動き出した影
理科の授業中、私は元から先生が何を言っているのか分からなかった。しかし、今は話すら耳に入らなかった。さっきの話が忘れられない。
霧島先生が妊娠していて、その結婚相手は、今、授業をしている先生とのこと。名前は影山先生。髪が短く、ぼさぼさしていて、眼鏡に白衣を身に着けている。科学者、もしくは研究員ですよと、外見で周囲の人にアピールしているかのようだった。背の高さはあまり高くなく、女性とさほど変わらない。
その授業は、あまり板書を使わないもので、教科書にある実験を片っ端からやっていったり、外に出て生徒と虫を捕まえたりなどしているらしい。その授業は内容がわからない私にも、その面白さが伝わってくる。この学校の生徒の楽しみの一つでもあるらしく、生徒からの人望は厚そうだ。
「・・・あの人が霧島先生と結婚ですか~」
「お似合いの二人だよ~? この学校で一番の夫婦って言われてるし。」
林檎ちゃんが小さな声で話しかけてくる。どうもこの子は、話す相手が女の子だと、砕けた口調になるみたいだ。
「あの二人のノロケ話、聞きたい?」
コクコクと頷く。私はこの話に興味津々だった。
そこから先は、どんなものでも甘い味になるような、二人の体験談をいくつも聞いた。二人の出会い、海に行った話、霧島先生のプロポーズなど。あんなことやこんなことまで林檎ちゃんは知っていて、情報屋ってすごいな。
「・・・あれ? 結婚したら、二人の苗字は同じになりますよね? なんで二人とも元の苗字なんですか?」
「二人は教師としては、元の苗字を使ってるんだよ。人としては、もちろん変わってるけど。」
素朴な疑問を訊いてみると、やっぱり答えを知っていた。私はそのまま、時折質問しながら二人の話を聞いていた。頭がよくて研究に没頭する影山先生を、霧島先生が止める。それが二人の日常のようだ。
胸がドキドキするような話を聞いているとき、無意識に何度も拓也さんの方を見た。しかし拓也さんは、先生の実験のお手伝いをしていて、私の視線には気づいてくれなかった。ボーっと見つめていると、向かい合っている林檎ちゃんが何やらニヤニヤしていた。
授業は終わり、今日は水曜日なので、これで学校はおしまいだった。もっと皆と話していたいけど、皆足早に帰ってしまった。教室には、私と、拓也さんと、咲さんしかいない。
「じゃ、オレらも帰るか。」
「賛成だけど、ちょっと手伝ってくれる? 本を片付けたいの。」
そう言って咲さんは、私の机の中から大量の本を取り出した。明らかに机の中に全部入り切る量じゃない。机の上に本を乗せたら、ドスン! と音が鳴った。
「・・・お前なあ、本が好きなのはいいが、勝手に隣の席に本を入れるなよ。」
そこ!? 突っ込むところはそこですか!?
ハァ、とため息をつき、携帯を取り出した拓也さん。たしかあの種類の携帯はスマホ、と言うんだっけ。そして拓也さんはスマホに何かコードを打った。どこからともなくエンジン音が聞こえる。その音が近づいてくると、どうやら外から聞こえてくることが分かった。窓から外を見てみると──
そこには、空中に浮かぶ拓也さんのバイクがあった。変形して下に空気を吹き出すことで、飛行を可能としている。タイヤを正面から見たとき、妙に分厚く、タイヤの中央部分に何やら違和感を感じていたけど、それはこの時のためだったのか。タイヤを二つに割り横にして、バイクの両サイドにつけ、そのタイヤの骨のような部分から空気を押し出していた。
驚いている私に気付かずに、二人は荷台に本を乗せ、紐でくくりつけていた。
「た、拓也さん、これ・・・」
振り向く拓也さん。バイクはゆっくり下降しながら変形していつものバイクに戻り、何事もなかったかのように下で運転手を待っていた。
「ん? ああ、そういや見せてなかったな。これがおやっさんにバイクの改造を許した結果だ。」
淡々と話す拓也さんだったが、その言葉にはどこか呆れが混じっているような気がした。とりあえずヒデさんには改造の許可を出さないようにしよう。
「じゃ、とっとと帰りましょ。」
咲さんの言葉で、私たちはバイクのもとに行き、拓也さんがバイクを押しながら帰った。
帰っている途中、私はポツリと呟いた。
「・・・影山先生って、どんな人なのかなぁ・・・」
その言葉を聞いた拓也さんと咲さんは、顔を見合わせている。目と目で会話しているようだ。
「じゃ、行ってみるか? 先生のことをよく知ってる人の家。」
拓也さんがそんな話を持ち掛けてきた。私はもちろん大歓迎だけど、咲さんは大丈夫なのかな。
「私もいいわよ。久しぶりにその人の顔が見たくなってきたし。」
・・・本にしか興味なさそうな咲さんが、久々に見たくなる顔ってどんなのだろう。そんなに特徴的なのかな。よけいにその人に会いたくなった。
歩くこと10分、私の目にはかなり廃れたボロアパートがあった。人気がない。駐車スペースはあるけれど、雑草が生い茂り、車を停められそうにない。誰も管理していないのは明らかだ。しかも、かなりの悪臭がする。何かが腐っているかのような臭いだ。
「ここの元大家はとっくにこのアパートを売ったんだが、それを買ってこのアパートに住み続ける人が一人だけいるんだ。今から会いに行くのがその人だよ。」
「・・・かなり、変わった人ですね・・・」
わざわざ高いお金を払ってここに住み続ける意味がよくわからない。しかもその人は仕事を今していないのだとか。
階段を上がり、一つのドアの前で拓也さんは立ち止った。そのドアには『202』とある。
「ごめんくださーい」
ドアをノックして中の人を呼び出す。しばらくすると中からドアが開かれた。
「おお、いらっしゃい。」
そこには、かなりやせ細った影山先生がいた。
部屋の中に入れてもらうと、中はゴミだらけ、ではなかった。しかし、傷んだ畳に画面が割れたテレビ、ずっと広げっぱなしの布団など、清潔ではない部屋だった。
家電の類は一切なく、どうやら電気が通っていないみたいだ。ひょっとしたら、ガスも水道も止まっているのかもしれない。
「・・・で、なんで影山先生がここにいるんですか?」
「・・・ああ、君はあいつと間違えてるのか。道理でさっきから驚いてると思ったよ。」
影山先生がそう言うと、後ろの入り口のドアが開き、人が入ってくる。
「あれ? 君たちも来てたのか。」
入ってきたのは、もう一人の影山先生だった。しかし、今入ってきた方は、標準的な体型だった。このことで、私はようやく、先生が二人いる理由がわかった。
「もしかして先生、双子ですか?」
私以外の人は、やっと気付いたか、と言わんばかりに頷いた。
「ここに住んでて、僕と顔が瓜二つなのが僕の兄さんでね、僕は弟。ぐーたらで仕事をしない兄に、ちょくちょく訪れて、ごはんとかを持ってくるのさ。」
影山先生は手に持っていたレジ袋から、市販のおにぎりなどを取り出した。お兄さんの方はそれを素早く取って食べ始める。誰も盗らないのに、何故か急いで。
「それで、ここには何の用だい?」
「華音があなたについて知りたい、と言うから拓也と一緒にここにきました。」
咲さんが事情を説明する。先生はクスッと笑い、笑顔を向けてきた。
「それだったら、僕に直接訊けばいいのに。でも、今日はもう夕暮れ時だから、もう帰りな さい。」
え、もうそんな時間!? どうやら話をしている間に、あっという間に時間が過ぎてしまったみたいだ。窓からは紅い光が差し込んでいる。
「・・・帰るか。ちょうどよく華音に教えたいところがあるしな。」
拓也さんが立って、部屋を出るのに続いて、私も咲さんも部屋を出た。咲さんは「家に帰る。」と言って帰ってしまった。本は拓也さんに運ばせるつもりのようだ。
帰るときにふと、電気メーターを見た。かなり速く回っていた。
あのボロアパートから歩いて1分も経たずに目的の場所に到着した。そこは、河川敷だった。道路と川までには坂道で芝生があり、それ以外には何もない。向こう側も同じようになっている。向こう側の道路の先にはビルが立ち並んでいるけど、距離が遠いので小さく、ちょっとしか見えない。ビルがある方角から夕陽が輝き、その景色が川の水面に映って、とても綺麗な光景を作り出していた。また、いい風が絶え間なく吹き、私が風に包まれているかのようだった。目を閉じればそのまま眠ってしまいそうだ。
「綺麗で、いい風吹くだろ? ここは霧島先生に一年前に教えてもらったお気に入りの場所なんだ。この街に住むのなら、ここだけは知って欲しくてな。」
拓也さんはバイクに寄りかかって、ズボンのポケットに手を入れながら、風を受けていた。私は、坂にある芝生に腰を下ろした。その姿勢のまま、ゆっくり風に当たる。私の長い髪がなびく。拓也さんが上に着ている、前ボタンを閉じていない白のYシャツもなびいて、下に来ている黒のタンクトップが見える。・・・拓也さんのファッションセンスはどうなっているんだろうか。
「・・・・これが一番動きやすいんだよ。」
拓也さんの家に帰っている途中に、咲さんに本を届けに行く。幸いにも、咲さんの家は拓也さんの隣らしい。
家が近くて、同じ歳の子がいるなら、小さいころよく遊んでそうだけど、咲さんは読書が大好きだし、拓也さんはアニメや特撮を見るのに夢中だった。しかも三年前から旅行に行ってて、一年前に帰ってきたみたいだから、ほとんど接点がなかったようだ。
拓也さんは押していたバイクを止めた。どうやら咲さんの家についたみたいだ。私の左の方には拓也さんの家があり、そして目の前には、お弁当屋さんがあった。
「咲さんの家って、お弁当屋さんなんですか?」
「ああそうだよ。両親は共働きで、弁当屋はあいつの母方の祖父母がやってる。最近はあいつも手伝ってるみたいだ。」
拓也さんがガラガラと扉を開ける。中からは香ばしい匂いがした。私の前には大きなテーブルがあり、そこに弁当が二つ置かれていた。その奥にはレジが置かれた机と、家につながっている廊下を隠すための障子があった。おーい、と拓也さんは咲さんを呼んだ。すると奥から足音が聞こえて、障子が開けられ、エプロン姿の咲さんがやってきた。白いエプロンを着て、頭には真っ白な三角巾を結んで被っている。
「今、明日使う肉の仕込みしてるの。悪いけど、そこのテーブルに置いといてくれる?」
「はいはい、あと、この弁当貰ってくぞ?」
そう言って拓也さんは二つの弁当を取って持ち上げる。中身はハンバーグ弁当だった。冷めてはいるけれど、レンジで温めれば、中々美味しそうだ。
「ええ、いいわよ。どうせ余り物だしね。」
「あれ? 昨日の晩御飯に、今日の朝御飯も、拓也さんが作ってましたよね? いつもなら、咲さんのお弁当を貰ってるんですか?」
「まあな。お前が来るまで、オレは一人暮らしだったから、一人で自炊してたんだが・・・」
「・・・その食事があまりにもバランスが取れてない上に、三日、四日も何も食べないことが多々あったから、見かねた私が売れ残りの弁当を渡してるの。」
四日も御飯を食べなくて、何で生きてられるんだろう。咲さんも苦労してるなあ。たしかに、隣の家に何も食べてないのに生きてるクラスメイトの幼馴染がいたら、気味が悪いよね。
頭をボリボリかく拓也さんと、ため息をはく咲さん。なんだかんだ言いつつも、この二人はお互いがどういう性格か理解しているみたいで、咲さんが羨ましいと思った。
次の日の朝、拓也さんは私と一緒に学校へ行ってくれなかった。どうやら、ヒデさんから呼び出しがあったらしい。おそらくはビースト関連だろう。
「じゃ咲、華音のこと頼む。」
拓也さんはヘルメットを被り、バイクで走り出した。あとに残された私は、咲さんと一緒に学校へ歩きだす。私は咲さんに歩きながら話かけた。咲さんはまるで二宮何とかさんのように歩きながら本を読んでいる。
「あの、咲さんは拓也さんが昔はどんな感じだったか、覚えてますか?」
咲さんは本からは目を離さなかったが、質問には答えてくれた。
「覚えてるわよ。一年前、あいつが帰ってきた時は驚いた。元々頭も体も良かったけど、それがさらに凄くなってて、嫉妬を通り越して恐ろしさを感じてた。本当は人間の皮を被った化け物なんじゃないか、と考えてたわ。」
あれ? 旅行に行く前からあんな感じじゃなかったんだ。でも、昔からビーストと戦ってたら、それはそれで驚きだけど。
咲さんは本を読むのを止めて、私の方を向いて喋りだした。
「でもね、今度はその恐怖が心配に変わったの。どうも、旅行で両親を失ったみたいでね、一人で歩いて帰ってきたの。まるでこの世の総てに絶望したような、とても暗い顔でね。それからあいつは身寄りがなくなったらしくて、たった一人でビーストと戦おうとしてたのよ。余りにも痛々しくて見てられなかった。その後、警察と協力関係になって、家を探偵事務所にされて、多くの人と交流するようになったから、三年前と同じぐらいには戻ったわ。口ではあの警察庁長官に文句言ってるけど、ホントは探偵っていう仕事をくれたことを感謝してるのよ。絶対に口じゃ言わないでしょうけど。」
私はその話を、一つも聞き逃すことなく、真剣に聞いていた。
・・・やっぱり羨ましいなぁ、咲さんは。私が知らない拓也さんを、近くでいっぱい見てきたんだ───
おやっさんに呼び出されたオレは、いつも通りおやっさんの部屋で、ココアを飲みながら、今回のビーストについての情報を聞いていた。
「今回、発見されたビーストになったと考えられる人物はこいつ、緑帽羽地だ。二日前から行方不明で、会社にも来ていないとのことだ。彼の同僚は羽地が能力者なのを知っていて、もしかしたら、と思って警察に連絡をしたようだ。」
オレは緑帽羽地の写真を見る。中年の色黒の男性で、体格がそれなりに良く、普通の会社員。元グリーンベレーだったりはしない。
「まだ犠牲者は出ておらず、暴れまわった痕跡も無い。多分今回も目撃現場から遠くには行っていないだろう。誰もいないポイントを作っといたから、そこで待ち構えてくれ。」
「大体分かった。」
ならすぐにその場所に向かおう。さっさと片付けて、学校に行かなくちゃな。
部屋を出て、外に出る。バイクにエンジンかけて、目的の場所へ向かった。
時間は過ぎて、もう三時間目。外での体育の時間になっていた。拓也さん──いや、ヒデさんが用意してくれた体操服に着替える。・・・あの人、何で私のサイズ知ってるんだろう。
私が着替えてるとき、背中から林檎ちゃんが跳びかかってきた。
「わわわ、なんですか!?」
「ん~咲ちゃんもいいけど、それに負けず劣らずの・・・・」
今の状況を説明すると、私は上も下も下着姿で、林檎ちゃんは下着の上から私の胸を揉んでいる。私は振りほどこうとして、動き回るけれど、林檎ちゃんは私の胸から手を離さない。むしろ動けば動くほど、胸を乱暴に揉んできて、物凄くくすぐったい。
「ほらほら~気持ちよくなってくるでしょ~?」
「や///くすぐった・・・・・・・・あん♡」
「・・・いい加減にしなさい。」
そう言って、咲さんは私から林檎ちゃんを引き剝がした。私は林檎ちゃんから離れて、ハアハアと、息を切らして床に座っている。
「お? 咲ちゃんも揉まれたいの・・・ヘブゥ!?」
咲さんの胸に向けた林檎ちゃんの両腕を捕まえて、咲さんは思いっきり関節技を決めてた。
「ギブギブギブギブ!! もうしません許してくださ~い!!」
「・・・まったく。華音、大丈夫? 着替えの時間では、常に後ろを警戒するのよ? この変態がやってくるから。」
「はい、ありがとうございます。」
咲さんはホントに優しいなぁ。にしても、林檎ちゃんは毎回こんなことしてるのかな・・・
咲さんは床にへたり込んだ私に手を伸ばしてくれた。さっきの林檎ちゃんの言葉で、思わず咲さんの胸をまじまじと見てしまう。小学五年生にしては中々に豊満な胸で、無意識に咲さんの胸に手を伸ばした。
そのあと、咲さんに関節技を決められたのは言うまでもない。
おかしい。
かれこれ二時間ぐらいおやっさんに言われた場所で待っているが、ビーストが来る気配は微塵もない。
オレは何度GPSで場所を確認したか分からない。たしかにここで合っているはずなのに。
いったいどうなってるんだ?
オレがそんなことを考えてると、おやっさんから電話が入る。
「拓也、大変だ! 今住人から通報があった! ビーストが北東に移動しているらしい!」
「はあ!? ここと真逆の方向じゃねーか! どうなってやがる!?」
ビーストは、オレがその近くにいれば、オレの方へ来て、オレを優先的に狙うはずだ。ビーストがオレの気配を探知できる範囲はそのビーストごとに異なるが、それでも今まで戦ってきたビーストとは違うタイプのようだ。
「ビーストはどこに行きそうだ!?」
「建物の上を通って真っ直ぐ直線に進んでる! 今、向日葵中学を通過したぞ!」
「おい・・・その北東にあるところってまさか・・・」
「おそらく、そうだろうな!」
「「向日葵小学校!」」
体育の授業でドッチボールをしていると、グラウンドの中央に突然ビーストが現れた。バッタをそのまま人間大にしたような外見で、細い手足に背中には羽、頭には触角がある。
ビーストは虫の鳴き声に似ても似つかない金切り声を上げ、私の方に向く。
が、私の左の方から銃声と共に弾丸がビーストに当たった。撃ったのは秀一さんだった。何かを拳銃に変化させたようだ。
「華音ちゃん、下がって!」
秀一さんの言葉に従い、下がろうとする。他の皆は先生によって学校の入り口付近に避難を完了させており、霧島先生は電話をして、影山先生が私に手招きしている。私は皆のところへ駆け出した。が、ビーストはそれを許さない。秀一さんには応戦せず、私を狙っている。
「させるか!」
秀一さんが弾丸を撃とうとしたが、次の瞬間、秀一さんが気配を感じて横に回避した。秀一さんがいた所にはレーザーで貫かれたかのような穴が開いている。秀一さんは攻撃された方を見た。私も同じところを見ると、そこには男とも女とも分からない黒いローブに身を隠し、フードで顔を隠した人がビルの上に立っていた。秀一さんは反撃として銃撃したが、射程外のようで届かない。ローブの人が秀一さんに手を伸ばすと、そこから白いエネルギー弾が発射される。ぎりぎりのところで秀一さんは回避したが、グラウンドの地面にクレーターができてしまった。が、ローブの人はどうやら連発できないみたいだ。
そんな射撃戦の隣で、私はビーストに追いかけられていた。ビーストはバッタのような足を生かして大ジャンプし、私の真上を過ぎて私の前に回り込んだ。
「うおおおおおおお!」
すると、ビーストに向かって、泣きながら突っ込んでくる人がいた。真司君だ。真司君はビーストの腹に頭から突っ込んで、私をビーストから引き離してくれた。おかげで、私は皆のもとに行くことができた。ビーストは突然の乱入者が来たことに驚いたが、すぐに真司君の腹を掴んだ。すると、ビーストは超高速で回転を始め、竜巻を作り出した。周囲には凄まじい突風が吹き荒れ、油断すれば吸い込まれそうだ。そしてビーストは限界まで回転のスピードを上げると、秀一さんに向かって投げ飛ばした。投げ飛ばされた真司君は弾丸のような速さで秀一さんに向かっていく。もうだめだ、とその場の全員が目を閉じた。
「ウィップ!!」
しかし、秀一さんと真司君は助かった。私が目を開けると、影山先生に向かって投げられた真司君がいた。条件反射で影山先生は受け止める。二人とも何があったのか、分かっていないみたいだ。そして皆の前に降り立つのは、赤いバイクを駆る、ゴーグルを頭にかけた不思議な少年。
「・・・拓也さん!」
さっきまでの恐怖が、一瞬にして安堵に変わった。
光の薙刀を持ち、目の前の化け物と対峙する。
あそこまでオレが近かったのにも関わらず、オレ以外の人を襲っていたということは、やはりこいつは少し特殊なビーストのようだ。
オレは真っ直ぐビーストに向かっていき、斬りかかろうとした。が、ビーストはその場で素早く、オレが切り付ける方向と同じ向きに回転することで、オレの斬撃をヒラリと受け流す。だが、この受け流しはどこか違和感がある。オレは攻撃を斬るのではなく、突いてみることにした。すると、さっきまであんなに回転して避けていたのに、急に攻撃が当たりだした。オレの攻撃を正面から見ているのであれば、いくらでも回転して避けることができるだろう。まるで、別の視点からオレの攻撃を見ているような感じだ。
・・・まさか、このビーストは誰かによって操られている?
そう考えれば辻褄が合う。ビーストは理性がなく、本能的にオレを優先的に攻撃してくる。だが、誰かがこいつを操ってるのなら、そんなものは関係ない。人形のように、機械のように動かされるだけだ。で、一番こいつを操っている可能性があるやつは・・・
オレはビルの上にいるローブのやつを見る。秀一との射撃戦には応戦しているが、チラチラこちらを見ている。犯人は私ですよと、教えてくれているようなもんだ。
オレがよそ見をしていると、ビーストがバッタを模した腕で腹を殴った。その拳はドリルのように高速で回っていた。殴られたオレは後方へ勢いよくぶっ飛び、校舎に激突して自由落下によって地面に叩きつけられた。
起き上がって口から出た血を手で拭う。ビーストは回転して竜巻を作り上げた。
「風には風、さあ勝負だ!」
──tornado──
──limit──
──kick──
この前のと同じように、オレは右膝を曲げ、肘を曲げた右腕を右足の太ももに乗せる。背を低くして、左足を後ろに伸ばし、左手をブランと垂らす。次の音声と共にオレの目が光り輝いた。左手をスナップさせる。
──stream cyclone──
その音声が鳴り響くと、オレの右足にくる白いエネルギーが疾風を取り込む。その風がビーストが発生させている突風と睨み合っている。ビーストの回転も最速になり、オレはビーストがいる竜巻に向かって飛び込んだ。白いエネルギーが螺旋状になり、さらにその螺旋のエネルギーは疾風を孕んで、さらに破壊力を増す。螺旋のエネルギーの先とオレの右足の先端が重なり合い、二つの風が激突した。
「だああああああああああああ!!」
衝撃波が広がり、辺りにいた人は吹き飛ばされないように踏ん張っていた。余りにも激しい風のぶつかり合いに目を開けられず、瞼を閉じる。そしてその瞼が開けられた時に残っていたものは、自分たちに背を向ける少年と、地に伏せた異形の化け物だった。
──limit──
オレは真っ白なカードを投げ、ビーストを元の人間に戻す。戻ってきたカードにはspinとあり、ビーストの正体は緑帽羽地だった。
皆が歓声を上げ、ローブのやつが舌打ちすると、ローブのやつは華音に向けて光弾を発射した。オレはビーストを倒して油断し、その攻撃に対処ができない。
すると華音の前に立つ人がいた。霧島先生だ。
先生は光弾に向けて手を伸ばす。すると、先生の前に大きな石がそびえ立った。縦と横の長さが大人一人分はある石。その石が光弾を受け止め、華音と先生を守った。
ローブのやつも含めた全員が驚き、身動きを止めた。まるで時間が止まったかのように。
我に返ったローブのやつは、混乱に乗じてその場から逃げ出した。だが、そんなことは今のオレ達にはどうでもよかった。そして華音が今の事実を口にする。
「先生が、能力者・・・・・?」