風の通り道
夏の朝は、明るく始まります。
屋根の穴から落ちる光は、まっすぐ机の上を照らしていました。
光は白く強く、木の表面をじりじり温めています。
ハルは机の上で、静かに光を見ていました。
光の中では、ほこりがくるくる回っています。
まるで小さな星の群れのようでした。
その横で、ナツが元気よく跳ねています。
「今日もいい天気!」
ナツは光の柱の中をくるくる回りました。
「光がいっぱいだ!」
ハルは少し笑いました。
「ナツはほんとに元気だね」
「だって夏だもん!」
ナツは胸を張りました。
机のくぼみの影では、ツユが休んでいました。
「今日は風が強そう……」
ツユは窓の方を見ていました。
割れた窓の外では、木の葉が揺れています。
さわさわという音が、遠くから聞こえてきました。
しばらくして。
ひゅう。
風が家の中へ入りました。
軽い風です。
机の上のほこりが、ふわりと浮き上がりました。
ナツは楽しそうに言いました。
「風だ!」
でも。
その次の瞬間でした。
ごうっ。
強い風が、窓から吹き込んできました。
「わっ!」
ハルは体を低くしました。
机の上のほこりが、一気に舞い上がります。
そして。
ハルの体も、ふわりと浮きました。
「え?」
次の瞬間。
風はさらに強くなりました。
ごううう。
机の上の空気が動きます。
「ハル!」
ツユの声が聞こえました。
でも、もう遅かったのです。
ハルの体は風に乗って、空へ持ち上げられました。
机の上が遠くなります。
ツユとナツが小さく見えました。
「うわああ……!」
ハルはくるくる回りながら飛んでいきました。
風は廃屋の中をまっすぐ通り抜けています。
壊れた窓から入って、反対側の壁のすきまへ向かっていました。
その道は、まるで見えない川のようでした。
ハルはその流れに乗っています。
机。
椅子。
古い棚。
いろんなものが下に見えました。
(こんなに広いんだ)
ハルは驚きました。
いつもいる机の場所しか知らなかったからです。
でも家の中には、まだまだたくさんの場所がありました。
古い椅子の下。
暗い棚の影。
遠くの壁のひび。
風はどんどん進みます。
ハルも一緒に運ばれていきました。
途中で、ナツの声が聞こえました。
「ハルー!」
ハルは振り向きました。
ナツも風に乗って飛んできています。
「すごいだろ!」
ナツは楽しそうでした。
「風の通り道だ!」
「通り道?」
ハルは聞きました。
「うん!」
ナツはくるくる回りながら言いました。
「この家、風が通るんだよ!」
そのとき。
風は大きく曲がりました。
壊れた棚のすきまを通り抜けます。
そこは暗くて、ひんやりした場所でした。
床には古い紙が散らばっています。
その上を、風がさらさらと走りました。
ハルは初めて見る景色ばかりでした。
この家には、まだ知らない場所がたくさんある。
そのことが、胸の奥で広がっていきます。
やがて風は少し弱くなりました。
ハルの体は、ゆっくり下へ降りていきます。
そして。
ふわり。
古い棚の上に着地しました。
「着いた!」
ナツもその横に降りました。
ハルは周りを見ました。
ここは机の場所から、ずいぶん遠くです。
窓も小さくしか見えません。
「ここ……知らない」
ハルは言いました。
ナツはにこにこしていました。
「だからおもしろいんだよ」
ナツは言いました。
「世界は広いんだ」
ハルはその言葉を聞いて、胸の奥が少しだけ震えました。
世界は広い。
机の上だけじゃない。
床の下もあった。
そして、風の道もあった。
もしかしたら、この家の中には、まだまだ知らない場所があるのかもしれません。
遠くで、また風が鳴りました。
廃屋の中を、風は今日も通り抜けています。
その風は、小さな世界をゆっくり広げていました。




