道場見学
ある日の土曜日。
あと2、3日で4月のカレンダーは役目を終える。
事務所にはいつも通り、オレと華音に咲、秀一と林檎がいる。
時刻は正午を迎えようとしていた。
「あ、拓也。そろそろお願い。」
「ん? ああ、アレか。」
もうそんな時間か。荷台に積むのは爺さんがやってくれるんだよな。
「アレって何ですか?」
華音が訊いてくる。別に大したことじゃないぞ、と言った。
「配達だ配達。咲の弁当屋の。」
「どうも、卯月が仕事仲間に、私の弁当屋のことを話しまくったみたいで。そしたらテレビ局の中で評判になっちゃって。幾つものテレビ局から大量に弁当の注文がくるようになったの。」
「それで、咲さんのご両親だけじゃ運べなくなったから、拓也さんの力を借りようってわけですか。」
「元々、『弁当をくれる代わりに、ピンチの時店を手伝う』っていう約束で弁当を貰ってたからな。断ろうにも断れん。」
椅子から立ち上がって、玄関に行こうとする。しかし後ろから秀一が話しかけてきた。
「あ、拓也。僕もついて行っていいかい?」
「…別にいいが、お前が乗るところが無いぞ? ヘルメットも。」
「それは大丈夫。」
外に出ると、「ちょっと待って~」と秀一は言って、オレの家の倉庫からガラクタをかき集めて来た。それからヘルメットとサイドカーを生成し、サイドカーをバイクと連結させた。
「…お前の能力、本当便利だな。」
オレ達が運ぶテレビ局に到着した。弁当を秀一と半分ずつ持って、建物の中に入る。
「ところで、ここまで来て言うべきことじゃないけどさ、」
「ん?」
「交通機関を使えば、咲ちゃん一人でも運べたよね? バイクで運べる量なんだし…」
「…あいつのことだから、『面倒だから、やだ。』って言うに決まってるだろ?」
どうせ今頃、ソファで本を読んでることだろうな。欠伸しながら。
二人でスタッフルームに行き、近場にいた人に話かけ、弁当を全部渡す。注文した人が誰か分からないから、という体のいい押しつけである。
「で? 何でお前ついてきたんだ?」
「林檎が卯月ちゃんに、サイン貰うの忘れたってさ。」
「それであわよくば、ってことかよ。」
そりゃ可能性はゼロではないが、相手は国民的アイドルだ。今日も忙しく色んなテレビ局を回って…
「呼ばれて飛び出て、ジャジャジャジャーン!!」
「ホントに来やがったよ…」
そんなわけで、卯月が目の前に出てくる。何処から来たの、なんてことは言わない。アイドルは神出鬼没、そして女性は神話生物なのだ。
「はいはいサインね~。ちょっと待ってて。」
卯月が慣れた手つきで色紙に文字を書く。1秒で書き終えるところはさすがアイドルといったところか。
「で、お前暇そうにしてるが、仕事はどうなんだよ。」
「ちょうど、この時間帯だけ時間が空いたの。で、このテレビ局にバイクの音がしたから、もしかして、と思って。」
「なるほどね。」
「…えっと…それで…」
卯月が急に申し訳なさそうに縮こまる。視線の先は秀一がいた。
「…けが、させてごめんね。」
ああ、この前のあれか。秀一かなりボロボロにされたからなぁ。
「それと、いつもお願い聞いてくれてありがとね!」
「…お願い?」
秀一の方を見る。こいつらいつの間に連絡先交換してたんだ?
「あの事件以来、いろいろ頼まれてね。ドラマの撮影で足りない道具とかを作ったり、迷惑メールの送信相手にウイルスを送ったり。」
「おい待て。なんだ最後のやつ。」
というか、最近秀一が学校を抜け出していた理由はそれか!
「あ、そろそろ時間だ。秀一君借りてくね!」
別にあいつはオレの物ではないのだが。卯月と秀一は足早に去っていった。
家への帰り道。バイクを走らせていると、歩道を誰かが走っていた。ペースを崩さぬように走り続けている。
見知った顔だった。
「秋山?」
「あ、拓也さん。お疲れさまです。」
バイクを止め、押して走る。秋山と並走しながら、会話を始めた。
「走るのは体力作りか?」
「…はい。僕、気が弱い上に、体も病弱なので、父さんから鍛えられてるんです。」
「ジムか何かか?」
「はい。空手の道場に通ってます。もしよかったら、行ってみますか?」
「…どうせ暇だしな。そうするか。」
オレ達二人、ランニングしながら、その道場に向かった。
「ゼハー……ゼハ―……」
「…おい、もしかしてもう息が上がったのか? せいぜい2キロぐらいしか走ってねーぞ?」
「す、すみません…」
それでもまだ走り続ける秋山。道場に着くと共に、オレに寄りかかる様に倒れこんだ。まあ、頑張りは認めてやろう。
秋山を背中に担ぐ。かっこ悪く言えば、おんぶだ。
「たのもー」
そんなことを言いつつ、道場の扉を開ける。やっぱ道場に入るときはこれを言わないと。
奥から高身長の女性がやって来た。
「はいはい、どなた…あら? 真司君?」
「ただ疲れて動けなくなっただけですよ。それであなたは?」
「私はこの道場の師範の妻で、補佐もしています。あなたもどなた?」
「通りすがりのクラスメイトです。」
その言葉に一応納得してくれたのか、オレは道場の奥へ通された。
そこは大広間。結構な数の小学生、中学生、高校生が鍛錬に励んでいる。一番奥で偉そうに座っているおっさんが、おそらく師範だろう。
「む? 入って来たのは、真司と誰だ?」
結構遠くにいるのに、師範はオレの存在に気付いた。視力がいいだけなのかもしれんが。
広間のど真ん中を突っ切って、師範のところまで行く。鍛錬していた奴らはお構いなしに練習を続けている。
「入門希望者かな?」
一部始終を見ていた師範が話しかける。オレは師範の傍に秋山を寝かせた。
「見学に来ただけです。」
秋山の方を見る。するとようやく秋山は目を覚ました。キョロキョロ辺りを見渡し、自分が道場まで運ばれたのを確認すると、師範にあいさつをし、オレに礼を言ってきた。
「なるほど。君が拓也君か。よく真司が君について話している。『なんでもできるすごい人』ってね。」
「そんな大層なものになった覚えはないですけどね。」
クラスの中でよく目立つから、秋山がオレのことを話すのも不思議ではないが、秋山の目にはオレがどんな風に映っていたんだ?
「どうせ大したことないだろうと思っていたが、真司が憧れる理由が分かる。普通の子とは何かが違うな。雰囲気というか、オーラというか。」
オレにはさっぱりだが。
「そこで、どうだろう。この道場に入ってくれないか?」
「お断りしますよ。仕事でそれどころじゃないですし。」
すると、師範はもちろん、さっきまで練習していた生徒達はすっかり練習を止め、こっちに注目していた。……まあそりゃあ、小学生が仕事してたら、誰だって驚く。
「お前達は続けていろ!」
師範が声を張り上げる。生徒達は体をビクッと震わせて、練習を再開した。真司も慌てて練習に入る。
「そ、それで仕事というのは?」
「……違法労働とかじゃないんで安心してください。警察からも許可取ってます。」
「そ、そうか。ならいいのだが……」
急に師範の様子がおかしくなる。何かを考え始めた。
そして意を決したのか、オレに「耳貸して」のジェスチャーをした。
言われた通りに耳を貸す。
「……君、有名な小学生探偵だろう? 依頼を受けてくれないか。」
「息子さんが失踪?」
師範の家の居間にて、依頼の内容を聞いた。
師範夫婦には一人息子がいたようで、その息子が数日前に家出をしたらしい。
「元々短気で我儘、荒っぽい性格だったんだ。稽古にも何度反発したか数えきれない。」
「家出は何度かやっていたんですか?」
「ああ。だけど今回のはどうも嫌な予感がするんだ。」
「最近の交通事故って知ってる?」
「運転手が『ハンドルが効かなくなった』って証言してる、あのニュースですね。ある日を境に急増したとか……」
「……その日が、ちょうど息子が家出した次の日だったんだよ。」
………確かにそれは怪しいな。能力に目覚めたのか?
「警察にも言ったんだが、取り合ってくれなかったよ。『人間一人が、あそこまで事故を増やせるわけがない』とね。」
「大体わかりました。早速戻って捜査してみます。」
「あ、依頼料は…」
「いりませんよ。せめて息子さんを見つけた後でお願いします。」
そう言って家から出ると、外には壁から盗み聞きしている生徒達がいた。こいつら稽古にやる気あるのかないのかどっちなんだ。
そいつらが師範にこっぴどく怒られていると、あることに気付き、道場の方を見る。すると一人、真面目に稽古をしている秋山がいた。
「お前ら、明日の草むしりいつもより働かんと許さんぞ!」
「草むしり?」
気になったので奥さんに訊いてみる。この道場の周辺綺麗に手入れされていて、雑草とか見当たらないからだ。いったいどこの草をむしるんだろうか。
「うちの道場は月一のボランティアで、街の草むしりをしてるんですよ。それが明日で、真司君は『人の役に立てて嬉しい』って特に張り切ってるんですよ。」
あまりあいつのことを知らないオレは驚いた。秋山そんなことしてたのか。
………人の役に立つ、か。
頭の脳裏に、華音の顔が浮かんだ。あいつ、ああいうの好きそうだよなあ。
思わず、こんな質問をしてしまった。
「そのボランティア、部外者も参加できますか?」