学校ライフ
「華音、お前には今日から学校に行ってもらうぞ。」
私と拓也さんが出会った翌日、朝食をとって、今日はどうするのか考えていた私は拓也さんに呼ばれて1階にいた。
私の前には、赤い何かがあった。私はそれを指さして質問する。
「拓也さん、これ何です?」
「これはランドセルって言う鞄だ。小学生はこいつを使うんだよ。オレもついて行ってやるから。」
「・・・バイクで?」
「小学校へはバイクは使っちゃダメなんだと。歩きだから安心しろ。」
そう言って拓也さんは黒のランドセルを背負って外に出ようとした。しかし私はその場から動かなかった。
「ん? どした華音?」
「・・・拓也さんのことだからてっきりランドセルじゃなくて大人の人が使うような鞄なのかと・・・」
「・・・ビーストとか絡んでなかったらオレは普通の小学生だ。」
学校に向かう道の途中で、白い石造りの壁にぽっかりと穴が開いているのを発見した。その穴はきれいな円になっていて、覗き込むと、穴がその先にあるいくつもの壁にも開いていた。
例えるなら真っ直ぐに並ばせたドミノに串を刺して同じところに穴をつけたかのようだった。
「拓也さん、これなんですか?」
私に合わせて先を歩いてくれていた拓也さんがこちらに振り向く。
「あ~それは多分あのパンチの牛野郎がやったと思うんだが・・・」
拓也さんが私と同じように穴を覗き込む。すると拓也さんは妙に念入りに穴を調べて、何かを考え始めた。
「・・・どうしたんですか?」
「・・・いや、何でもない。」
そう言うと拓也さんは足早に歩き出した。
歩くこと10分ぐらいで学校についた。中々に広いグラウンドに数々の遊具があり、校舎をなくせばそのまま大きい公園として運営出来そうだ。もちろん、校舎も大きく、登校してくる生徒の数は半端ではない。
「ふぁ~学校ってこんな大きいんですね! 私今日からここに通えるんだぁ~」
歓喜の声を上げる私に、拓也さんも満足そうな顔をしている。
「・・・それにしてもおやっさん、戸籍の登録やら、学校に通うための手続きを全部昨日の内に終わらせたらしいぞ。」
・・・そういうのって一晩で済むものなのだろうか。あの魔改造といい、ヒデさんって割と謎の部分が多いような気がする。
とりあえずそのことは置いといて、私は拓也さんと共に学校の中に入って行った。廊下を少し歩き、拓也さんは大きい部屋のドアを開けた。ドアの上のプレートには『職員室』と書かれていた。
「失礼します。霧島先生はいますか?」
拓也さんの声にパソコンを使っていた一人の女の先生が立ち上がってこちらにやってくる。
「あ、拓也君ね。話は聞いてるわ。この子が龍騎華音ちゃん?」
・・・あれ? 私の苗字って拓也さんと同じだったのかな?
先生の言葉に開いた口が塞がらない拓也さんは恐る恐る尋ねる。
「あの・・・それひょっとして・・・戸籍にそう登録されてました・・・?」
「? たしかそうだったけど?」
あ、なるほど。ヒデさんが勝手にそうしたのか。確かに同じ家で住んでるし、苗字も同じにしないと。
でも拓也さんは何故か頭を抱え、ため息をついていた。なんでだろう。
「・・・それで、華音の教室はどこですか?」
「それなら、拓也君と同じ5-2よ。記憶がないらしいけど、大体皆と大差ない身長だし、そうしたほうがいいと思ったから。」
そういえば、私は拓也さんより少し低いぐらいだったっけ。少なくとも、一年生よりかは大きいし。
それにしても、拓也さんと同じクラス・・・どんな人がいるんだろう。もしかして全員が能力者なんてことないよね・・・。
「華音、紹介するよ。オレとお前の担任の・・・何やってんだお前?」
いつの間にか私は拓也さんの背中にしがみついていた。拓也さんは呆れた顔で私を見ていて、先生はどうかしたのと言ってじっと見てくる。
「あ、いや、その・・・・・・続き、お願いします・・・」
二人の動作で何だか申し訳なく感じてくる。私はひょっとして、いらない心配をしているのかな。落ち着こう、私。
「・・・まあ、いいか。この人が担任の霧島耀子先生だ。」
「よろしくね、華音ちゃん。」
先生は慣れた笑顔を向けてきた。やっぱり先生をやってると子供に向ける笑顔が上手くなっていくのかな。先生は優しそうだし、やっぱりさっきのはいらない心配だったみたいだ。
教室につくと、私と同じぐらいの子供たちがたくさんいた。ある人はほかの人と一緒に喋っていたり、一人で本を読んでいたりしていた。すると、その中の一人が私と拓也さん、先生に気づいてこちらを向いた。それに続いて、ほぼ全員の人が私たちに注目した。私はその視線に耐え切れず、拓也さんの後ろに隠れてしまった。
「だから、大丈夫だって。オレが一緒にいてやるから。」
拓也さんが呆れながら、皆に聞こえない声で励ましてくれる。それに対して私は、小さく頷きながら、拓也さんの裾を強く握りしめた。
「皆、席について~新しいお友達を紹介しますよ~」
パンパンと先生が手を叩き、皆が自分の席に座った。視線は変わらず、私を見つめているけど。
「新しく来る子は、龍騎華音ちゃんです。拓也君と一緒に住んでいるみたいですよ。華音ちゃん、前に来てくれる?」
先生の言葉で拓也さんが動き出し、黒板を後ろに皆の前に立った。もちろん、拓也さんの後ろに引っ付いてる私も。
「だぁー! いい加減にしろ! いつまでオレの後ろに隠れてんだ!」
「一緒にいてくれるって言ったじゃないですかーー!!」
「近くにいてやるって意味だ! お前が前に出ないと話が進まないんだよ!」
体を大きく動かして、私を振り払おうとする拓也さんと、負けじとしがみつく私。教室にいるほとんどの人がその光景を見てニヤニヤしていた。その内の一人の女の子が立ち上がってこう言った。その子は片手にペン、もう片方にメモ帳を持っている。
「はいはい!龍騎さんと華音ちゃんは同居してるらしいですけど、二人はなんで同居してるんですかー?」
その質問でさっきからニヤニヤしていた人たちの目が輝きだす。どんな答えなのか知りたくてしょうがないのだろうか。質問に答えようとして、拓也さんは動きを止め、顎に手を置いて悩みだした。
「と言われてもなぁ・・・・・・・道端で拾った?」
「私は犬ですか!?」
あんまりな拓也さんの解答に、私は涙目になり、皆はドッと笑い出した。
でも、その説明はあながち間違ってはいなかった。実際、私と拓也さんが出会って一緒に住むことになった経緯はそんな感じだった。否定できないのが余計に悲しくなってくる。
質問してきた子が、さらに目を輝かせながら、グイグイ訊いてくる。
「そこのところ、もっと詳しく! できれば出会いのシーンを事細かに再現を・・・」
「は~い、じゃ皆、仲良くしてくださいね~」
このままではだめだと感じた先生が強引に話を切った。先生と私に味方をするように、ちょうどよくチャイムが鳴る。そのチャイムの意味が皆分かっているのだろう。大体の人が席を立って、トイレに行ったり、次の授業の準備をしていた。しかし、立った人のほとんどが、まだ拓也さんの後ろにいる私のところにきた。
「ね~ね、どこから来たの?」「拓也君とどういう関係なの?」と、言いつつ、私を拓也さんから引きはがそうとしてくる。遂に引きはがされてしまった私は、物凄い質問攻めにあった。記憶が無い私には答えられない質問ばかりで、どうしようか考えて後ろに下がっているうちに、席に座って本を読んでいた人の本に手が当たり、本を落としてしまった。
「わわ、ごめんなさい!」
本を拾おうとしたけれど、「別にいいわ。」と言って、その人が自分で取った。青く、短い髪に眼鏡をかけて、少し大人びた感じの人。
この人は、さっきからずっと本を読んでいたと思う。私が教室の中の様子を見てた時もそうだった。ちらりと見えた本の中身は、小さな文字がいっぱいで、私が読んだらパンクするかもしれない。
その人は机に本を置いて、私の後ろにいるクラスの皆に話しかけた。
「それよりあなた達、この子はまだ入ってきたばかりで、この学校に慣れてないのよ? 質問するのは、この子がクラスに馴染んでからにしたら?」
それもそうだ、と皆は感じたのか、さっきまであれほど群がっていた人たちがバラバラに散っていった。
「それで、多分あなたの席は私の左隣になると思うわ。ちょうど一人分、空いていたから。私の名前は河斬咲。よろしく。」
「は、はいっ。よろしくお願いしますっ。」
この人と話してると、大人の人と話してるみたいで思わず緊張してしまう。でも咲さんは話を済ませると、席に戻って、何事もなかったかのように本を再度読み始めた。咲さんの席は教室の一番隅っこで、窓際にあった。たしかに、その左隣の席は誰も使っていないようで、哀愁漂わせていた。
「よろしくね、机さん。」
これから長いこと使うことになる机に挨拶をする。そしてその中を覗き込んでみると──大量の本が大事そうに包装されていた。
驚いた私は、中にある本を一つ手に取り、袋から取り出した。本の中身は、小さな文字が所狭しと並び、挿絵などはない。持っているだけで頭が痛くなってきて、読もうとしたら意識が飛んでいきそうだ。表紙にあるタイトルは、どこか他の国の言語で書かれていた。
私は咲さんのほうを見る。咲さんは、真顔で本を読んでいたが、その頬には冷や汗があった。これ、やっぱり咲さんの・・・
この中にある本については、後で咲さんに片づけてもらうとして、これからどうしよう。さっき咲さんが言ってた通り、私はまだ学校に慣れてないから、何をすればいいのかわからない。とりあえずこのランドセルっていう鞄を下ろそう。さっきから重かったし。
するとまたチャイムが鳴った。皆が教室に戻ってきて、自分の席に着く。隣の咲さんは、さっきから読んでいた本とは別の本を二冊取り出した。一つはいろいろ絵が乗ってあり、文章もある。しかし、その文章は平仮名ばかりだった。中にあった本は難しい文ばかりだったのに。どうみても咲さんが読みそうな本ではなかった。もう一つの本は線が引いてあり、それに書かれている文字は手書きのようであった。
「・・・あなた、教科書とノートは?」
咲さんが問いかけてきた。きょうかしょ? ノート? なんだろうそれ。
「教科書とノートっていうのはね、授業で必要なもので、それを忘れたら怒られるの。」
「え~!? そんなこと拓也さんから聞いてませんよ!?」
私、そんなもの持ってきてない。ということは、私、今日ずっと先生から怒られるんですか!?
そんなとき、咲さんの前の席にいる拓也さんが咲さんと話をしだした。
「・・・咲、華音のランドセル。」
「・・・ああ、なるほど。華音、その鞄に同じものが入ってるから、取り出してみて。」
「は、はいっ」
ランドセルの中を漁る。中には小さな長方形の箱、透明で薄っぺらいもの、そして咲さんが持っている教科書と同じものがあった。『算数5』と書いてあり、それとセットで線が引かれた本もあった。多分これがノートだろう。
その二つを取り出して、長方形の箱と薄っぺらいものを調べてみる。薄っぺらいものはよくわからないけど、箱のほうは何かが入っていた。列車のレールみたいなものが付いてあり、その先端に灰色で固い、変なものがあった。それを引っ張ってみると、ジィー、と音が鳴り、箱の中が覗けるようになった。中には小さく、白い長方形のものと、様々なペンがあった。
「それは筆箱って言って、そのジィ―ってなるものはチャックって言うの。」
「あ、そうなんですか。ありがとうございます。」
咲さんとの会話を終えると、耀子先生が戻ってきて、「授業を始めますよ。」と言った。
その授業は数字がたくさん出てきたけど、まったく意味がわからなかった。
その授業中、拓也さんと咲さんが話してたけど、何なんだろう。
「・・・あの子、教科書やノートも知らないなんてどういうこと?」
「すまん、昨日の夜に生活に必要そうなことを大体は教えたんだが、まだ教え切れてないところが山ほどあるんだ。昨日の夜だけじゃ限界があるし、あいつドミノだとか、ココアを入れるためのバリスタとか、どうでもいいことに興味持っちまったし。」
「・・・やっぱりあの子、訳ありなのね?」
「そこら辺は後々説明する。オレが学校にいないときのあいつの世話、よろしく頼む。」
「あなたの幼馴染やってると、ホント苦労するわ。」
拓也さんと咲さんが会話を終えると、拓也さんは机に腕を置いて、その腕の上に顔を乗せて眠り始めた。咲さんは自分の本を読みだした。
今の授業の内容は、四角の中に三角があったり、その三角の中に円があったりして、とある角を求める問題だった。皆が考えているけど、難しい問題のようで、中々答えが出ない。私が解こうとしたら、頭の中でいろんな図形がこんがらがって、今にもフリーズしそうだ。
「あ~・・・じゃ、拓也君、この問題の答えは?」
そんな中、拓也さんが寝ていることに気づいた先生が、拓也さんを指名した。拓也さんはまだ眠そうに目を擦り、ゆっくりと顔を上げる。
「ん・・・・27度。」
「はい、正解。さすがね。」
あれほど皆が考えても解けなかった問題を、拓也さんはあっさり解いてしまった。皆と先生も当然のように平然としている。拓也さんはまた眠りだした。
「・・・拓也さんってやっぱりすごいんだなぁ・・・」
なんだか、あれほど近くにいてくれた拓也さんが遠い存在のように感じる。
「・・・龍騎さんはこの学校で知らない人はいないぐらい有名ですよ。」
急に隣から話しかけられる。声がする方、左隣を見ると、そこには内気そうな一人の男の子がいた。拓也さん、咲さんなどは個性の塊のように感じていたけれど、この人からは特別な個性を感じない。まさに皆がイメージするような平凡な人だ。
「あ、すみません。僕、秋山真司っていいます。」
「あ、どうも。龍騎華音です。」
ご丁寧にお辞儀をされたので、こっちもペコリとお辞儀をする。真司君は先生にばれないように話を続けた。
「僕、二年前にここに転校してきたんですけど、そのときは龍騎さんはいなかったんです。どうも、三年前からどこかに旅行に行ってたらしくて。拓也さんが戻ってくるまでは、咲さんが有名で、テストじゃずっと満点取ってて、高校の問題さえ簡単に解けていたから、『天才少女』と呼ばれてました。」
拓也さんだけじゃなくて、咲さんも十分にすごいんだ。たしかに、あんな難しそうな本を大量に読むぐらいだしなぁ。
それにしても、拓也さんはずっと旅行してたんだ。世界一周でもしてたのかな。羨ましいな。
「でも一年前、拓也さんが帰ってきてからは凄かったですよ。咲さんも解けなかった問題を2秒で解いて、バイクには乗るし、変な化け物とも戦うし。まさに文武両道で、噂では改造人間なんじゃ、とまで言われてるんです。」
「改造人間? そんなことあるわけ・・・」
・・・あれ? 一人だけそんなことやりそうで、できそうな人がいる。ひょっとしたら本当かも・・・いや、さすがにそんなことしないよね・・・
「・・・あの、大丈夫ですか?汗がすごく流れてますけど・・・」
いつの間にか私は冷や汗をかいていたみたいで、真司君に心配された。落ち着こう。私。
「だだだだだ、大丈夫! なんともないです!」
無理して作り笑顔を向ける。真司君は不思議そうに黒板の方を向いた。なんだか、今までの人が大人だったり、個性が強かったりしたから、真司君には親近感が沸くなぁ。接しやすい。
・・・それにしても、退屈だなぁ。授業は難しいし、あまり長時間人と話せないし。何をしていようかな。
ふと、この机の中に咲さんの本があるのを思い出した。難しくてよくわからないけれど、多分私でも読めるものがいくつかはあると思う。私は机の中の本を物色し始めた。
すると、日本語で書かれたものがあった。表紙には『ネクロノミコン』と書かれている。他の本は日本語ではないのでこれしかなさそうだ。私はその本の最初の1ページを開いて─そこから4時間目が終わり、昼休みまで私は気絶してしまった。
気が付くと、私はベットの上に寝ていた。目の前には見知らぬ天井が広がっている。頭にはタオルのようなものが置いてあり、ひんやりと冷たい。ベットの周りにはカーテンがあり、外からは見えないようになっていた。
「やあ、おはよう。華音ちゃん。」
隣には一人の男の子がいた。今度の子は、眼鏡をかけていて、なんかチャラそうだ。チャラいかんじのオーラみたいなのを感じる。
「ああ、僕、神崎秀一。拓也の仕事のお手伝いしてるんだよ。情報屋ってやつ?」
・・・情報屋ってなんだろう。というか、なんでこの人が私の看病をやってるんだろう。普通、まだはじめましての人を看病なんかしないよね。
「・・・あれ? あまり驚かないね。あ、そういえば記憶喪失だったね。情報屋が何から分からないのかな?」
「っ!?」
この人、なんでそれを!? 私が記憶喪失ってことは拓也さんとヒデさん、由良さんしか知らないはず!
「そんな怯えなくてもいいって。たまたま咲ちゃんと君の会話が聞こえてきたんだよ。僕の席は君の前だからね。もしかして、と考えたんだよ。でも、今ので確証を得られた。図星だったでしょ?」
得意げに、笑顔で語る秀一さん。でも、私はこの人に恐怖していた。この人は危険だ。早く逃げないと。
「あ、そうそう。──今から逃げようたって無駄だよ?」
その言葉と共に、秀一さんは近くにあった水の入った小さな桶を持った。すると、その桶が光り輝き、拳銃に変わる。
私の顔を見て、心底楽しそうな秀一さんはニヤリと笑い、こう言った。
「僕からのプレゼント。受け取ってね。」
そして私が動く間も無く、秀一さんはその引き金を引いた──
私の顔の前に現れたのは、たくさんの花。どうやらさっきの銃から出ていた。
驚く私に、秀一さんはゲラゲラと笑い出した。お腹を押さえて、物凄く楽しそうに。秀一さんは銃から飛び出している花を引き抜いて、私に手渡してきた。私はポカンとしてその花を受け取った。
「いえ~~~~い!! ドッキリ大成功~~~~!!」
すると今度は銃が木の板に変わる。そこには『ドッキリ大成功!!』と書いてあった。
「いや~いい顔、いただきましたっ!!」
すると隣のベットから一人の女の子が出てきた。私が皆の前に立ったときに質問してきた子だ。今はその手にカメラを持っていた。さっきの言い方から察するに、私の顔を撮っていたのだろう。
目を丸くさせて、開いた口が塞がらない私に、その女の子は自己紹介をしてきた。
「私、神崎林檎と言います! よろしくお願いしま~す!」
か、神崎? ひょっとして、兄妹?
そんなことをしていると、この部屋の扉が開いて、拓也さんがやってきた。
「・・・なにやってんだ、お前ら。」
「いや~拓也、実はね・・・」
入ってきた拓也さんに今まで何をしてきたのか説明する神崎兄妹。その説明を聞き終えると、拓也さんはため息をついて、私に話しかけてきた。
「・・・華音、お前も今ので分かったと思うが、こいつらはオレの仕事を手伝ってる、自称、情報屋のやつらだ。」
「自称とは何ですか! 自称とは!」
林檎ちゃんが拓也さんの言葉に食って掛かるけど、拓也さんはまったく気にせずに続ける。
「そしてこいつ──神崎秀一は、能力者だ。」
昼休み──私たち6人は屋上で話し合いをしていた。
「オレと華音、神崎兄妹はいい。だけど、何でお前らがいるんだ?」
残りの二人は、咲さんと、なぜか真司君がいた。
「別に。本も読み終わったし、ただ暇になっただけよ。」
「・・・僕は皆さんが来る前から屋上にいただけです・・・」
「まあ、別にいいんじゃないですか? 人は大勢いたほうがいいと思います。」
林檎ちゃんが話を進めようとする。この子はコミュニケーション能力が高いみたいだ。いつも明るくて、皆のムードメーカーなんだろうな。
「で、僕の能力の話だったね。僕のは、『物体を別の物体に変える』能力なんだ。」
なるほど、その能力を使えば、桶を銃にしたり、木の板にすることもできるってことですか。
「・・・あれ?そういえば桶を変えるとき、中に水を入れてましたよね? あれには意味があるんですか?」
「ああ、それは対価のためだね。」
「対価?」
「簡単に言えば、能力を発動させるときの条件、て感じか。もちろん、能力を発動させた後に何かしらのしっぺ返しがくるパターンもある。」
「で、僕の場合の対価は、『その重さに相応しい威力と大きさ、機能が付いてくる。生物には適応されない。』てやつ。分かりにくいだろうから、ちょっと待ってね。」
そう言い、秀一さんはポケットからメモ帳を取り出した。そのメモ帳が光り、銃に変わった。しかし、その銃は先ほどの銃より格段に小さく、手のひらに収まるサイズだ。
「変えた手帳の重さを500グラムとして、拳銃の重さは1キロ。重さが二分の一だから、出来上がる銃の大きさと威力も二分の一になるんだ。じゃ次は、『機能』について説明するねー。」
すると今度はさっきの木の板を取り出し、それをまた別の物体に変化させた。それは小さなジュースの缶で、中にはジュースが入っていそうだ。
「この時、もともと作ろうとした物は『缶』で、それに付加させた機能は『ジュース』なんだ。さっきの木の板も、『木の板』が作った物で、『書かれている文字』が付加させた機能だね。機能を付加させるためには、それに見合った重さが必要なんだ。」
・・・わかりやすいような、わかりにくいような。
「・・・要は、機能を付加させたら、大きさも威力もその分小さくなるけど、いろんな物が作れるってこと。とにかく重さが重要ってことよ。」
ああ、さすが咲さん。物凄くわかりやすい。あの難しそうな本が読めるだけはある。あの本を私が読んだら気絶しちゃったし。拓也さんなら大丈夫そうだけど。
「もちろん、重さが変わらない限り、どんな物を作っても元に戻せるよ。」
いつの間にか、ジュースの缶は元々の水が入った桶に変わっていた。
「・・・お前それ、華音の頭に乗せたおしぼりを冷やす用のじゃねえだろうな・・・?」
拓也さんの目に薄っすらと紫色が混じり、秀一さんを睨んでいた。秀一さんは体中から冷や汗が流れていた。どうやら拓也さんは怒ったらかなり怖いみたいだ。というか、拓也さんの目のことを皆は知ってるのか。
「・・・あれ? その対価って、拓也さんにもあるんですか?」
「ん? ああ、あるぞ。『カードは一枚につき一日一回』とかな。」
なにそのゲームは一日一時間、みたいな対価。
「あ、でもリミットと、ブレイクは例外だ。あいつらは何回も使える。あと、元々の対価はそのままカードに受け継がれるからな。」
元々の対価というのは、最初に能力を持っていた人にあった対価のこと、なんだろうな。対価がいくつもあるんじゃ、拓也さんも大変だなあ。
「そのブレイクのカードの効果は何ですか?」
私が質問すると、拓也さんはカードを取り出して、腕の機械に通した。先ほどの桶に拓也さんが触れる。すると、桶が破裂した。
「ひゃい!?」
「大丈夫よ、これがブレイクの効果なの。生物以外の物に、エネルギーを流し込んで内側から破壊するの。」
案外恐ろしい効果だった。生物には使えないのがせめてもの救いかな。こんなの人に使ったら確実に死んじゃう。でも、拓也さんなら、そんなことしないよね。
そんな話をしていたら、屋上の扉が開いて、霧島先生がやってきた。どうやらもうすぐチャイムが鳴るようで、屋上にいたら次の授業に遅れてしまうらしい。これ以上話すこともないらしく、私たちはその場を後にした。
次の授業の教室、理科室に行く途中、林檎ちゃんが先生に話しかけた。
「先生、予定日はいつですか?」
「ん? ああ、もうすぐよ。そろそろ休暇をもらおうとしているわ。」
え? 予定日? 何かあるんだろうか。
ふと私は、先生のお腹を見る。なんで私、今まで気付かなかったんだろう。お腹がすごく膨らんでいた。それはもう、見事にぷっくりと。
「え、え、先生、お腹が、えぇ!?」
私の声に驚いた皆が私の方を見る。今更、何を言っているんだ、と言わんばかりに。
「・・・華音さん、気付いていなかったんですか?」
真司君が目を丸くして説明をしだす。なるべく感情を表に出さないようにしているが、隠しきれていなかった。
「霧島先生は今、ご妊娠なさっているんです───」