表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/16

光のほこり

 山のふもとに、だれも住まなくなった家がありました。

 屋根の瓦はところどころ欠け、窓ガラスは半分ほど割れています。

 春になると、その家にはやわらかな光が差し込みます。

 朝の光です。

 屋根の小さな穴から、一本の光の柱が落ちてきます。

 それはまるで、空から静かに降りてきた糸のようでした。

 光の中には、ほこりがたくさん舞っています。

 きらきら。

 ふわり。

 ゆっくり、ゆっくり。


 そのほこりの中に、ひとつの小さな命が生まれました。

 それが、ハルでした。

 ハルはとても小さなウイルスです。

 あまりにも小さいので、人間の目には見えません。

 でも、ハルにはちゃんと世界が見えていました。

 光。

 机。

 古い壁。

 そして、ゆっくり動くほこりたち。

 ハルはしばらく、光の中をただ漂っていました。

(ここは、どこだろう)

 生まれたばかりのハルには、言葉はありません。

 けれど、心の奥に小さな気持ちが芽生えていました。

 ふしぎ。

 きれい。

 なんだか、うれしい。

 光の粒が、ハルのまわりでくるくる回っています。

 ハルもそれに合わせて、ふわりと動きました。

 すると。

 とん。

 ハルは、どこかに着地しました。

 そこは、古い机の上でした。

 机の表面には細かな傷がたくさんあります。

 長い時間、ここに置かれていた机なのでしょう。

 ハルはしばらく、机の上でじっとしていました。

(ここが、ぼくの場所かな)

 そのときでした。

「だれ?」

 小さな声が聞こえました。

 ハルはびっくりしました。

 声のした方を見ると、すぐ近くにもう一つ、小さなウイルスがいました。

 丸くて、やわらかそうで、少し透明です。

「はじめて見る顔ね」

 そのウイルスは言いました。

 ハルはどう答えていいのかわからず、しばらく黙っていました。

 するとそのウイルスは、ふっとやさしく笑いました。

「だいじょうぶ。びっくりしたよね」

[

「……」

「わたし、ツユっていうの」

 ツユ。

 その名前は、水の粒のようにやわらかく響きました。

 ハルは少し安心しました。

「……ぼくは」

 言葉を探します。

 でも、まだうまく言えません。

「まだ名前がないの?」

 ハルはうなずきました。

 ツユはしばらく考えてから言いました。

「じゃあ、ハル」

「え?」

「だって、春に生まれた顔をしてるから」

 ハルは、その言葉を聞いて不思議な気持ちになりました。

 ハル。

 それが自分の名前になるような気がしました。

「……ハル」

 小さくつぶやいてみます。

 するとツユがうれしそうに言いました。

「うん。やっぱりハルだ」

 机の上には、静かな時間が流れていました。

 外では風が吹いています。

 壊れた窓のすきまから、やさしい風が入ってきました。

 ほこりがふわりと浮き上がります。

 光がゆっくり揺れました。

「きれいでしょ」

 ツユが言いました。

 ハルは光を見上げました。

 光の柱の中で、たくさんのほこりが舞っています。

 まるで小さな星のようです。

「ここね、朝になると光が来るの」

「それで、昼になると少しあったかくなる」

 ツユはゆっくり説明します。

 ハルはその話を聞きながら、胸の奥がふわっと温かくなるのを感じました。


 ここには光がある。

 風がある。

 そしてツユがいる。

 それだけで、世界はとても大きく感じました。

「この家にはね」

 ツユが続けます。

「わたしたちみたいなのが、たくさんいるの」

「床の下とか、壁とか、窓のところとか」

 ハルは目を丸くしました。

(そんなに?)

「でもね……」

 ツユは少し声をひそめました。

「みんな、あんまり外に出てこないの」

「どうして?」

「うーん……」

 ツユは少し考えました。

 そして、静かに言いました。

「ここはね、季節が変わるから」

 ハルには、その意味がまだわかりません。

「きせつ?」

「うん」

 ツユは光を見上げました。

「光が強くなったり、弱くなったり」

「暑くなったり、寒くなったり」

「そういうの」

 ハルはしばらく黙っていました。

 でも、なんだか少しだけ胸がどきどきしました。

 知らないことが、たくさんある。

 それは少し怖いけれど、同時に楽しそうでした。

 そのとき。

 ふわり。

 光の柱の中から、新しいほこりが落ちてきました。

 きらきら。

 くるくる。

 それは、ゆっくり机の上へ降りてきます。

 ハルはそれを見て、思いました。

(もしかしたら、また誰か、生まれるのかな)

 ツユも同じことを思ったようでした。

 二人は静かに光を見上げました。


 古い廃屋の朝。

 やわらかな光の中で、小さな世界がゆっくり動き始めていました。

 春は、まだ始まったばかりです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ