ。勿論、指輪を付ける以前の記憶も保存出来るわ。』
なんかよくわからないけど、すごいな。他人の人生を実体験出来るなんて。
『ああっと、いけない。大事な事言ってなかった。』
−−?−−
『他人の記憶を体験すると、その記憶で経験した知識は勿論、身体的な記憶も取り込む事になるのよ。』
−−ん?・・・というと?−−
『うん?わかんないみたいね?えっと・・・・・えいっ』
彼女は突然僕の服を捲り上げた。
『なにす−−』
−−ん?−−
『ね?』
驚いた。
腹筋が割れている。腹筋だけじゃなく、気付くと腕や足の筋肉も太くなっている。まるでボクサーのように。
自慢じゃないが生まれてこのかた、筋肉トレーニングなんて数える程度しかしたことないのに。
『ということよ。びっくりした?まあ、心と体は一体って事よね。心が、やってもいない筋肉トレーニングを記憶した事で、体もやったと思い込んだって感じかしら。』
『す、すごいですね』
−−これでイジメられなくて済む−−
『でしょー?!やっとわかったのね、ウチの店がすごいって。』
『ほ、他にはどんな記憶があるんですか?』
『・・・んー、悪いけど、もうダメよ。』
−−なんだって?−−
『さっきは勢いで体験させちゃったから取らないけど、結構これってお金がかかるのよ。』
『い、いくらですか?』
『まあピンキリだけど、さっきのは50万位かな。』
−−・・・50万・・・−−
『あと、これも言い忘れてたけど、この他人の記憶を体験する行為には欠点があって、自身の記憶が少し欠けてしまうのよ−−』
−−コレさえあればもうイジメられなくて済む・・・−−
『−−ねぇ?聞いてる?』
−−・・・なのに・・・−−
−−ん?なんだ、あの棚は?−−
他の棚に比べてあそこだけやけに綺麗だ。様々な装飾で彩られている。人形は数体だけ飾られていて、よく見ると外から見えたステンドグラスの窓が出窓になっていて棚として使われているらしい。
−−特別品・・・か?−−
僕はその棚の方に歩きだした。