華音の能力
龍騎拓也──そう名乗った男の子は気持ち悪い化け物から私を助けてくれた。
そして、私に華音という名前をくれた。
あの後、その子が一応検査受けておけと言って、私は白と赤の車に乗せられて大きな建物に着いた。
用意してくれた服に着替えた。よく分からない機械を使って検査をしたらしい。
その結果、私の体には異常はないとのことだ。
ベットの上であの男の子を呼ぶから待っててと、ピンクの服を着た大人の女性に言われた。
私は、あの人に訊きたいことがたくさんある。
あの化け物は何なのか。あの剣は一体何なのか。なんでカードが刺さったら普通の人間に戻ったのか。
早く会いたい、と思った。
工場をあとにし、華音を救急車に乗せて、病院で様々な検査を行った。
あの時の戦闘で怪我とかしてないか、ビーストの影響は受けていないかなどだ。
どうやらビーストの影響もないし、怪我もない。その他、何一つ心体に異常はなかった。
オレは自分のバイクで華音が運ばれた病院に行き、その結果を聞いた。
オレが休憩室でその結果に安堵していると、
「拓也、結果が出たぞ。」
と、おやっさんがやってきた。長官が部屋を離れていいのかとかもう訊かない。
華音が検査を受けている間、おやっさんには華音について調べてもらった。
検査を始める前に華音の髪の毛を一本拝借した。そのDNAデータからあいつの親の捜索を主に。
「で、戸籍などを調べたんだが・・・」
おやっさんの手が震えている。顔には汗があり、あり得ない、と体で表現しているようだった。
「あの子、華音には戸籍すらないんだ。DNAデータもあり得ない結果がでたらしい。無論、親が誰でどこにいるかなんて分かりゃしない。なんなんだあの子?」
「・・・まさかそこまで情報がないなんて。あんな変な工場の花畑で寝てたし、記憶もないから名前すら憶えてなかったし」
DNAがおかしいってことは、あいつは人ですらないのか?いや、華音の体に触れたとき、あれは間違いなく人の体の感触がしたし、体温だって感じた。事実、検査によって華音は人間だって証明されているようなもんだ。
そんな考え事をしてしてると、看護師さんに呼ばれた。
・・・考えても仕方ないな。華音に会いに行こう。
ベットで待っていると、龍騎さんと髭をはやした大人の男性が扉を開けて入ってきた。
私は二人に質問をしようとした。でも、
「とりあえず、場所を移そう。お前ももう退院できるらしいしな。」
と、龍騎さんの言葉で場所を移動することになった。
私は白と黒の車に乗って、どこかへ向かっていた。その車の後ろを龍騎さんがバイクでついてきていた。
私が乗っている車を運転しているのはさっき、龍騎さんの隣にいた人だ。確か、龍騎さんはこの人のことをおやっさんと言っていた気がする。
この人なら、私の疑問の答えを知っているかもしれない。私は話しかけた。
「あ、あの・・・おやっ・・・さん?」
私の呼びかけに答えて、その人が返事をしてくれた。
「ん?どうした嬢ちゃん。あいつの呼び方なんてマネして。」
あれ、その呼び方はまずかったのかな?
すると、私の心を察したかのように、
「・・・ああ、そうか。まだ名前言ってなかったな。仲村英行だ。部下たちには『ヒデさん』って呼ばれてる。嬢ちゃんもそう呼べばいい。」
「ヒデさん。なんで龍騎さんはバイクに乗れるんですか?」
その質問を投げかけた途端、ヒデさんは急に悩み始めた。
「嬢ちゃん。さっき遭遇した化けモンのこと憶えてるかい?」
もちろん。あんなの見たら忘れられませんよ。
ヒデさんの言葉にコクリと頷く。
「あいつはビーストっていうんだが、能力者が暴走して能力者が変貌したもんなんだよ。」
「能力者?」
「ああ・・・ま、能力者とビーストそのものについては後で話すとして・・・」
たしかにそこも気になるけれど、今はヒデさんの話を聞くことにした。
「で、その暴走を止めて、元の人間に戻せるのがあの坊主だけ。だから国が特別にあいつにバイクと免許を渡したってわけだ。」
「なんで龍騎さんだけが戻せるんですか?」
「・・・さあ?なんか知らんがあのカードを使えば元に戻るらしいがな・・・」
どうやらヒデさんも分からないようだ。仕方ないので、次の質問をする。
「そのビーストが龍騎さんのとこに現れなかったら、どうするんですか?」
「あの坊主はどうやらビーストに好かれる体質みたいでな。ある程度ビーストの近くにいたら、あっちから来てくれるんだよ。」
「つまり龍騎さんはビーストを釣る餌ってことですか?」
「ま、そうだな。ビーストはあいつを優先的に狙うから、あいつがいれば一般人に危害が及ぶ危険がなくなるし。」
「龍騎さんはそれで納得してるんですか?」
「・・・納得するしかないからな。あいつの場合・・・」
へ?どういう意味だろう?
もう少し話を聞きたいと思ったけれど、どうやら目的地に着いたようだ。
そこは、周りのビルと比べて低いビルだった。そのビルの上の和風の建物と、その建物に付いてる大量のアンテナが印象的だ。
「ここ、一応お偉いさんがくるとこだからあまりはしゃぐな。いいな?」
と、ヒデさんから注意された。
少し遅れて龍騎さんが来る。一度止まって、
「先、おやっさんの部屋に行っといてくれ。」
と言うとまたバイクを走らせた。おそらく駐輪場に行ったのだろう。
隣にいたヒデさんが動き出したので、ヒデさんの後ろに隠れながらついていく。
エレベータに乗り、廊下を少し歩くとヒデさんの部屋らしき所についた。大きな扉で、まさに偉い人が使うような雰囲気を感じる。
中に入ると、それなりに広く、部屋の左右には大量の資料とそれを保管するための大きい棚、部屋の中央には赤のカーペットの上に来客用の縦に長いテーブルとソファ、その奥にヒデさんの仕事用の机がある。その机は右、左、真ん中と3つに分かれた台で構成されていた。右にパソコン、左にテレビ、真ん中には書類。机とセットの椅子にヒデさんが座った。ヒデさんが作業するには机の高さがちょうどいいのが見ただけで分かった。
「ヒデさん、これ、特注品ですか?」
と、机に近寄りながらヒデさんに話しかけた。ヒデさんは不思議そうに
「違うが、なぜそう思ったんだ?」
「だって、ヒデさんにピッタリの高さですから。」
なるほどな、と言ってヒデさんはパソコンの電源をつけた。
「これは俺が自作したもんだからな。」
と答えてパソコンを操作し始めた。
私は机の裏側に回り込んだ。すると、その機能性の高さに驚嘆した。
今、机の上にあるものをすべて収納できるのであろうスペース。その収納スペースを確保しておきながら、おそらく機能するであろう謎のボタン。そして必要に応じて変形できるようになっている設計。たとえ素人でも分かるほどの簡単かつ多様な変形機構が組み込まれていた。
なぜこんなにもこの机について見ただけで分かるのか、自分でも分からない。だが、何故か理解してしまう。頭の中に無理やり情報が流れ込んでくるようだった。
「・・・ああ、遅かった。もう見ちまったか・・・」
と、扉を開けて龍騎さんがやってきた。右手で頭を抱えている。その手が頭にかけているゴーグルの半分を隠していた。
「華音。おやっさんが作ったもんは見ない方がいいぞ。オレは平気だけど、おやっさんの部下が見てしまったせいで病院送りになったやつまでいる。それぐらいおやっさんの魔改造はやばいんだ。」
と言って龍騎さんは頭のゴーグルを外し、無理に笑いながら
「これもオレのバイクもおやっさんに魔改造されちまった・・・」
と、暗く悲しい表情をしながら言った。
ヒデさんが龍騎さんの言葉に文句があるようで、
「魔改造とは失礼な。キチンと役に立ってるだろーが。」
「なんでこんな小さなスペースにこんな高性能で多様な機能が組み込めるんだよ!しかもこれとバイクの機能のほとんどはオレぐらいしか使うやついねーじゃねえか!」
と、龍騎さんが突っ込む。するととある異変にきずいた。
「あれ?龍騎さんの目、変わってません?」
さっきまで深蒼の色だった拓也さんの目にうっすらと紫色が混じっている。
すると後ろから声が聞こえた
「龍ちゃんは怒りの感情が大きいほど蒼から紫に変わるの。」
その声に反応して後ろを向くときれいな大人の女性がいた。私の身長に合わせてしゃがんでくれている。
「わ、誰ですか?」
思わず後ろに下がってしまった。その様子をみてその人がフフッと笑った。
「その人はおやっさんの秘書さん。由良美穂さんだ。」
龍騎さんが代わりに答えてくれた。慌てて秘書さんに謝った。
「由良でいいわ。よろしくね。」
と言って由良さんは、ヒデさんの方を向いた。
「お帰りになられたのなら連絡してください。今回の件を報告しないといけないんですから。」
そう言い終わると、ヒデさんの机に新しい書類が置かれた。ヒデさんがため息をつく。
あ、そうだ。まだ訊きたいことがあったんだった。
「龍騎さん、さっきヒデさんから聞きましたけど、能力者とビーストってなんですか?」
そう龍騎さんに質問すると、目にさっきと同じぐらいうっすらと紫を混ぜながら龍騎さんはヒデさんの方を向いた。
「・・・おやっさん。華音にビーストのこと話したのか・・・?」
「しょうがないだろ。あれだけ戦いの一部始終を見られたんだから。」
龍騎さんがおおきくため息をついた。やはりまだ納得できないところがあるみたいだ。
「あの・・・言いたくないなら言わなくても構いませんけど・・・」
すると龍騎さんは観念したよ、と言いソファに座った。どうやら話してくれるようだ。
「じゃ、私飲み物持ってきますね」
由良さんが部屋を出ようとしたので
「あ、手伝います。」
と進言した。由良さんは笑って許してくれた。
少しだけにせよ、華音と由良さんが部屋から出て行った。この部屋の隣には給湯室がある。そこでいつもの飲み物を持ってきてくれるだろう。
それにしても華音のDNAがおかしい、か。
正直、オレにはなぜそうなったか検討がついてる。おやっさんもそうだろう。だがお互い、華音についてこれ以上の詮索はしなかった。これ以上すれば、何かよくないことが起きる。そんな感じがしたからだ。
華音は親も見つからない上に、DNAがおかしな結果をだす体、記憶喪失ときた。警察がこんな子供を放っておくわけがない。
それなのに、わざわざ余計な詮索をして華音を不安にさせようだなんて思わない。もちろん、検査して得られた情報は華音に対して秘密にしておく。
「華音はこれから、どうなるんだ?」
おやっさんに尋ねる。オレが唯一にして最も気にかけていることはそれだ。
「・・・体がおかしいってだけなら里親になってくれる人を探すとかだろうが、まだあいつには何かがある。刑事の勘、てやつかね。」
あんた刑事よりも十分偉い人だろ。
そんな会話をしていると、華音と由良さんが戻ってくる。
華音が鳴れない手で目の前のテーブルにカップを置いてくれた。
「華音ちゃん、がんばって入れくれたんですよ。」
と由良さんが話す。華音が入れたのか。まあ、インスタントだから誰が入れても一緒だろうけど。
でもせっかく華音がやってくれたんだ。その思いを無下にしてはダメだろう。
オレは大好きなココアを口に運んで──
思いっきり吹き出した。
ブウーーーー!とギャグ漫画のように水飛沫が宙を舞う。運よく誰にもかかりはしなかったが、オレはカップをテーブルに置いて、口を手で押さえる。何度も咳をした。
その様子を見て華音は驚愕している。おやっさんはコーヒーを飲む途中でオレがむせたもんだから驚いて固まっている。由良さんはオレが飲んだものを調べてくれた。
「・・・仲村さん、これ、コーヒーです・・・」
由良さんが青ざめた顔でおやっさんに報告する。これにはおやっさんも思わず苦笑い。
「え、どうしたんですか!?大丈夫ですか!?」
一人、状況が理解できない華音が困惑する。そんな華音におやっさんが説明してくれた。
「・・・あのな、嬢ちゃん。拓也は大のココア好きなんだが、逆に超が付くぐらいコーヒーが苦手な奴でもあるんだ。」
前にそのことについておやっさんから突っ込まれて克服しようとしたが、まったくの逆効果だった。カフェオレやモカとかも一滴すら喉に通らなくなってしまった。
「す、すみません龍騎さん!大丈夫ですか!?」
「ああ、大丈夫だ・・・もともと、においで気づかなかったオレが悪いんだし・・・」
そうは言うが、頭がくらくらする。吐き気もあるし、気持ち悪い。ここにいたらおやっさんとかにそのことを悟られて余計に華音を責めることになってしまうだろう。
今すぐにここから離れたい。
そんなオレの願いが通じたのか、部屋の電話機が鳴る。おやっさんが受話器を取った。
「・・・そうか、わかった。」
会話の途中でオレの方を見たからビーストがらみだと直感する。
「・・・拓也、ビーストが出た。場所は建設中のマンション、ここのすぐ近くだ。」
「・・・了解。」
とおそらく具合が悪そうな顔で答えたのだろう。おやっさんが小さくため息をついた。
「悪い華音、説明はおやっさんから聞いてくれ。」
悟られないよう、華音には少ししか顔を向けない。
「あ、はい。」
目を丸くした華音を置いて、オレは現場に向かった。
通報されたところにつくと、確かにビーストがいた。どうやら、周辺の住人は自分から避難してくれたみたいだ。
今度のは前のと比べて腕、脚などはあまり人間と変わらない。
だが、こいつは武装していた。つっても武器を一つ持ってるだけだが。
その武器は鞭。禍々しい色をしており、リーチが長い上に先端の破壊力は侮れない。
ビーストはその鞭で横に薙ぎ払ってきた。
「あっぶね!」
体を反らして躱す。その攻撃が鉄骨に当たり、鉄骨が折れ、上の部分がかなり吹っ飛ぶ。
「コノヤロ!」
一枚のカードを取り出し、スキャナーに読み込ませる。
──arrow──
オレの左手に前の剣と酷似した光の弓が出現する。
ビーストを狙って弦の部分を引く。すると、光の矢が装填された。右手を離す。
その矢はビーストに命中し、確実に効いていた。
鞭が届かない位置から矢を何発も放つ。いくつかは躱されたり、はじかれたりしたが、着実にダメージを与えていた。
激昂したビーストが距離を調整しまた鞭で横に薙ぎ払ってくる。
ジャンプして躱し、またもカードを読み込ませた。
──diffuse──
着地し、弓を持っている左手の拳をビーストの腹に叩き込んだ。
間髪いれず、弦を引いて離す。
すると、さっきまでは一発ずつだった矢が、何発もの小さな矢に分裂した。その代わりに射程が短くなったが、零距離からなら関係ない。
至近距離から拡散弾を喰らったビーストはその凄まじい威力に耐え切れず、自分が吹っ飛ばされたのを利用して逃走した。
「待てゴラァ!」
オレはバイクで追いかけた。
龍騎さんが行ってしまった後、取り残された私はヒデさんと由良さんの話を聞くことにした。
「説明するならまず、『能力者』の説明からだな。」
ヒデさんが自分の椅子から私の向かいにあるソファに腰かけた。
「能力者ってのは、文字通り能力を持った人間のことだ。」
そこからヒデさんの話をまとめると、こういうことだった。
ビーストとは、自分の能力が暴走して制御できなくなった能力者の姿。
大体の能力者は自発的に能力に目覚めるようで、能力者と長時間一緒にいても、能力者の影響を受けて能力に目覚めるみたい。
でも、その能力は扱い切れなかったら、能力の影響が精神にまで至り、暴走してビーストになる。
由良さんによると、暴走を止めるには、能力を取り出すか、能力を封印する必要があるけれど、能力を取り出すと、体に大きな負担がかかって、大抵は死んでしまうらしい。
だから龍騎さんはカードを使って封印している。らしい。詳しくは龍騎さん以外誰も知らないのだとか。
「しかもあいつらビーストは体が変化しててな・・・実弾がまるで効かねぇんだ。」
「え?でも、龍騎さんのキックは効いてましたよ?」
「ああ、どうやら、ビーストにはあいつと能力者の攻撃しか効かないみたいでな・・・能力者なら能力を使わずに生身で殴っても倒せた。だからビーストを倒すには能力者がやる必要があるってわけだ。」
龍騎さんはビーストが寄ってくる体質なんだっけ。確かにビースト退治なら龍騎さんがうってつけってことですか。
「でも、龍騎さんはよくあんなのと戦えますよね。ビーストってかなり怖いのに。」
「・・・あいつはそれ以外の選択肢なんてなかったんだよ。」
前もヒデさんから同じようなことを言われたような気がする。
でも、その発言に対して問いかけても、
「本人から聞け。」
としか答えてくれなかった。
・・・気のせいかな。バイクの音と悲鳴が聞こえる。
ヒデさんが窓の外を見ると、ため息をついて私のほうを向いた。
「お嬢ちゃん、ちょっと出かけてくる。」
そう言ってヒデさんは部屋を出て、下の階に行ってしまった。恐らく、周囲の人たちを避難させるためだと思う。
・・・龍騎さんに何かあったのかな。なんとなく、行かなきゃいけない気がした。
私が部屋から出ようとすると、由良さんに呼び止められた。
「あの子のところに行くの?邪魔になるだけだし、危険だから行っちゃだめよ。」
その言葉に私はこう返した。
「でも私、龍騎さんのところに行かなきゃいけない気がするんです!・・・よくわかりませんけど・・・」
そう言うと由良さんは目を丸くして、動きをほんの少しの間だけ止めた。でもそのあと、何かを確信したかのように微笑んだ。
「・・・わかったわ。行ってらっしゃい。」
「ありがとうございます!」
そうやって部屋を出ようとするも、またもや
「待って!」
と止められた。
「その『龍騎さん』はやめといたほうがいいわよ?他人行儀みたいだし、『拓也さん』のほうがいいと思う。」
「・・・?はい、わかりました・・・」
・・・他人行儀ってなんだろう。
私は曖昧な言葉を送り、龍騎さんのところに向かった。
逃げたビーストを追ってオレはバイクを走らせていた。
左手に持った弓はもう消えている。
道路を爆走するビーストはオレから逃げるのに必死で、さほど周りに被害は出していなかった。
ビーストはオレの方をちらりと見た後、ビルが立ち並び、警視庁に近い大通りに曲がった。オレもすぐに角を曲がったが、オレの目にビーストの姿はなかった。
その代わりに、こちらに突っ込んでくるものは、まるで人の臓器を模ったようなおぞましいものだった。
「ブッ!?」
それが顔に当たり、オレはバイクから吹っ飛ばされてしまった。操縦を失ったバイクは何メートルか進んでバランスを崩して倒れる。
オレが当たったのは、ビーストの鞭だった。
やられた。こんな古典的な待ち伏せ戦法に引っかかるなんて。
ビーストは空中にいるオレの足に鞭を巻き付けてきた。凄まじい力でグイッと引っ張られる。
そのままビーストは独楽のように回転することで、オレを周りのビルに激突させた。体中に強い激痛が走る。しかもさっきのコーヒーと回され続けているせいで、ものすごく気持ち悪い。今にも吐きそうだ。
吐き気と激痛に襲われて、意識が遠ざかっていく。そうしてる間にもオレは建物にぶつけられていた。
ビーストは止めと言わんばかりに鞭を天高く掲げ、一気に地面に叩き落した。鞭はしなるので、ビーストが鞭を落とすのと、オレが落ちるのは同時ではないが、それも時間の問題だ。
・・・こればっかりはもう無理かな。ああ、コーヒー飲んだ後になんか戦うんじゃなかった。
消えかけていく意識の中、オレはそっと瞼を閉じた。
視覚、味覚、嗅覚、触覚を断った今、聴覚が最後に残った感覚だった。
・・・何かがこっちにくる足音がする。息切れしていて、体力はもう残ってなさそうだ。
ハアハア、と息を切らしてこっちに何か叫んでいる。
「りゅ・・・・さ・・・・き・・・・・」
ダメだ。何て言ってるのか聞こえない。
それでもその人は、大きな声を張り上げて、オレの聴覚に語り掛けてきた。
「・・・・拓也さん!!」
その声で、オレが目を覚ますと同時に、腰のカードデッキから四枚のカードが光りながら浮かび上がり、そのカードがビーストの鞭を切り裂いた。
鞭が斬られたことにより、ある程度の自由を取り戻したオレは、無我夢中でオレの周りを回っているカードを一つとり、スキャンした。
──tornado──
・・・トルネード? オレはこんなカード持ってねぇぞ?
そのカードの効果が発動し、オレの落下地点に風が発生し、その風のおかげでゆっくりと着地ができた。
オレが地に降り立つと共に、残りの三枚もオレの手元に集まった。やはり、オレがまだ所持していなかったカードだ。
「・・・これが、華音の能力・・・・・?」
オレはビーストの向こうにいる華音を見る。華音は祈るような姿勢をとっており、光り輝いていた。だが、すぐに輝きは無くなり、華音は力尽きたのか、そのまま倒れてしまった。
「華音!」
華音を助けに行こうとしたが、おやっさんが華音を回収してくれた。そのままアイコンタクトで会話する。
そうだ、オレにはやるべきことがある。こいつを倒すことだ。
オレは、ビーストを睨み付けた。
突然の出来事に驚いていたビーストだったが、オレの視線に気づき、斬られた鞭の先端をいともたやすく修復した。即座にその鞭で攻撃を仕掛けてきた。すぐさまオレは二つのカードを機械に通す。
──blizzard──
──thunder──
スキャンし終わった後、オレはまたもや鞭で自由を奪われてしまった。今度は全身を雁字搦めにされてまるで身動きができない。
ビーストはまたオレを建物にぶつけるつもりのようだが、同じ手は二度と通用しない。ビーストがグイッと鞭を引っ張ると、オレの体は粉々に砕け散った。
「な、拓也!?」
おやっさんが驚嘆の声を上げた、その瞬間、ビーストに電撃が走った。この世のものとは思えない悲鳴があたりに響き渡る。おやっさんとビーストがオレを視界に入れたとき、すでにオレはビーストの懐に潜り込んで、鞭の根元を掴んでいた。
「そうか! さっきのは、ブリザードで作った、電撃のオマケ付きの体か!」
「おおおぉぉぉらあああぁぁぁぁ!!」
そのままビーストを上空へ放り投げた。それと同時に、相手の鞭を奪い取る。
これで相手は丸腰になり、そのまま落ちてくることしか出来なくなった。
「こいつで終わりだ!」
残った四枚めのカードに加え、もう一枚カードを取り出す。
──fire──
──punch──
二枚同時にカードをスキャンしたので、新しい電子音声が流れた。
──straight flame──
オレの右手が炎を纏い、かなりの力が右手に集まってくる。ビーストが落ちてくるまでオレは力をため続けた。オレの目が光る。
哀れな化け物が空から降ってくる絶好のタイミングで、そいつの腹に強力なストレートパンチを叩き込む。その攻撃を受け、異形の怪物は地に伏せた。
──limit──
無地のカードを投げ、ビーストをもとの姿に戻した。帰ってきたカードには、whipと書かれている。
戦いが終わり、周りにはいくらかえぐれた建物が複数あった。がれきがそこら中に転がっている。
さあ、片付けの時間か。
──revival──
オレがそのカードをスキャンし、適当ながれきに触れると、無数にあるがれきが浮かび上がり、元の位置に戻っていった。建物が何事もなかったかのように佇んでいる。
リバイバル──復活とか回復の意味を持つそのカードの効果は、周囲の傷ついたものを元に戻すというものだ。あくまで元に戻すだけだし、生物には効果がないが。
「・・・終わったな。」
おやっさんが駆け寄り、話しかけてくる。
「・・・華音は?」
「嬢ちゃんなら警視庁に送り届けた。今頃は由良が世話してくれてるだろうよ。」
よかった。今回はあいつに助けられたな。
オレとおやっさんは、警視庁に戻った。
オレがおやっさんの部屋に行った時には、華音はスヤスヤ寝ていた。体力の消耗が激しく、少し休ませないといけないのだとか。
なんにせよ、無事でよかった。
そう思いつつ、ココアを口に流し込む。ああ、やっぱりコーヒーよりココアだな。
「多分、拓也のカードに書き込んだせいだろうな。まさかそんなことができるやつがいたとはねぇ。」
・・・そう、あのカードにはリミットでしか書き込めない。だが華音にはそれができた。
ますます謎が増えていくな、華音のやつ。
「・・・それでだな、色々と考えた結果、嬢ちゃんをお前に預けることにした。」
ブゥっと吹き出す。・・・あれ、なんかデジャヴを感じるぞ。
オレは口を拭い、おやっさんに質問をぶつける。
「なんで!?」
「理由は二つある。まだ誰も引き取り手がいないってのと、嬢ちゃんの能力が理由だ。あの能力はお前の傍にいてこその能力だからな。」
・・・理にかなってる。これじゃ反論の余地がないな。
「まあ、お前は小五なのに結構な依頼金貰ってるから、経済的にも問題ねえだろ?」
それは問題ないが、女の子と男の子が二人暮らしってのはどうなんだろうか。
それに、華音に知らせたくないこともある。どうしたものか。
私が眠っていた間に、そんな話をしていたようで、色々と悩んだ挙句、仕方ないと言って、拓也さんは私を迎え入れてくれた。
今はもう午後の7時。すっかり辺りは暗くなっていた。
ヒデさんは私にバイクに乗るためのヘルメットをくれた。・・・ひょっとしてあの人、最初からこうするつもりだったんじゃあ・・・
「道理でおやっさんが華音にペラペラ話すと思った。」
拓也さんが前でバイクを運転しながら話しかけてくる。今私は、拓也さんにしがみついて、バイクに乗っていた。風が痛いぐらいに強い。
少しすると、キキッと音が鳴り、バイクが止まる。
「着いたぞ。」
そういって拓也さんはバイクから降りた。私も降りて拓也さんが見ている建物を見る。
そこには、『龍騎探偵事務所』と書かれた看板が立てられており、中々大きな家だった。
「拓也さん・・・これ・・・」
「・・・おやっさんがな、『警察と共に戦うのなら探偵だろ』って言って、勝手に人様の家を改造したんだよ。一夜で。オレが中で寝てる間に。」
あの人は本当に何者なんだろう。どう考えても人間業じゃないんですが。
「しかもおやっさん以外に家を変えられないつくりにしたから、取っ払おうとしても無理なんだよ。」
ハア、とため息をついて拓也さんは家の中に入った。私も後に続く。
「お、お邪魔します。」
「はいはい、そんなのはいいから。」
とはいっても、やっぱり緊張する。心臓の鼓動が体全体に響き渡っていた。
玄関からリビングに通され、『ちょっと待ってろ』と言われた。拓也さんは二階に行ってしまったようだ。
どうしようかな。他の部屋も覗いてみようかな。
リビングの隣にある和式の障子に手をかけて開く。
そこには、家具などは一つもなく、唯一あるのは仏壇だけだった。その仏壇に飾られている写真に、私は驚きを隠せなかった。その写真は二枚あり、きれいな女の人と、逞しい男の人が写っていた。
私はヒデさんの言葉を思い出した。
「・・・納得するしかないからな。あいつの場合・・・」
「・・・あいつはそれ以外の選択肢なんてなかったんだよ。」
そして目の前にある写真。私は直感した。
──拓也さんは、両親がいないんだ。
だから、ビーストと戦うしかなかった。そうでしか、お金が稼げないから。
そうでしか、生きられなかったから──
「・・・どこ行ったかと思えば、ここにいたのか。」
「ひゃい?!」
いつの間にか拓也さんが後ろにいた。やはり私にはあまり見せたくなかったのか、ため息をついた。
「・・・うちのことについて、後でゆっくり話してやるから、今日はもうさっさと寝るぞ。」
「は、はい。」
拓也さんは欠伸をしながらリビングへ歩き出した。私も後をついていく。
「あ、あのっ」
拓也さんの上着の裾を掴んで拓也さんを止めた。拓也さんはこっちに振り返った。
「これから、よろしくお願い致しますっ。」
拓也さんの顔を見て、緊張した声で話す。すると拓也さんは笑顔で応えてくれた
「ああ、よろしくな。」
その笑顔は、昼間の扉の光よりも眩しかった。