八話(最終話) 旅立ち
仙人と太郎は、農国の王である大領主に召喚され、
大領主の屋敷へ向かう途中の道を歩いていた。
「どうも嫌な予感がするのう。ワシの予感はよく当たるんじゃ。
太郎、ちょっとここで待っておれ。」
仙人は民家に寄り道し、住人から何かを分けてもらっているようだ。
しばらくして仙人が戻ってきた。
「待たせたな。それでは、招かれた屋敷に向かおうぞ。」
「師匠、何を貰ったんです?」
「米を何粒かじゃな。
これが必要な事態にならなければ良いがのう。」
仙人と太郎が屋敷にたどり着くと、大領主の家来によって
広大な中庭の中央付近に座らされた。
少し待つと、屋敷内から壺を持った大領主が出てきて、
二人の前に立った。
仙人と太郎は頭を下げた。
「これは大領主様。直々にお呼び出しとは光栄ですじゃ。」
「うむ。仙人よ、そなたの術は噂に聞いているぞ。」
大領主は壺を仙人の前に置き、話を続けた。
「なんでもそなたは、物の名前を組み変えて、
別の物を出現させるそうだな。」
「左様にございます。」
「この壺には、麒麟龍鳳凰鵺という名が付けられているのだ。
そなたはこの壺を分解し、麒麟、龍、鳳凰、鵺を
この世に出現させて見よ。」
仙人は横に首を振った。
「この壺に名をつけてから、まだ日が浅いのじゃろう。
言霊の力が弱すぎて、術を使うことは出来ぬのですじゃ。
せめて、名をつけてから、名が多数の人々に定着して
数百年は経過せねば、術に用いれる十分な言霊になるまい。」
大領主の顔がみるみる赤くなり、険しい顔つきになった。
「そなた、我に恥をかかせよったな!」
「お待ちくだされ。ご指定なさった四匹の怪物のうち、
二匹は別の方法で召喚できますじゃ。」
仙人は説得に必死だった。
「ただ、いくつかの物品が必要なのと、
制御できぬ大変危険な怪物なので、
充分な人数の兵士を準備なされよ。」
大領主の顔つきが穏やかになった。
「では必要な物品を申してみよ。」
「普通の籠と普通の鳥、そして時刻は夜が良いですじゃ。」
こうして籠と鳥が用意され、中庭に沢山の兵士が配置された。
一同は夜になるのを待った。
「予定の時刻だ。怪物を召喚してみよ。」
「それでは鵺から召喚して見せましょうぞ。」
仙人は唱えた。
「夜と鳥よ、合わさり鵺となれ!」
夜の闇が一斉に晴れ、空は昼のような明るさになった。
しかし太陽はどこにも姿がない。
空の変化と同時に、捕らわれていた鳥は、
異形の怪物に姿を変えた。
頭は猿、四肢は虎、毛むくじゃらの胴体と
蛇の尾を持つ怪物、鵺だ。
大領主は喜びながら合図した。
「矢を放て!怪物を捕らえよ!」
兵士たちは一斉に矢をつがえ、発射した。
鵺は大量の矢を浴びて、その命を落とした。
「天晴れだ。さあ、次のものを召喚せよ。」
「龍は一筋縄ではいきますまいぞ?
それでも良いというならやむなく召喚しますが。」
「はやくやるのだ。」
仙人は太郎に囁いた。
「ワシが術を唱える間に、お主は一目散に屋敷の外へ出るのじゃ。」
「そんな、師匠を置いてなど、」
「いいから言う通りにするんじゃ。分かったな?」
仙人は唱えた。
「崩れよ籠、そして竹、龍となれ!」
パッと籠が消え、一本の竹とその隣に巨大な龍が姿を現した。
太郎は屋敷の外に向かって走り出した。
大領主は命令した。
「矢を放て!」
龍は降りかかる矢の雨を物ともせず、兵士たちに火炎を浴びせた。
中庭に集まった兵士の三分の一ほどが焼死した。
龍は大領主を睨みつけると、大口を開けて噛み付こうとした。
「ひぇぇ、助けてくれぇ!」
「竹と龍よ、合わさり籠となれ!」
龍は大領主の頭を噛み砕く寸前で籠に変わり、
大領主は頭に籠を被った無様な様子でその場にへたり込んだ。
しばらくすると、大領主の青い顔が真っ赤に変わった。
「この我が、危うく食われそうになったではないか!
者ども、その仙人を殺せ!」
槍を持った兵士が仙人を取り囲み、
何本もの槍が仙人の体を貫いた。
太郎は振り返った。
「師匠ーっ!!」
「あの弟子もひっ捕らえよ!」
大領主は合図した。
太郎は再び前を向くと、全速力で逃げた。
「師匠、仇はいつか必ずとって見せます!」
飛んでくる矢を避けながら、太郎は屋敷の外に出た。
なんだか屋敷の方が騒がしいが、構っていられない。
太郎はひたすらに走った。
やがて走り疲れて、ふと後ろを振り向くと、
いままで走ってきた道が消え、代わりに石の壁が立ち塞がっていた。
驚いてしばらく見ていると、壁と壁の間にある曲がりくねった通路から
なんと仙人が飛び出してきた!
「師匠!なぜ生きておられるのですか?」
「説明は後じゃ。とにかく逃げるぞ。」
仙人と太郎は再び道を走った。
時おり、仙人は道に米粒を投げて唱えた。
「道路と米よ、混沌の果てに、迷路と首に変われ!」
すると土の道路から、曲がりくねった石の壁が見る間に生えた。
米を投げた場所には、仙人と瓜二つの生首が転がっている。
太郎が見た石の壁は、迷路だったのだ。
仙人と太郎は無事逃げおおせた。
「これからどうするんです?」
「そうじゃな、今の住処は知られておるし、
船を買って海の向こうの陸地まで逃げるかのう。」
何週間もかけて、二人は港に出た。
仙人は船長と思われる人物と交渉している。
「もし、小舟を譲ってくれるなら、鉛を金に変えてやるぞい。」
船長が小舟と大きな鉛の塊を部下に持ってこさせると、
仙人は唱えた。
「鉛と舟よ、混沌の果てに、金と船に変われ!」
小舟は大きくて立派な船に化けた。
鉛の塊は、輝く黄金の塊に変わっていた。
船長は大喜びで取り引きに応じた。
こうして仙人と太郎は船に乗って海に出た。
「しかし、師匠が槍に刺されたときは、
もう駄目かと思いましたよ。」
「実は、ワシは不老不死の術をその昔、
自身にかけておったのじゃ。」
仙人はその当時の事を説明した。
「病人二人、老人、死者を苦労して集めてな、
それぞれを正方形の隅に配置し、ワシは正方形の中央に
陣取るのじゃ。そうせんとワシに術がかからんでの。
そしてこう唱えるのじゃ。
『不健康、不健康、死体、老人よ、混沌の果てに
不老不死、健康、健康、体、人に変われ。』とな。
すると病人二人は病気が治り、ワシは不老不死となった訳じゃ。」
「そうすると、師匠は別に大領主から逃げる必要はなかったのでは?」
太郎が突っ込みを入れた。
「不老不死と言えど、苦痛は和らがん。
不老不死となって最も恐いのは拷問じゃよ。
それに、お主の事も心配じゃったのでな。」
「師匠、ありがとうございます。」
「お主の師匠として当然のことじゃ。
だが、お主も故郷を追われる事になったのはすまんかったのう。」
「気にすることではありませんよ。」
船はまだ見ぬ海の向こうの大陸目指して、
ゆっくりと二人を運んでいった。
その後、農国とその周辺の国々で仙人を見た者は誰もいない。




