夜の窓
秋の午後は、ゆっくりと夜へと移ろい、長く伸びた光の影を床や棚に残していました。
ハルは机の上にちょこんと座り、落ち葉が舞う床や棚の影を見つめます。
夏の光の中で跳ね回っていたナツは、昼間はまだかすかに跳ねていましたが、午後が深まるにつれ、少しずつ力を抜いていきました。
「ナツ……だいじょうぶ?」
ハルが小さな声で尋ねると、ナツはふらりと体を揺らしながら、ゆっくりとうなずきます。
「うん……ただ……ちょっと、ね」
その声は、夏の頃の弾むような元気さを失い、弱く、かすかに響きます。
机の上の光の中で、ナツは小さく揺れ、風に舞うほこりのように淡く見えました。
ハルは初めて、本当に「いなくなる」ということを考えました。
夏の光の中で跳ね回り、落ち葉の上を走り回ったナツが、今この光の中で少しずつ消えていく。
その現実が胸の奥にずしりと重くのしかかります。
ツユもくぼみから顔を出し、静かにナツを見つめています。
いつもは穏やかで落ち着いた瞳が、今は少し大きく見開かれ、光を追いながら心配そうに揺れています。
ハルはそっと手を伸ばしました。
でも届かない距離で、ナツは揺れるばかり。
光の影に溶けていく小さな体を見つめるハルの胸は、ぎゅっと締め付けられます。
(ナツ……ほんとうに消えちゃう……)
初めて味わう悲しみが、胸の奥にじんわり広がりました。
夏の光、落ち葉、風。
すべてが、ナツと一緒にあった景色だったのです。
それらは今、静かに離れていくように感じられます。
ナツは弱々しく、でも穏やかに笑いました。
小さな声で、けれど確かに言います。
「ありがとう、ハル……ツユ……また、会おうね」
光の中で、その言葉は風に乗り、机や床に散らばった落ち葉とともに揺れました。
ハルは目に涙をため、息を詰めながらナツを見つめます。
しばらくして、ナツは静かに、ふわりと光の中から消えてしまいました。
夏の光や、落ち葉の思い出だけが、そっと廃屋の中に残ります。
ハルは体を震わせながら机に手をつき、涙をこぼしました。
頬を伝って落ちる涙は、床のほこりや落ち葉に触れて、さらさらと小さな音を立てます。
でも、胸の奥には、小さな温かい光も残っていました。
(ナツはいなくなったけど……)
そう、ナツが残した光、笑顔、跳ね回った楽しさ。
それらは確かにハルの中に刻まれています。
悲しいけれど、その光は消えず、胸の中でそっと輝き続けているのです。
ハルはそっと窓の外を見上げました。
夜の空は深い青に染まり、丸い月が静かに浮かんでいます。
柔らかい月光が廃屋の床や棚に落ち、長く優しい影を作り出しました。
外の風が窓から入り、机の上のほこりや落ち葉をゆらします。
ふわり、ふわり。
舞い上がる小さな粒たちは、ナツの残した声のように、耳の奥でかすかに響くようでした。
ハルは胸に手を当てました。
(悲しい……でも、ナツの光はまだここにある……)
ツユもくぼみの中で静かに頷きます。
胸の奥には、小さな痛みと共に、ナツがくれた安心感があります。
消えることは悲しいけれど、思い出は残る。
ナツの笑顔は、今もここにある。
その確かさに、少しだけ心が落ち着きました。
廃屋の中は静かで、夜の光がゆっくり差し込み、夏から秋への移ろいを告げます。
ハルは机の上に手を置き、月をじっと見上げました。
深い青の空、遠くの星、風に揺れる落ち葉。
すべてが、ナツと過ごした日々の証のように感じられます。
ハルは小さくつぶやきました。
「ナツ……ありがとう……」
胸の奥に広がる悲しみは、まだ消えてはいません。
でもその悲しみの中に、ナツの笑顔や光が混ざり合い、やさしい余韻を残しています。
夜の窓の外では、月の光が柔らかく廃屋を包み込みます。
机の上のほこりや落ち葉は、風に揺れながら、ゆっくりと光の中で舞っています。
小さなウイルスたちは、悲しみを抱きながらも、静かに時間を刻み続けました。
ナツはいなくなったけれど、その光は今も、確かに廃屋の中で揺れているのです。
風に乗って、光は床のほうまで広がり、机や棚、窓辺のほこりと混ざり合い、まるで小さな星座を作るかのように輝いていました。
ハルはその光の中で、小さくうなずきました。
ナツの光も思い出も、ずっとここにある。
それだけで、胸の奥は少し落ち着きを取り戻していました。
秋の夜は、長く、深く、静かに廃屋を包み込みます。
ハルは静かに目を閉じ、夏の光とナツの笑顔を胸の中で抱きしめました。




