七話 講義
仙人の住む山奥に流れる川で、太郎は釣りをしていた。
「よっと。」
ちっぽけな小魚が釣れた。
「こんなのじゃ腹の足しにならないな。」
太郎は川から離れると、土をたくさんかき集めた。
「あの術を試してみるか。」
太郎は術を唱えた。
「魚、土、土よ、合わさり鮭となれ!」
土の小山は消失し、小魚は二回りほど大きな鮭に変わった。
「私の術も少しは上達したかな。」
太郎は呟いた。
太郎が丸太小屋に帰ると、仙人は目をつむり瞑想していた。
「師匠、ただいま戻りました。」
仙人は目を見開いた。
「太郎か。今日も術の基礎的な本質を教えようぞ。」
「師匠、魚をさばくので少し待ってもらえませんか?」
太郎が鮭をさばいて干物になるよう加工している間、
仙人は黙って座っていた。
調理が終わると、仙人は再び口を開いた。
「では改めて。うすうす気づいておるとは思うが、
まず第一に、物事の名を分解、合成する際に、余りがあってはならん。
例えば、裸は田と木と衣偏に分けると、衣偏が余るじゃろ。
この状態では術は失敗し、発動せん。
第二に、物事の名を分解、合成する際に、送り仮名がついてはならん。
例えば、細いという字は糸と田に分解できそうじゃが、
『い』が余分なため、実際に術は発動せん。
この場合は、詳と細を組み合わせて詳細とし、更に葉を加えれば、
言葉、羊、糸、田に組み換えられるのじゃ。
どれ、ちょいと実践してみるかの。」
仙人は白紙と筆と墨を物置き場から持ってきて、
白紙に何やら、さらさらと書いた。
「この小屋内では狭い。外でやるぞい。
太郎、ついてくるのじゃ。」
小屋から十分に離れた場所に来ると、仙人は言った。
「ここでなら存分に術を発揮できるじゃろ。」
そして彼は細い枝を拾って、唱えた。
「崩れよ細、そして糸、田となれ!」
しばしの静寂が辺りを包んだ。
枝は何の変化もない。無論、糸や田んぼが出てきた訳でもない。
「やはりな。だが次の術は成功するぞい。」
仙人は先ほど、何か細々と書いた紙を取り出すと
地面に落ちていた葉っぱの上に紙を置いて唱えた。
「詳細と葉よ、混沌の果てに、言葉、羊、糸、田に変われ!」
細かい文章が書かれた紙が、唐突に白紙になった。
それと同時に、地面一帯が田んぼに変わり、
紙は泥水を吸って汚れた。
仙人の何か言う声と同時に、ぼちゃんと何かが水面に落ちる音がした。
見ると、太った羊が田んぼの泥に足を取られていた。
その隣には、毛糸玉が浮いている。
「太郎、この羊を捕まえるんじゃ。今夜はご馳走じゃ。」




