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桜の駄菓子屋~呪い屋はじめました~

作者:

このお話は作者の妄想です。

登場する国・組織・人物はあまり関係ありません。

といいますか、私のイメージや偏見なんかが含まれていますので、難しいことは深く考えないで下さい。



 東京都江戸川区、その片隅に小さな駄菓子屋がきょを構えていた。


 どこか懐かしさを感じさせる軒先には、通行人が思わず二度見してしまう奇妙な立て札が下がっている。




 『呪い屋はじめました』




 だれもが首を傾げるキャッチフレーズを掲げた駄菓子屋(?)は、今日も変わらずに営業している。











 「いらっしゃいませ…って、なんだ、ユウ君か」




 『椎名しいなさくら』は、建てつけの悪くなった引き戸を開けて入ってきた人物を見て、気の抜けたような声を出した。

 それと同時に、作っていた営業スマイルを崩す。




 「なんだとはなんだ、失礼なやつだな」




 桜の幼馴染である『萩宮はぎみや優也ゆうや』は、あまりにも分かりやすい桜の態度に憮然とした表情を返す。




 「だって、お客さんかと思ったんだもん」



 「そりゃあ、悪かったな」




 優也は、近くにあった適当な駄菓子をいくつか掴んで、桜が突っ伏している机の上に置いた。



 それを見た桜はすぐさま姿勢を正す。




 「ありがとうございます! 合計で五百円になります!」



 「………現金なやつだな」




 あきれたような顔をしながら、優也は財布から五百円玉を出して桜に渡した。




 「まいどで~す」




 優也の言葉を気にすることなく、桜は上機嫌でお金を受け取る。






 「ところでさ、ちょっと聞きたいことがあんだけど」



 買ったばかりの駄菓子を食べながら、優也は桜に話しかける。




 「ふぁに?(なに?)」



 「………いや、なに俺が買った菓子をあたりまえのように食ってんだ」




 う○い棒を頬張る桜に、優也が当然の疑問を投げかける。




 「ふぁって、わふぁふぃのふぃふぇのもふぉふぁし(だって、私の店のものだし)」



 「待て、その理屈はおかしい!

 俺が買ったんだから、もう俺のものだろ!」



 「ん、ゴクッ―――まあまあ、細かいことは気にしなさんな」



 「細かいことって………はぁ、まあいい。

 で、話を戻すが、聞きたいことがある」



 「ふぁに?(なに?)」



 「………」




 今度はビッ○カツを咥える桜を見て、優也は無言で拳骨を振り下ろした。




 「うう、痛い」



 「当たり前だ。悪いことをすれば、普通の人なら心が痛くなる。

 よかったな。桜はまだ普通の人だったわけだ」




 優也は腕を組んで、よかったよかったと頷く。




 「違うよ!! 頭が痛いの! ユウ君が叩いたから!」




 桜は涙目になりながら優也に食ってかかる。




 「もう、これ以上私が小さくなったらどうするの?」




 桜は、高校二年生にしてはかなり小さい部類に入る。

 そんな桜は、自分の身長が少し縮んだのではないかと少し心配していた。




 「あれ? そういえば、かなり酷いこと言われてなかった?」



 「さて、今度こそ話を戻すけど―――」




 優也は、首を傾げる桜を無視するように無理やり話を戻した。




 「あの札はなんだ?」



 「え? ああ、そのままの意味だよ」



 「は? 本気で呪い屋なんて始めたの?

 そもそも呪い屋ってなんだよ?」



 「呪い屋は呪い屋だよ。

 憎いあの人や嫌いなこの人を痛い目に合わせたいっていう人が依頼に来るんだよ」



 「ふうん……………で、呪いなんて使えたのか?」




 優也の質問に桜の動きが止まる。




 「ん? えーっと……………あ、そう!

 一週間くらい前に、突然使えるようになったの!」



 「……………」



 「……………」




 二人の間になんとも言えない雰囲気が漂う。




 「ま、桜の奇行は今に始まったことじゃないからな」



 「し、失礼な! どこが奇行だっていうの!?」



 「このご時世に、呪いなんてオカルトものを信じている絶滅危惧種のような人間がどこに―――」



 「あの」




 突然聞こえてきた女性の声に、二人は驚いて振り無く。


 そこには、スーツを着た長身の女性が引き戸から顔を覗かせる格好で立っていた。




 「あ、お客さんですか? すみません、気が付かなくて」




 桜は、すぐに営業スマイルを浮かべて接客に移った。


 その変わり身の早さに、桜の隣では優也が肩を竦めている。




 「いえ、大丈夫ですよ」



 「えーと、でしたらどのようなご用件でしょうか?」




 女性は、少し躊躇ためらうような様子を見せたが、意を決したように桜を見た。




 「呪ってほしい人がいます」




 そう女性が告げた瞬間、桜と優也の顔には正反対の表情が浮かんでいた。


 桜はドヤ顔で中学のときより成長の兆しを見せない胸を張り、優也は苦虫を噛み潰したような顔で目を桜から目を逸らしていた。






 住居になっている駄菓子屋の奥で、桜と女性は向かい合うように座っていた。


 優也は午後から部活があるからと、すでに帰っている。




 「じゃあ、改めて―――ようこそ、桜の駄菓子屋へ。

 私がここの店主をしております、椎名桜と申します。

 以後、どうぞよしなにおねがいします」




 桜が正座をしたまま深く頭を下げる。

 そこには、一朝一夕で身に付くようなものではない気品と風格があった。



 女性は、桜の雰囲気がガラリと変わったことに少なくない驚きを覚えながらも、顔には出さないように頭を下げる。




 「ご丁寧にありがとうございます。

 わたしは、大山製菓株式会社に務めている『宮野みやの涼香すずか』という者です。

 こちらこそよろしくおねがいします」




 あいさつを終えた二人は、ほぼ同時に顔を上げた。




 「では、さっそく仕事の話をしましょう。

 詳しい話を聞かせてもらえますか?」



 「はい、もちろんです」




 涼香の話は比較的単純なものだった。


 涼香は二週間前まで付き合っていた男性がいた。

 しかし、結婚の約束までしていたその男性は、二週間前に涼香が管理していた会社の資料と共に姿を消した。必死にその行方を捜したが、見つかることはなかった。そして、涼香が次にその男性と会ったのは、ライバル会社と開いた合同会議での場のことだった。




 「なるほど………つまりその男性は、最初から宮野さんが持っていた会社の資料を狙って、宮野さんの恋人になったと」



 「最初はわたしも信じられませんでした。

 でも、その会議が終わったあとで、彼がわたしに言ったんです」




―感謝してるぜ

 俺がここまで出世できたのは、お前のおかげなんだからな




 膝の上で握り締められた涼香の手は、細かく震えていた。




 「盗まれた資料はどんなものですか?」



 「新しい商品の企画書と、わたしの会社が世界で初めて行うはずだった試みの計画書です」




 『大山製菓株式会社』

 一風変わった経営スタイルと外部に決して顔を見せない社長の手腕によって、製菓業界で常にトップの業績を誇る大手の会社だ。

 その会社の情報となればかなりの価値になるだろう。




 「最後の質問です。宮野さんは、だれからこの場所を聞きましたか?」



 「警察庁長官の山野辺やまのべさんが教えてくださいました。

 今回の件は、盗まれた証拠がないから事件として調査することはできないけど、ここに来ればどうにかなるかもしれないと」



 「そう、山爺ちゃんの紹介かぁ」




 涼香にここを紹介した人物を脳裏に浮かべて、桜は小さく呟いた。




 「椎名さん」




 桜の名前を呼んだ涼香は、額をたたみにこすり付けるようにして頭を下げた。

 世間一般で言う、土下座である。




 「騙されたわたしが馬鹿だったことは分かっています。

 今日初めて会った椎名さんに、こんなことを頼むのが筋違いであることも承知しています。

 ですが、このままでは長年一緒にやってきた会社の者たちに合わせる顔がありません。

 ―――どうか、わたしを助けて下さい!!」




 涼香は頭を下げ続けた。

 しかし、桜からの了承の声はない。



 ―いきなりこんなことを頼まれても、困ってしまうだけですよね

 やはり今回のことは、わたしが一人でどうにかしなければ―――



 そんな涼香の思考を遮るように、今まで黙っていた桜が急に声をかけてきた。




 「宮野さん」



 「は、はい」



 「実は、呪い屋を始めて最初のお客様が宮野さんなんです」



 「……………は、はあ、そうなのですか」




 突然なんの脈絡もない話をしだした桜に、涼香は気の抜けた返事をしてしまう。


 しかし、桜は別段それを気にするわけでもなく、微笑みながら話を続ける。




 「ですから、この依頼を断ってしまうと、呪い屋としての初めてのお客様を失ってしまいます」


 「そうなると、私の店の信頼も無くなってしまい、大変困ったことになりますねぇ」


 「どうしましょうか?」




 桜の言わんとすることを徐々に理解し始めたのか、涼香の表情に明るさが戻る。




 「で、では!」




 涼香は、身を前に乗り出すようにして尋ねる。




 「はい、この依頼しかと承りました」




 そんな涼香の様子に、桜は笑顔で依頼を受ける。

 その笑顔には、この人に任せれば大丈夫だと思わせる不思議な力があった。




 「ありがとう、ございます」




 涼香は、湧きあがってきた安心感に嗚咽を漏らしながらも、必死に感謝の意を述べた。
















 一人の男が社長室に続く廊下を早足で歩いていた。



 ―どういうことだ! どういうことだ!! どういうことなんだ!!!



 その男は酷く焦っていた。


 計画通りに資料を盗み出すことに成功し、約束されていたポストにつくことができた。

 男の人生は、全てがうまくいっていたはずだった。

 しかし、数日前に行われた社内会議以来、その歯車が徐々に狂い始めた。



 その会議で、男は盗んだ資料に書かれていた内容を自分が考えたものとしてプレゼンするはずだった。

 だが、突然の停電に会議は一時中断され、しばらくして電気が復旧したときには男のパソコンに盗んだ資料のデータは残されていなかった。

 停電になっただけで、バックアップまで残しておいたデータの全てが消えていたのだ。

 あきらかに異常なことだったが、その原因を考えている時間はなかった。


 男は急いで家に帰り、紙媒体として保存していた資料を取りにいこうとした。

 しかし、家に着いた男を待っていたのは、つい先日購入したばかりの一軒家が真っ赤に燃え上がる姿だった。

 すでに消防隊が駆けつけており全焼は免れたものの、資料は当然のことながら灰になっていた。

 結局その日の会議は中止となり、男は信用を失くしてしまった。


 それでも男は諦めず、自分の記憶を頼りに資料の作成を続けた。

 だが、それも社長からの電話によって無駄になる。


 ―君が主体となって行うはずだった事業だが、あの話はなくなった


 突然のことに動揺している男を残し、それだけ告げると電話は切れてしまった。

 しばらくして我を取り戻した男は、当然そのことに納得できるはずもなく、社長室へと足を運んでいるところだった。






 「社長!! なくなったとは、どういうことですか!?」




 扉をノックすることもなく乱暴に開けた男は、社長室に入るなり怒鳴り声をあげた。


 その後ろでは、男を止めきれなかった秘書が所在なさげに立っている。



 部屋の中では、社長と呼ばれた小太りの男が額に汗を浮かべて、落ち着きなく部屋の中を歩き回っていた。




 「どういうこともなにもあるか!! こっちはそれどころじゃないんだ!!」




 唾を飛ばしながら叫ぶ社長の声には、隠しきれないほどの焦燥しょうそうが含まれていた。



 その尋常ではない社長の様子に、興奮していたはずの男の頭は冷えていく。




 「な、なにかあったのですか?」



 「ああ、あったとも。

 君が盗ん、いや、発案した事業のスポンサーをしてくれるはずだった海外の企業家たちが、投資はできないと連絡をしてきた」



 「な!? それでも、今回の試みに興味を持ってくれた海外の企業家は二十人はいたはずです!!」



 「そうだ!! その全員から今回の件からは手を引くという連絡があった!!」



 「………そ、そんな…どうして………」




 呆然とする男を尻目に、社長は疲弊しきった表情で椅子に腰を下ろした。




 「それともう一つ」



 「………まだ、なにか?」




 これ以上悪いことがあるのかと、男が恐る恐る尋ねる。




 「………脱税と不正取引をネタに脅しをかけてきた者がいる」



 「………一体、だれが?」



 「わからん。だが、確実な証拠となる情報を相手が掴んでいることは確かだ」



 「………」




 あまりのことに、男は二の句が告げなかった。




 「そういうわけで、今は忙しい。

 お前の話を聞いている暇はない」




 頭を抱える社長に、男は一礼だけすると扉に向かった。




 「お前は、を敵に回した?」




 退出する直前に社長の声が聞こえたが、その答えを知らない男は何も言わずに出ていった。






 男は夜の街をあてもなく彷徨っていた。


 頭の中には、「どうして」「なぜ」といった疑問ばかりが占めている。


 数日前までは、男の思い通りに事が進んでいた。

 しかし、今ではただ転がり落ちていくだけだ。



 苦労して手に入れた資料を失い。

 購入したばかりの家を失い。

 そして、勤める会社まで失おうとしている。



 ―どうして俺がこんな目に合わなくちゃいけないだ!

 なんで………そうだ……あいつだ、あいつが悪い、あの女がすべて悪いんだ!

 今回のことだって、あの女が逆恨みしてやったに違いない!

 ………復讐………そうだ、俺にはその権利がある

 あの女に思い知らせてやる! 復讐してやる!!



 絶望に沈む男の思考は、おかしな方向に進み始める。



 人はそれを逆恨み・・・と言う。
















 「いらっしゃいませ~」




 引き戸が開く音に反射的に答えた桜は、入ってきた人物を見て態度を改めた。




 「これは失礼しました。

 ようこそいらっしゃいました、宮野さん」




 桜は手を体の前に揃えて、丁寧にお辞儀をする。




 「………ええ」




 しかし、涼香は難しい顔をしたままその場から動こうとしない。



 桜は、そんな涼香の様子を眺めると苦笑を零した。




 「どうやら色々と聴きたいことがあるみたいですね。

 どうぞ、奥で話しましょう」











 桜と涼香は、前と同じように一つの円卓を挟んで座っていた。




 「ずずずずず………ふぅ……………」




 桜は、自分で淹れたお茶を飲んでいた。




 「彼が捕まりました」




 涼香は、お茶に手をつけることもなく話を切り出した。




 「灯油の入ったポリタンクを持って、大山製菓の本社ビルの前をうろついていたところを偶然・・付近を巡回していた警察官が捕まえたそうです」




 桜はなにも言わずに、湯呑みの水面を見つめている。




 「念のためにと、わたしも警察署に呼ばれました。

 そのときに色々と話を聞かせてもらったのですが、どうやらわたしの会社を放火するつもりだったらしいです」



 「それは危なかったですね」



 「それで、その動機が不思議なものでして、最近彼の身の回りでは不運な出来事が続いているらしいんです」




 茶菓子に手を伸ばしていた桜の動きが止まる。




 「盗んだ資料のデータはパソコンから消えて、家は原因不明の火事になり、海外のスポンサーは掌を返したかのように離れていき、会社は脱税や不正取引で脅迫される。

 その全てがわたしのせいだと言っていたそうです。

 もちろん、そんな戯言ざれごとを警察が信じるはずもなく、逆恨みによる放火未遂ということで処理されるそうです」




 桜の目は、涼香に向けられている。




 「どんな手を使ったのかは分かりませんが、椎名さんには感謝しています。

 これでわたしの会社は、堂々と新プロジェクトに着手できます。

 本当に、ありがとうございました」




 その目をしっかりと見返した涼香は、深く頭を下げた。

 しかし次の瞬間には、涼香は桜の姿を視界に収めていた。




 「ですが、それでもわたしは一つだけ訊いておきたい。

 貴方は―――何者ですか?」




 その瞳には、強い意思の光が宿っている。




 「そんな、何者だなんて訊かれるほどの者じゃありませんよ。

 駄菓子屋と呪い屋の店主をしている一介の高校生です。

 今回は私のかけた呪いが―――」



 「ああ、そうでした。

 警視庁長官から伝言を預かっています」




―ほっほっほ、今回も桜ちゃんの読み通りじゃったのう

 やはり桜ちゃんには、警察官としての素質があるようじゃ

 どうじゃ、今からでも警察官にならんか?

 将来的には、息子の補佐をしてくれると嬉しいのう

 じゃ、いつでもメールを待っておるぞ




 「だそうです」




 涼香は、ボイスレコーダーのスイッチを切った。



 あまりにも予想外の展開に、桜の背筋には冷や汗が流れている。




 「…いや……えっと………今回は、宮野さんに危険が及ぶかもしれないと思ったので、その、メール友達の山野辺さんに助けてもらっただけですよ」



 「警視庁長官とメル友ですか?

 それにしては椎名さんのことを大変高く評価していたみたいですけど?」



 「そ、それは……………とにかく、私は宮野さんの会社の近辺を警察官に巡回させるようにお願いしただけですよ」




 桜は無理やり話を変える。




 「では、パソコンからデータが消えたことについては?」



 「ですから、それこそ私の呪いで―――」




 リリリリリン リリリリリン リリリリリン




 部屋の隅に置かれた黒電話が着信を告げた。




 「ちょ、ちょっと失礼します」




 涼香に了承してもらうと、桜は急いで受話器を取った。




 「もしもし? あ、なんだ君たちかぁ。

 うん、今回はありがとう。本当に助かったよ。

 え? データ? ああ、宮野さんの会社にはバックアップが残っているみたいだから、消しちゃっていいよ。

 ハッキングの痕跡なんか残ってないでしょ?

 あはははは、もちろん君たちの腕は信じてるよ。

 うん、うん、そうだね。今度お礼にインドで開発されたばかりのスパコンの設計図でも送るよ。

 うん、それじゃあね」




 受話器を置いた振り返った桜は、涼香の姿を見て固まった。

 その顔は口ほどにものを言っていた。すっかり忘れていたと―――




 「………で、でも、会社を脅しているのは私じゃ―――」




 桜が弁解しようとしたとき、駄菓子屋の引き戸を開く音が聞こえ、ドタドタと複数の足音が近づいてきた。

 そして、そのまま部屋になだれ込むようにして入ってきたのは、明らかに堅気の人間ではない雰囲気を放つ男たちだった。



 突然の来訪者に怯む涼香をよそに、桜は軽い調子で彼らに話しかけた。




 「おお! 顔を合わせるのは久しぶりだねぇ。元気してた?」




 自分よりも年上、それも警察のお世話になりそうな相手に対して、あまりにもフランクな態度で接する桜に、涼香は驚いた。



 ―でも、そんな態度をとってただで済むはずがない

 やっぱり、ここは警察に通報したほうが―――



 涼香の手がポケットの中の携帯に触れる。



 しかし、桜に話かけられた男たちの行動は、涼香の予想を上回るものだった。




 「「「はい!! ご無沙汰しております、姉御!!!」」」




 男たちは、腰を九十度に曲げて一斉に桜に頭を下げた。



 涼香は、口をポカンと開けてその光景を見ていた。




 「ところで、君たちがいるってことは―――」



 「久しぶりだな、桜譲」



 「やっぱり、高さんか」




 桜が高さんと呼んだ相手は、黒いスーツを着たガタイのいい男だった。

 その目つきは鋭く、人の上に立つ者の風格が漂っている。


 『高杉たかすぎ健悟けんご

 関東一帯を牛耳る極道『高杉組』の組長である。

 その影響力は計り知れないもので、芸能界や政界にも顔がきく。

 また、冷酷・冷徹・冷血と噂されるほどに恐れられる男で、間違っても駄菓子屋に来るような人物ではなかった。




 「近くを通りかかったもんだから、久しぶりに顔でも見ていこうかと思ってな」



 「そっかぁ、ちょくちょく家には遊びにいってるけど、高さんは忙しくて会えないからねぇ」



 「そうだな。息子からよく桜譲の話を聞かされる」




 健悟を知る裏世界の者がこの場にいれば、夢から覚めようとその辺の壁に頭を叩きつけていただろう。


 関東一の極道の組長と駄菓子屋の女子高校生が対等に会話をしている光景は、それほどまでに破壊力があった。




 「ああ、そうだ。今回は面倒なことを頼んで悪かったね」



 「いや、いいさ。そのおかげこっちもそれなりに儲けたからな」




 健悟は不敵な笑みを浮かべる。

 それを見た桜の顔にも怪しげな笑みが浮かぶ。




 「ふうん、いくら?」




 健悟は右手を広げてみせる。


 それが意味するものを桜は読みとった。




 「五億かぁ、またずいぶんと絞り取ったね」



 「ああ、なかなかにいい商売だった。桜譲には感謝すらしてる。

 今度飯でも奢ってやるから楽しみにしておけ」



 「うん、高さんも時間があればいつでも遊びにきてね」




 桜と不穏なやり取りをした健悟は、部下を引き連れて颯爽さっそうと去っていった。



 そして、またもや涼香の存在を忘れていた桜は、彫像のように動かなくなった涼香を見て頭を抱えた。






 「ほ、ほら、脅していたのは私じゃなかったでしょ?」



 「海外のスポンサーがいなくなったのも、椎名さんが原因ですね」




 なんとか回復した涼香の言葉は、もはや断定だった。




 「原因だなんて失礼な! 私はただ―――」



 ~~~~~♪




 桜の携帯から、なぜかポケモ○センターのBGMが流れる。




 「………」




 涼香は無言で電話に出るように促す。



 桜は、覚悟を決めたようにディスプレイに表示されている通話相手の名前を見ると、英語・・で電話に出た。




 『もしもし?

 うん、もう完璧だったよ! ありがとう!

 そうだね、今度お礼に……………て、お礼に結婚はおかしいでしょ!?

 ちょっと我儘言わないでよ、夏休み中にはそっちに遊びに行くから。

 いや、まだ高校生だし、永住するつもりはないよ!?

 え? 卒業後? 気が早いと思うけど………

 ほら、もう切るよ、じゃあね!』




 まだ電話越しに声が聞こえていたが、桜は無視して電話を切った。




 「なんのお礼に結婚なさるのですか?」



 「いや、しないから! あ………英語…分かるんだ?」



 「まあ、それなりには」




 桜は失敗したという顔をする。

 どうやら、英語なら涼香には分からないと思っていたようだ。




 「さて、大方の事情は把握できました。

 なぜ椎名さんにこれほどまでの人脈があるのかは分かりませんが、まあいいです。

 で、報酬の話ですが―――」



 「報酬?」




 桜が首を傾げる。




 「はい、これだけのことをしてもらったのです。

 こちらもできるかぎりのものは用意したいと思います」



 「うーん、報酬かぁ。そうだなぁ」




 桜は腕を組んで考える。




 「そうだね、これだけ知られちゃったし問題はないかな、それに………」




 ブツブツと呟く桜は、なにかを思案しているようだった。




 「よし! 決まったよ!」




 しばらくして、桜は報酬を決めたようだった。




 「涼香さん、私と友達になろう!!」



 「はい?」




 内心どんな報酬を求められるのだろうかと思っていた涼香は、桜の予想外な言葉に自分の耳を疑った。




 「だから、友達になろうよ!」



 「えっと、それは、またどうして―――」



 「だって、大山製菓の社長さんと友達になっておけば、おいしいお菓子が貰えるかもしれないでしょ」



 「………やはり知っていましたか」




 桜が自分のことを知っていることに、桜はそこまで驚きはしなかった。

 むしろ、あれほどのことができて、自分のことを調べられないほうがおかしいとさえ思った。




 「で、どうするの?」




 いつの間にか涼香に対する呼び方が変わっており、態度もかなり砕けている。

 恐らく、これが本来の桜の姿なのだろう。

 そこに大山製菓の社長に対する媚やへつらいはなかった。

 そしてなにより―――



 ―友達になろうなんて言われたのは、いつ以来かしら?



 自分を対等の存在として見てくれる桜に、涼香はすでに惹かれていた。




 「そうね、友達になりましょうか」






 この日、宮野涼香は、後に生涯で一番の親友と呼ぶまでになる高校生の友達を得た。


 そして、大山製菓の新事業は見事大成功を収め、より巨大な会社へと成長していく。

 また、同時に新しい駄菓子の開発も行い、子供から年配の方にまで親しまれる商品を世に送り出した。


 その商品が最も早く店頭に並んだ店が、江戸川区の片隅にある駄菓子屋だとはだれも知らない。














 駄菓子屋からの帰り道、涼香はふと思い出す。




 「あれ? そういえば、火事はだれが起こしたのかしら?」




 結局、詳しい調査を行っても火事の原因は分からなかった。

 その事件は、製菓業界の二大企業とまで言われていた内の一つが倒産するという大事件によって、人々の記憶からすぐに消えていった。






 「ほら、だから最初から言ってるでしょ」




 ―――呪い屋はじめました―――







最後まで読んで頂きありがとうございます。

このお話ジャンルは恋愛なのですが、恋愛要素ありませんね。

ファンタジーではないし、コメディでもないし、文学ほど堅くはないしと悩みまくりでした。

この短編には、主人公が人脈を築くまでの過程やその後のお話なんかもあり、そこで恋愛が絡んでくる…と思います。

本格的に恋愛が絡んでくるのはかなり先になりますが、この短編がそこそこ読まれれば、他のお話も上げていきたいです。


では、今後ともよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 人脈や恋愛とても気になります。続きを読める日を楽しみに待ってますのでお願いしますm(__)m
[良い点] ほんわかするお話で好きです。 [気になる点] 二箇所ルビが凄いことになっていることと スペースを行間に入れすぎてて読みにくい点が気になりました。
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