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最強少年と喪失彼女  作者: 草田林檎
日常編
8/30

嘘と目玉と薬の力

翌日の日曜。ライブ会場。

そこは、多くの人でごった返していた。Tシャツで来てる人、冷えピタをおでこに張ってる人。ペンライトを持っている人など。

「すごい…。この人達全員、卯月ちゃんのファンなんですよね?」

「そうよ。さすがトップアイドルってとこね。昨日あんな近くにいたのが夢みたい。…なんて考えてるんでしょ?」

「え!? なんでわかるんですか!?」

「…華音、あなたホント単純ね。」

「お前ら何やってんだ? 置いてくぞ~。」

オレの声を聞いて、小走りで来る華音と、歩いて来る咲。自販機で各々の飲み物買って、自分達の席に向かった。

卯月のライブはドーム型の会場で行われており、家からバイクで15分ぐらいだった。咲は神崎兄妹の車に乗せてもらったらしい。

「それであいつの秘策って?」

「わかんないけど……」

「碌なものじゃなさそうね。」

そんな話をしていたら、辺りが暗くなってきた。

ライブが、始まる。



暗闇と静寂の中、ステージのライトアップと共に歓声が上がる。

バシュ、バシュっと音が鳴り、色が付いた煙が出てくる。

ステージの真ん中に、いつの間にか卯月ちゃんが現れていた。

「皆~~!! 今日は楽しんでね~~!!」

マイクを通して大音量で卯月ちゃんの声がドーム中に響き渡る。耳を塞ぎたかったけど、会場の熱気がそれすらも許してくれなかった。

次第に耳が慣れていき、卯月ちゃんの歌の歌詞が何を言っているのか聞き取れるようになっていった。

歌い、踊る。ステージの舞姫は、美しく、激しく動く。

会場の皆が笑顔で、卯月ちゃんも笑顔のまま。つられて私も笑顔になっていく。

卯月ちゃんの理想。それはこの光景のことだったんだ。

今の卯月ちゃんは、世界で一番輝いて見えた。

私も、卯月ちゃんみたいになりたい。

誰かを笑顔にできるような、そんな人になりたい。

誰かを、笑顔にしたい。



ライブの時間は嵐のように過ぎ去り、最後の曲も歌い終えた。観客はまだ歓声を出していた。

「皆~! 最後に、大切なことを話すね~!!」

会場の雰囲気が変わった。歓声は消え、拓也さんは青ざめた顔をしていた。

「私は今日まで、誰かにストーキングされてたの。でも、私の友達が、その犯人を突き止めてくれたの!」

ザワ…ザワ…。

観客がざわつく中、拓也さんの汗が尋常じゃないほど溢れ出てる。

「そしてその犯人は、マネージャー、あなただったんです!」

「「「「「「な…なんだって―――!!」」」」」」

ステージの舞台袖にいるマネージャーを指差す卯月ちゃん。観客はマネージャーさんを見ることはできないけれど、その目は怒りに燃えていた。林檎ちゃんみたいに。

「…根拠は?」

「ない! 当てずっぽう!」

「名誉棄損で訴えられるぞお前……」

呆れて拓也さんがステージに上がる。

「皆さん、卯月が話したことは本当です。オレはストーカーが誰か、調査してきました。ですが、犯人が誰か分かったわけではありません。」

また、会場内がざわつく。しかし次の拓也さんの言葉で、それは終結した。

「……しかし、今、誰が犯人か判明します。」

そう言うと、拓也さんは壁に蹴りを入れた。すると、

「ッ痛!?」

とマネージャーさんが目を押さえる。

その瞬間、会場内の壁という壁から目玉が出現した。余りの気持ち悪さに卒倒しそう。

「お前が犯人か!」

秀一さんもステージに上がり、拳銃を向ける。



「まさか…能力の対価がわかったというのか!?」

「当然! あんたの対価は『目玉に触れられたら全ての目玉が出現すること』と、『目玉の刺激が本体にもくる』の二つだろ? 最初に触れたとき、痛そうな動きしてたからな。」

すかさず秀一が引き金を引き、ストーカーの横をかすめる。その隙にオレは跳躍し、相手の首元に回し蹴りを叩きこむ。ストーカーは地面を転がり、ヨレヨレの状態で起き上がった。

「弱っ」

「拍子抜けだね。」

想像より遥かに弱く、逆の意味で驚くオレ達二人。だが相手は高らかに大笑いをしだした。

「粋がっていられるのも今の内だ。」

そう言ってストーカーは一つの物を取り出した。

小さな錠剤だった。

「? あれは?」

「! まさか!?」

「この薬はなあ! ただ操るだけの試作品の薬とはまったく違う! 能力者の能力を強化できる、素晴らしい物だ! 完成品の力を見せてやる!」

錠剤を飲み込むストーカー。全身には無数の泡のような物があり、それがどんどん膨らんでいく。ついに泡が弾ける。人の皮膚がバラバラになり、ひらひらと落ちていく。泡の内側には人の姿はなかった。その代わりに化け物の姿があり、人間であったものは完全なビーストとして生まれ変わった。ビーストは床に落ちたさっきまでの自分の姿の皮を踏みつけ、自分の力に酔いしれる。

「感じる! 感じるぞ! この姿の圧倒的な力を!」

「意識を……保ってる…?」

あの薬を飲まされた能力者は、ビーストになり、飲ました本人に操られる。

だが、自分からその薬を飲めば、意識を保ったまま、自由にビーストになれるようだ。

あの野郎、本当に面倒なもん開発しやがって!!

ビーストを見たことで、我先にと観客が逃げ出す。が、ビーストの影響を受けたのか、座り込んで動かなくなったり、遠い目をしてブツブツと独り言を言う人もいた。華音達はその人達を逃がそうとしていた。

「早く片付けるぞ!」

「分かってるよ!」

秀一がビーストに向かって射撃する。だが、ビーストはそれをヒラリと躱し、オレの追撃もあっさり避けた。

「こいつ、能力で死角がない上に、ビーストの運動能力で反射神経も上がってんのか!?」

「なら、その目玉を撃てば!」

だが、秀一が放った弾丸は、目玉にあるバリアのような物に弾かれた。

「何!?」

「さっき、『能力を強化する』って言っただろ? もう目玉に攻撃は通じない!」

「…反則にも程があるね、その薬。」

これは真正面から戦ったら、どうやっても勝てない。せめて、あいつの動きを封じれば……

カードデッキに手をかける。

「ブリザード、かな?」

「!?」

「どうやら視力も上がっていてね。君達の筋肉の動きさえ把握できる。簡単に言えば、君達が次にする行動も、カードの内容も丸わかり、ってわけだ。」

「それがどうした!」

──blizzard──

地面に手をかけ、凍らせる。氷の中に閉じ込めようとしたが、ビーストは上の天井にへばりついていた。

オレの真上を取ったビーストはそのままのしかかり、オレを潰した。

「その目がいたる所にあるんだ。ビーストの運動能力を合わされば、対策はいくらでもできる。」

人間離れした筋力と体重で、執拗にオレを足で踏みつける。秀一が撃つが、それは相手の標的が秀一に変わるだけだった。秀一が投げ飛ばされ、壁に激突する。頭から血は出していないものの、体はもう傷だらけで、体力の限界だ。秀一は立ち上がろうとしたが、そのまま動かなくなった。

「後はお前だ。」

ビーストは素早く間合いを詰めて、オレの襟首を掴む。

「拓也さん!」

「止めだ!」

ビーストがかぎ爪を構え、オレに突っ込んでくる。しかしそのとき、華音とカードが光輝いた。カードは浮かび上がり、オレの手元に来る。

「ぐっ! 光っていて、カードが何か見えない!」

一か八か、カードをスキャナーに通そうとする。

「させるか!」

ビーストは素早く近寄り、そして、

オレは、腹部を貫かれた。

オレの鮮血が落ち、相手がかぎ爪を押し込むほど、口から血を吐き出す。

相手がかぎ爪を抜くと、そのままオレは倒れる。誰が見ても、死んでいることは確実だった。

だが、オレが床に倒れると同時に、オレの姿と、血は一瞬で消えた。

「何!?」

「…覚えとけ。子供の武器は嘘だってな!」

ビーストが後ろに振り向くと、そこにはストリームサイクロンを発動し、いつものあのポーズで待機しているオレの姿があった。左手をスナップさせている。

オレは走りだし、必殺の跳び蹴りを放つ。しかし、相手はこちらの動きが見えるのだ。軽々と避ける。

が、ビーストの視界はおかしなことになっていた。目に見える景色、全てが急に平面に感じられ、その全てが鏡が割れるように、砕けた。

そして、ビーストの背後には、ストリームサイクロンを放つオレがいた。ビーストがそれに気づくが、時すでに遅し。もはや回避できる距離とタイミングではないのだ。

必殺キックをもろに食らったビーストは吹っ飛び、力尽きる。

──limit──

ビーストが人間に戻る。書き込まれたカードには、eyesと書かれていた。

「何故だ・・・確かに僕は、お前を貫いたはずだ・・・」

何が起きたか理解できないストーカーに、華音がくれたカードを見せる。liarとあった。

「ライアー…嘘のカード、だと…?」

「相手に幻覚を見せるってことだよ、ストーカー。」

ストーカーは、驚きの表情のまま地に伏せた。

華音の方を見ると、華音は勝って安心したのか、カードを作りだして力尽きたのか、その場で倒れこんでいた。



私が目を覚ますと、拓也さんがおんぶして家に帰っている途中だった。

「お、起きたか。」

「…拓也さん? ライブは……?」

「あの後、ストーカーは逮捕されて、秀一は病院行きだ。幸い、明日か明後日には退院できるってさ。」

「…バイクは?」

「自立走行で家に戻した。」

本当、どういう改造すればそんなことが出来るようになるんだろう。ミサイルとかも発射できそうで怖い。

「…で、降りてくれないか? ちょっと恥ずかしいし。」

「ああ! すみません!」

慌てて背中から降りる。

「のんびり行くか。走れそうもないしな。」

笑って誤魔化そうとする拓也さん。でも、その顔からは戦いでの疲れが見て取れた。それでも拓也さんは私に合わせて歩いてくれて、ちょっぴり嬉しかった。

「…ねぇ、拓也さん。私、夢が見つかったんです。」

「なんだ? 聞かせてくれよ。」

「『世界中の皆を、笑顔にしたい。』これが、私の夢です。」

「…難しいな、その夢。」

「大丈夫ですよ。だって…」

あなたがいるから。

私がいるから。

私と拓也さん。二人なら、たとえどんなことでも、出来ちゃうような気がするから。

…でも、そんなことは恥ずかしくて言えなかった。



だって、なんだろう。

華音はなんでその夢が実現できると信じていられるのか、分からない。

この世界には、華音のように優しい子もいれば、あのストーカーみたいに、自分のエゴのためにどんなこともする奴だっている。

華音だって、そんなことは分かっているはずだ。

それでも、その夢を見続けるのなら。

それでも、誰かを笑顔にしたいのなら。

オレは、お前と一緒に夢を見続けるよ。華音。

「…そうだ。渡す物があるんだった。」

「? 何ですか?」

オレは右手に持っていた、紙袋を手渡す。

華音は受け取ると、ゆっくりと中身を取り出した。

昨日、試着していたあの服だった。

「拓也さん…これ…」

「……まあ、なんだ。」


「似合ってたよ、華音。」



一週間後の日曜。

神崎兄妹と咲、あと卯月が来ていた。

華音は早速、オレが買ったあの服を着て、咲とソファに座っている。

あの事件の後、警察が何をしたかったのか、何でパソコンをハッキングさせたのか。そしてあの薬の出どころを聞き出そうとしたところ、マネージャ―がパトカーの中で死んでいた。死因は不明。死体には何かで貫かれたような穴があった。

だが、勘づいたおやっさんがその件を預かり、オレと二人で独自に調べ上げた。オレとおやっさんが辿り着いた結論は、『何かの能力で口封じに殺した』だ。

流石に、元とはいえマネージャーが死んだと言えば、ショックも大きいだろう。

そういう考えで、オレはこいつらに事件の後のことは話してはいなかった。

「で、依頼料の話なんだけど…」

卯月がやってきたのは、この依頼料の為だった。オレの返答は決まっている。

「そんなもん、いらn…」

「「いるに決まってるでしょうが!」」

卯月と林檎が息ぴったりな声を出す。ファンだから卯月が喋るタイミングとか分かるのだろうか。

林檎が横からオレを押しのける。電卓を取り出し、また勝手に商談を始めた。

「あの、ひょっとして…」

「ええ。拓也ってあの性格でしょ? だからいつも依頼料を取らないから、拓也の代わりに林檎が依頼料の会計係をしているの。」

まあたしかに華音がいるから、多少は必要だけど。

「はい! このお金で、華音ちゃんにまた新しい服買ってあげて!」

「…それだったらお前が買った方が早くないか?」

「分かってないですねえ、たっさん。華音ちゃんはたっさんから貰うほうが嬉しいんですよ!」

何だそりゃ。誰から貰っても同じだろうよ。

「じゃ、私撮影の仕事あるから。ありがとね!」

そう言って卯月は靴を履いて外に行こうとした。が、少し立ち止り、

「あと、暇な時ちょくちょくここにくるから、よろしく!」

「!?」

卯月以外の全員が耳を疑う。卯月はそれを言い終えると、さっさと行ってしまった。

「…世界有数の財閥、警視庁長官、そして国民的アイドルか。ここの事務所のコネがすごいことになってきてるねえ。」

「しまいには政治家との繋がりともできそうね。あなた達兄妹を通じて。」

「…まじであり得る話だからやめてくれ…」

アイドルがここに出入りしていると発覚すれば、マスコミが群がって来るだろう。そこに政治家が来たら、オレ達はどうなるか分かったもんじゃない。

「じゃあ、事件も解決したし、何して遊ぶ!?」

「遊ぶの大好きだね林檎ちゃん。」

「じゃあこのゲームでいこうか。手加減しないからね!」

「私パス。本読みたいし。」

リビングの方を見て、あいつらフリーダムだなぁ、と他人事のように思うオレ。

そこにはため息を吐きつつも、心のどこかで、笑っているオレもいた。


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