ストーカーを追え
「『紅い閃光』?」
その言葉に懐かしさを感じていた私だったが、『紅い閃光』なんて言葉、聞き覚えがなかった。
「華音ちゃんは知らないか。当たり前だけど。林檎ちゃんは?」
「知ってますよ! これでも情報屋ですから!」
お兄さんの秀一さんの方が情報屋っぽいけど。
「今から一年前、とある研究所でビーストが暴れ回ったの。何の研究をしてたか知らないけど。それが初めて出現したビーストで、そのビーストが全てのビーストの始祖って噂なの!」
「でも、『紅い閃光』って名前が付けられたんですか?」
「そのビーストが紅い目をしてたらしいよ~。今、そのビーストが何処に行ったのか分かってないけど、もし近くにいたなら会ってみたいっ!!」
林檎ちゃんが目を輝かせる。それにしても、紅い目のビーストかぁ。蒼い目の拓也さんとは真逆だなぁ。
…拓也さん、今何をしてるのかなぁ。私達がいないことに気付いて、探してくれてるのかなぁ。書き置き、見てくれたかなぁ。
そう考えていたら、二人がニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「な、なに…?」
「わかるよ~。今たっさんのこと考えてたでしょ~?」
「華音ちゃんって分かり易いね~。探偵君が好きなの、すぐ分かったよ?」
私の顔が茹蛸みたいに真っ赤になる。恋愛とか、まだそういうのは分からないけど、とにかく凄く恥ずかしい。
「よし! ならあの探偵君をドキッとさせちゃうようなコーデ、この私が考えてあげよう!」
胸を張る卯月ちゃんに、パチパチと手を叩く林檎ちゃん。
そのまま私は二人に連れられて、色んな服を見て回ることになった。
一通り見て回った私達は、候補に挙がった服の組み合わせを試着していた。今の私は卯月ちゃんの着せ替え人形。でも素人の私でさえ、卯月ちゃんの服のセンスがいいことが分かるので、自分がどんな風になるのか、内心ワクワクしていた。
「…………これ! これで決まり!」
卯月ちゃんが長考の末に考え出した服の組み合わせ。受け取って試着室の中に入った。すると、
「おまえらなぁ、勝手に動くなよ。」
聞き覚えのある声。間違いない、拓也さんだ。
「服に興味があるのは女の子だから仕方ないけど、ストーカーがいるかもしれないんだ。さっさと帰るぞ。」
「待って。今華音ちゃんがとっておきのコーデに着替えてるから。」
「ハァ? なんじゃそりゃ。」
急いで着替えた私だけど、少し恥ずかしいので、ゆっくり、ゆっくりとカーテンを開けた。
試着室から出てきた私を見て、拓也さんは真顔で動かず、ただ私を見つめていた。
「…えっと…あの…どう、ですか?」
「……いや、さっさと帰るぞ。」
無反応というのがどれほど悲しいか、分かった気がする。
着替え終わって拓也さんのところに行く。あの服、結構可愛かったんだけどなぁ…
「拓也さんは、他の服着ないんですか?」
「同じ服とズボンはいくつもあるし、これが一番動きやすいからな。」
そういう問題かなあ。一年中半袖短パンはどうかと思うけど…。
「じゃ、行きますか~。」
卯月ちゃんが先頭を行こうとする。しかし、
「! 危ねぇ!」
拓也さんが卯月ちゃんを抱えて避ける。私と拓也さんの間の床には直線に伸びている溝ができた。
溝をたどってみると、攻撃してきたものはすぐに発見できた。
ビーストだ。サイのような体つきと角を持っている。
そのビーストが拓也さんに角を向けて走り出す。拓也さんは卯月ちゃんを突き飛ばした。そのおかげで卯月ちゃんは攻撃を避けれたが、拓也さんはモロに直撃してしまい、下の一階まで突き落とされてしまった。
「拓也さん!」
一階に落ちた拓也さんを追って階段まで逃げる。拓也さんは一枚のカードを取り出し、機械に通そうとした。
「!?」
が、拓也さんは白い糸で拘束された。一階には、蜘蛛型のビーストがいた。拓也さんはそのビーストが出している糸で両手を縛られている。
「邪魔すんじゃねぇ!」
拓也さんは糸を足に引っ掛けて自分の体ごと一回転させた。ビーストは床に叩きつけられた。ビーストが起き上がると今度は逆向きに回転して床に叩きつけた。それを繰り返すと、途中の糸が切れ、結び目がなくなり、拓也さんは力を込めることで脱出した。
が、拓也さんのところにサイのビーストが向かっていき、二対一の状況になってしまった。
「卯月ちゃん、能力者なんだよね!? 拓也さんを助けて!」
「無理無理無理! あんな化け物と戦ったことないもん!」
「でもビーストには能力者の攻撃しか効かないの!」
私と卯月ちゃんが言い合いをしてると、林檎ちゃんが手をポンと叩く。
「卯月ちゃん、あの歌でビーストを眠らせられない?」
その提案を受けて、卯月ちゃんはしばし考える。
「…やってみるけど……」
そう言って卯月ちゃんは歌を歌い始めた。
サイのビーストと蜘蛛のビースト二体を相手に戦っていると、どこからともなく歌が聞こえる。どうやら上の階からだ。
上を見てみると、何故か歌を歌っている卯月、そして戦闘を観戦している華音と林檎がいた。
「拓也さん! 耳を塞いでください!」
物陰に隠れて華音の言う通り耳を塞ぐ。するとビーストの動きが鈍くなり、その場で動かなくなった。どうやら寝ているようだ。
…多分これで咲と秀一を眠らせたんだろうな。
が、割とすぐビーストは起きた。しかもさっきより動きが俊敏になっている気がする。
「…探偵君、ごめんね。」
「お前ぜってぇこうなるって分かってやったよなぁ!?」
こいつの歌を聴いて寝た奴は、起きたら疲れが取れるようだ。便利な能力だが、この状況では逆効果。
二体の猛攻を搔い潜り、サイの奴に蹴りをいれて間合いを取る。が、蜘蛛の奴が糸を使った飛び道具を放つ。それを避けていたらサイの奴が間合いを詰めてくる。さっきからこの繰り返しだった。
「めんどくせぇ! 一気に片付けてやる!」
──whip──
さっきはデパートの客がいたせいで出来なかったが、今なら派手にやれる。鞭をデパートの最上階、6階にある看板とか柱に引っ掛け、その鞭をサイのビーストの首に巻き付ける。グイッと引っ張るとビーストは6階まで吊り上げられる。上にいるビーストに背を向けて、鞭を少しだけクイッとすると、ビーストの首がキュっと絞まり、動かなくなった。鞭を解くとビーストは6階から一階まで落ちた。
「・・・これ、ひっさ」「それ以上はヤバいよ卯月ちゃん!」
蜘蛛に鞭を引っ掛けようとしたが、逆に糸を絡ませられ、鞭を取られてしまう。すると蜘蛛はオレみたいに上に糸を引っ掛け、ぶら下がってターザンキックをしてきた。ガードしたものの、後方に吹き飛ばされ、食品棚に激突する。
「拓也さん!」
ビーストに背を向ける状態で起き上がったオレに、蜘蛛は同じ手で追撃しようとした。だが、それはもう通用しない。
──thunder──
──spin──
──kick──
──lightning counter──
オレの足が電気を纏う。ビーストは後ろから接近してくるが、オレは動かずに待ち構える。
ビーストが蹴る直前に、素早く回転して後方を向き、ハイキックでカウンターを決める。電撃と凄まじい衝撃によってビーストは吹き飛び、そのまま行動を停止した。
──limit──
二枚の白紙のカードを投げて、二体を元に戻す。手元に戻ってきたカードには、tackleとthreadと書かれていた。
「…帰るぞ。」
頭を掻いて上に言う。その姿は親に無理矢理おつかいを頼まれた子供のようだった。
家に戻ると、そこにはテレビとパソコンを繋ぐ作業をする秀一と、本を読む咲がいた。
秀一はパソコンの画面をテレビに映し、ここにいる全員に見えるようにした。『ようこそ』と書かれたファイルを開ける。そこには、二つの文章データがあった。
『僕は全ての嘘を見通す。そして僕の嘘は誰も見抜けない。僕にはそれだけの力がある。その力で僕は僕のお嫁さんを守る。卯月を守る。彼女に相応しい男は僕だけだ。警察ごときが、僕に敵うはずがない。僕には切り札があるのさ。』
文章を見て、こんな奴に狙われてることを自覚した卯月は、テレビを見たまま動かなくなった。秀一は二つ目のデータを開く。
『彼女に近づくな。これ以上近づくなら、二体の化け物で、お前を殺す。』
と書かれていた。
「これオレのことか?」
だとしたら相手はバカだな。その化け物を倒している奴のことぐらい知っとけよ。
「でも、この『切り札』ってなんでしょうか?」
華音のその問に、オレは大方予想が出来ていた。
最悪だ。やっぱりあの薬、拡散されていたのか。しかもこんな面倒な奴に。
「それで、手がかりはあったんですか?」
「無い。ちょっと色々やってみたけど、特定するのは難しいや。」
「秀一さんは世界最高峰のハッカーか何かですか?」
顔が青ざめていく華音。まあ並みの大人じゃ秀一には歯が立たないことは確かだが。
「だけど、相手の能力は大方予想はついてる。『複数の視点を持つ能力』だ。」
「…なんで分かったの?」
「この前、操られたビーストと戦ったが、視点が第三者の視点だったから、行動がワンテンポ遅れてた。でも、今回のはそれがなかった。だから気付いたんだよ。ストーカーは色んな視点から見てるってな。」
「さすが探偵さん。戦闘中によくそんな観察できるわね。」
「茶化すなよ、感覚で分かるもんだ。多分デパートに手がかりが残ってると思う。」
「何で?」
「勘。こういう変な能力は変な対価があるもんだ。」
デパートに着くと、テレビ局が来ていたり、野次馬を警察が追い返したりしていた。近寄ると新人警官がやってきて、
「君! ここから先は立ち入り禁止だ! 早く帰りなさい!」
無言で警察手帳…の形をした証明書を見せる。これはおやっさんが作った物で、これを使えば無条件で捜査に参加できるものだ。ただし、ビースト絡みの事件だけに限定されるが。
新人警官は固まって動かなくなったので、無視してデパートの中に入った。中はリバイバルの効果で元通りになっており、警察は何もないことが分かると、撤収の準備をしていた。
だが、リバイバルで元に戻せるのはあくまで戦いで壊れた部分だけ。ビーストが暴れる前と同じというわけだ。何かしらの手がかりはあるかもしれない。
床とか壁とかをよく調べてみる。何処も異常は無いように見えたが、壁に手を当ててみると、ビクンと壁が動いた。思わず手を放す。
オレが手を置いた部分にデカい目が現れる。ギョロギョロと眼球を動かし、その後にオレの方を見た。それと同時に床と壁を覆い隠すように、無数の目が発生し、そのすべてがオレの方を見ていた。その気持ち悪さは吐き気がするほどだった。
「悪趣味ってレベルじゃねーぞ…これ使ってストーキングしてたのかよ…」
卯月に同情せざるをえない。こんなのに狙われるとか嫌すぎる。
外から悲鳴が聞こえたので見てみると、外にも至る所に目玉があり、その目玉は街中で目撃された。
……待てよ。
秀一に電話を掛ける。
「どうしたんだい? 調べ物?」
「まあな。今、目玉がそこら中に出現したんだが、この街以外の場所で目撃情報はないか?」
「ツイッターを使えばいくらでも出てくるよ。どうやら沖縄、北海道、京都とかの観光名所、あとあまり人に知られてない店とかにも出てるみたいだ。」
「卯月はツイッターとかで自分が何しているか投稿してたか?」
「いや? SNSはしてないらしいけど?」
「…その店、卯月が知ってないか?」
秀一が卯月に質問する声が聞こえる。しばらく待つと、秀一が弱弱しく声を出した。
「…何で分かったんだい?」
「卯月は知ってたんだろ? あと沖縄とかもツアーか何かで行ってたんじゃないか?」
「…ご名答。さすが名探偵。」
「名は余計だ。ともかく、これでハッキリした。犯人は卯月に親しいやつだ。」
「? 何でそう思うんだい?」
「ツアーの会場だけならともかく、観光名所まであったのなら、そいつは卯月のスケジュールを知ってたってことになる。しかもあまり知られてない店に卯月が行くのを把握してたのなら、卯月と仲がいい奴が犯人の可能性が高い。」
「…だとしたら最低だね。林檎の気持ちが少しは分かった気がする。」
「卯月のスケジュールを知ってる人間なら割り出せるはずだ。できるよな?」
「情報屋、なめないでよ?」
通話を切る。ここですることはなくなったので、家に帰ることにした。
「お帰り。こっちはもう調べ終わったよ。」
「何人ぐらいだ? 数は少ない方がいいが。」
「幸い、三人ぐらいだったよ。プロデューサー、マネージャー、あとプロダクションの社長ぐらいかな。」
「十分だ。後は警察に通報すれば大丈夫だな。」
「…待って。私のプロデューサー、マネージャー、社長の誰かが犯人なの?」
げ。一番聞かれたくない奴が。扉に聞き耳でもしてたのか。
「その二人が捕まったら、明日のライブ、どうなるの?」
「…わからんが、多分中止になんじゃねぇの?」
卯月が絶望に満ちた表情をする。ガシッとオレの両肩を掴んできた。
「お願い! 明日にして! 頼むから明日にして!!」
「わかった! わかったから!! 揺らすな! 揺らすなって!!」
まあ、さすがにライブ会場じゃ犯人も無茶苦茶はせんだろ。…多分。
ライブを成功させようと勝ち鬨を上げる華音と林檎と卯月。我関せずと本を読む咲。面白くなってきた、と言わんばかりの笑みを浮かべる秀一。ため息を吐くオレ。
「でも誰が犯人かまだわかってないわよね? 共犯の可能性もあるし、どうするの?」
「そこなんだよなぁ。どうするか…」
「私に任せて! 秘策があるの!」
胸を叩く卯月。目を輝かせる女子二人に、作り笑いをする秀一。頭を抱える咲。
嫌な予感しかしない。