一話 木を植える
人を寄せ付けぬ険しく、木々が鬱蒼と茂る山。
その中腹を、革鎧と槍を装備した兵士が一人、黙々と登っていた。
「ここだ。」
兵士は思わず呟いた。
兵士の目の前には、小汚い丸太小屋がぽつりと立っていた。
戸の前に立ち、軽くノックして声を張り上げる。
「仙人殿はおられるか!」
少しの静寂ののち、小屋の戸がギィィとゆっくり開いた。
出迎えたのは、黒く長いあごひげと長い頭髪が一体となった
むさくるしい顔をした男だった。
茶色の皮でぐるぐる巻きにしたような小汚い服装。
それにでこぼこした長い杖をついている。
「ワシに何用かな?」
「おお、仙人殿!
大領主様からの頼みごとがありましてな。」
大領主とは、大国『農国』の国王である。
兵士は少し間をおいてから話を進めた。
「我が国の西端は、広大な範囲にわたる砂漠であることは
仙人殿もご存知かと思うが、
その砂漠からやってくる砂嵐が農業の敵でしてな。
ぜひ、仙人殿の力をお借りしてどうにかしてほしいのだ。」
黒髪の仙人は、少しの間なにやら考えていたが、
やがてこう言った。
「わかった。その地に赴こう。
下準備として、麻の布を二枚、もらえんかのう?」
仙人と兵士は山を下り、麻の布二枚を携えて
砂漠の端までやってきた。
仙人は麻の布の一枚を砂の上に置き、唱えた。
「崩れよ麻、して床、木となれ!」
砂漠の砂の上が一瞬にして、麻布で出来た床で覆われ、
その真ん中に一本の大きな木がそびえていた。
兵士は感嘆を漏らした。
「おお、これが噂に聞く、仙人の力か!」
仙人は木から少し離れた所に残った麻の布を置き、
先ほどと同じ文句を唱えた。
こうして砂漠に二本の木が立った。
仙人は別の文句を唱えた。
「木と木よ、合わさり林となれ!」
二本の木の周りに、十数本の木が林立して生えた。
仙人は更に唱えた。
「木、木、木よ、合わさり森となれ!」
現れた林の周りに、膨大な数の樹木が生え、
砂漠の一部は森と化した。
仙人は森の端まで歩いてはこの文句を繰り返し、
やがて砂漠は隅々まで森となった。
「これで当分の間は大丈夫じゃろう。」
仙人は言った。
「仙人殿、ご尽力大変感謝致します。」
兵士は深々と礼をして、その場を後にした。
「さて、ワシも住まいに戻ろうかのう。」
仙人は呟くと、険しい山の方角を向いた。




