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夕焼けの約束

 夏の長い昼がゆっくりと終わろうとしていました。

 屋根の穴から差し込んでいたまぶしい光は、いつのまにか色を変え、やわらかなオレンジ色になっています。

 古い廃屋の中では、その光が机や棚や壁のひびに触れて、じんわりと温かな色を広げていました。

 古い木の机の上では、ほこりがふわり、ふわりと舞っています。

 光に照らされたそのほこりは、小さな星のようにきらきらと輝き、静かな空気の中でゆっくり踊っていました。

 ハルは机の上に座り、光の柱を見上げていました。

 ほこりたちが光の中でゆっくり回るのを見ていると、胸の奥がぽっと温かくなります。

 でも同時に、なぜか少しだけ、胸の奥がきゅっとなるような気持ちもありました。

 その横で、ナツは今日も元気いっぱいでした。

「それっ!」

 ぴょん、と机の端から端まで飛び跳ねます。

 またぴょん、と跳び、くるりと回ります。

 ナツの体が夕焼けの光に当たるたび、オレンジ色の光がはじけて、小さな火花のようにきらめきました。

 ツユは机のくぼみの中で、丸くなって休んでいます。

 湿ったその場所は、ツユにとっていちばん落ち着く場所でした。

 光が少し弱くなると、ほこりの動きもゆっくりになります。

 風がすこし吹くと、またふわっと舞い上がります。

 ツユはその様子を見ながら、静かに体を揺らしていました。


 そのときでした。

「ねえ、ハル」

 ナツが呼びました。

 いつもの元気いっぱいの声ではなく、少し落ち着いた声でした。

「なあに?」

 ハルが振り向くと、ナツは窓の方を見つめていました。

 壊れた窓の向こうでは、空が赤く染まっています。

 夕焼けが広がり、遠くの山のかたちがぼんやりと影になっていました。

 屋根の影は長く伸び、床の上をゆらゆらと揺れています。

 ナツはその景色を、じっと見つめていました。

「もうすぐ……季節は変わるんだ」

 ナツは静かに言いました。

 その言葉を聞いた瞬間、ハルの胸がきゅっと締めつけられました。

 まだ暑いのに。

 まだ光はこんなに温かいのに。

 夏は終わってしまうの?

 ハルは小さな声で聞きました。

「季節が変わるって……なに?」

 ナツはしばらく空を見ていました。

 夕焼けはだんだん深い色に変わっていきます。

「夏はね」

 ナツはゆっくり言いました。

「とても短いんだ」

 風が窓から入りました。

 光の中で、ほこりがまたふわりと舞い上がります。

「元気で、まぶしくて、暑くて……でも、あっという間に終わっちゃう」

 ナツは少しだけ笑いました。

「この家の光も、今日みたいなのは、もしかしたら最後かもしれない」

 ハルは目を丸くしました。

 机の上のオレンジ色の光。

 ほこりの星。

 ナツのきらきらした体。

 それが、もう見られなくなるかもしれない。

 そう思うと、胸の奥が少し痛くなりました。

「でも……ぼく……」

 ハルは言葉を探しました。

 まだ、この光の中にいたい。

 ナツとツユと一緒に、ずっと遊んでいたい。

 この夏が終わらなければいいのに。

 そんな気持ちで胸がいっぱいでした。

 そのとき、ナツがやさしく言いました。

「大丈夫だよ、ハル」

 ナツは振り向き、にこっと笑いました。

 その笑顔は、夏の太陽のように明るくて、

 でも、夕焼けみたいに少しやさしい光を持っていました。

「別れは少し寂しいけどね」

 ナツは言いました。

「必ず、新しい季節が来るんだ」

 ハルはその言葉を聞きながら、静かにうなずきました。

 胸の奥で、小さな光がぽっと灯るような気がしました。


 終わることは、少し怖い。

 でも、そのあとにはまた何かが始まる。

 ナツはそれを知っているみたいでした。

 ナツはまた窓の外を見ました。

「だからね」

 ナツは言いました。

「今のうちに約束しておこう」

「約束?」

 ハルはびっくりしました。

 ナツの目は、夕焼けの光を映して、きらりと光っていました。

「夏が終わっても」

 ナツは言いました。

「また会おう」

 夕焼けの光がナツの体を包み込み、オレンジ色の輪をつくりました。

 ハルはその姿を見ながら、小さくうなずきました。

「うん……」

 胸の奥がじんわり温かくなります。

 少し寂しいけれど、不思議と安心する気持ちもありました。

 そのとき、外から風が入りました。

 ふわあっと、ほこりたちが光の中で舞い上がります。

 オレンジ色の星屑が空いっぱいに広がったようでした。

「わあ!」

 ナツはぴょんと跳びました。

 くるくる回りながら、風に乗って踊ります。

「光も風も、夏のプレゼントだね!」

 ハルはその姿を見て、静かに目を細めました。


 光の温かさ。

 風のひんやりした感じ。

 ほこりが舞う小さな音。


 それは、今この瞬間にしかない景色でした。


 くぼみの中から、ツユが顔を出しました。

「夏は終わるけど……」

 ツユはゆっくり言いました。

「また春も、夏も、秋も、冬も来るんだね」

 ハルはうなずきました。


 胸の中には、少しの寂しさと、小さな約束が残っていました。


 光はだんだん赤から紫へ変わり、廃屋の中はゆっくり夕闇に包まれていきます。

 夏の終わり。

 そして、次の季節のはじまり。

 小さなウイルスたちは、胸の奥に約束をしまいながら、今日という日を、そっと抱きしめました。


 夕焼けの光は、長く、やさしく、廃屋の中を静かに染めていました。

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