【短編版】聖女ですがヒマなので、ギルド受付嬢もやってます。
──ギルド受付嬢の朝は早い。
「おはよう、セシル! なんか美味しい依頼ない?」
開業を告げるベルとほぼ同時に、受付カウンターに乗り上げる勢いで問いかける褐色肌の長身美女は、アマゾネス族の戦士ライザ。
「おはようございます。今日も早いですね」
勢いだけでなく、一族の誇りだというビキニアーマーの胸部装甲もででんとカウンターに乗り上げているから、隣の窓口に並ぶ生真面目そうな若い剣士の目が泳ぎまくっている。
「うん。大聖堂で聖女様の朝の礼拝に参加してから、市場の露店で朝メシ食べると、ちょうどこの時間ってわけ」
うなずきながら自慢気に話す彼女の背で、一本に編み上げた長い赤髪が揺れる。彼女たちアマゾネスは、その露出度に寄らずとても信心深い。
「でも、最近は礼拝もガラガラでしょう? 大聖堂は老朽化で雨漏りするくらいだし、聖女もおヒマなんじゃ……」
近年になって魔法の研究が一気に進み、代わりに女神を祀る宗教はすっかり衰退していた。
たいていの傷は治癒魔法で回復できるし、安くてよく効く魔法薬もギルドの売店で手に入る。信仰心もお祈りも必要ないのだ。
「んー、神話では女神さまが、奴隷だったウチらの一族を解放したことになってるしー。……まあそれは置いといて、どうなの?」
「はいはい、美味しい依頼ですよね。ちょっと待って」
この王都では、東西南北の四か所に冒険者ギルドが設置されている。私の勤める東ギルドは大聖堂のすぐ隣で、目の前には活気あふれる市場が広がる。
なお四つのギルドの大元は同じ組織で、すべての依頼はいちど中央本部に集められ、翌朝に各ギルドへ平等に再分配される。だから基本的に、朝早いほうが依頼の選択肢は拡がる。
「……中央街道にまたゴブリンが出たので、日帰りで荷馬車護衛の依頼があります。上級ランクのライザさんなら単独で受注できますよ」
依頼書の束をペラペラめくり、一枚を眼前にそびえる褐色の谷間に向けて差し出す。それも平等に再分配されないかしらという想いを、慎ましい胸の内に飲み込みながら。
「わ、いいじゃない! ゴブリンなら楽勝だし報酬も相場以上だし。……あ、でも……」
依頼書を片手にテンション高めの彼女は、途中で急に凛々しい眉を寄せ口ごもった。
「いいのかな。最近いろいろ言われてるんでしょ? ウチはもうちょい上のでも行けるよ」
たしかに東ギルドはここ最近、一部の冒険者から初心者向けのお遊びギルドとバカにされていた。彼女が気にしているのはその件だろう。
いわく、東はぬるい依頼が多いとかなんとか。でも依頼書は平等に再分配されているので、そんなことはありえない。
「ううん、だいじょうぶです。あんな流言は気にしないで」
「そ? じゃあ、遠慮なく美味しくいただきます!」
彼女は満面の笑みで依頼書を折りたたみ谷間の奥に押し込むと、カウンターに背を向ける。
「あ……待って、ライザさん」
「うん? どうかした?」
──ふと嫌な予感がして、私は彼女の褐色の背中を呼び止めていた。
ギルドの受付嬢なんて気楽な仕事だと言われる。
危険な現場に冒険者を送り込んでおいて、自分たちはずっと安全なカウンターの中にいる。制服の白いブラウスを着てニコニコしてればいいだけだと。
確かに、そういう一面もあるだろう。実際、腰掛け感覚で受付嬢になる子もいる。
けれど、この手で渡した依頼書が、彼らの命を奪う切っ掛けにもなり得るのだ。それでも私たちにできることはない。ただ、無事を祈って帰りを待つしかない。
──それは、決して気楽なことじゃない。
ギルドの受付嬢に若い子が多いのは、そのほとんどが一年も経たず辞めていくからだという。
十九歳ではじめた私は、もうすぐ丸一年になる。
「こないだ、武器を再鑑定したいって言ってたじゃないですか」
「ああ! そうだった」
彼女は自身の武器をカウンターの上にどんと置いた。
「ホラ、こいつがウチらの一族に代々伝わる戦士の斧だよ」
その大振りの片手戦斧は、黒鋼の刃から持ち手まで流れるような曲線の一体成型で、おそらくドワーフの名工の手によるものだろう。
「これは……業物ですね……」
「そうなの? 由来はよく分からないんだけど」
手入れもしっかり行き届いていて、大切に受け継がれてきたことがよくわかった。刃の側面に刻まれた無数の傷は、盾としても持ち主の身を守ってきたことを物語っている。
「西のギルドじゃ『ただ無駄に古いだけ』とか言われてさ……」
ライザの不満げな声を聞きながら、指先で触れた表面をそっとなぞっていく。
確かに、特別な力は宿っていなかった。付与された魔効の良し悪しが重視される魔力鑑定において、西の鑑定結果に誤りはない。
それでも、この斧は世代を超え受け継がれてきた。
「いいえ。その古さこそ、代えがたい価値です」
指先から伝わるのは、幾重にも連なる戦士たちの誇りと、我が子よ強くあれという願い。
願いとは、すなわち祈り。それが力になり得ることを、私は知っている。
──どうか、彼女を守って。
「つまり、鑑定結果は変わらずか」
無言でうなずいて、手を離す私。
「でも、なんだかすっきりした。ありがとセシル、あんたに鑑定してもらえて良かった」
ライザは笑顔で斧を持ち上げ、そして少し首を傾げながら軽く振る。
「なんか、ちょっと軽くなったような」
「気のせいですよ」
「だよね。じゃあ、行ってくる!」
斧を肩に担ぐと、彼女は窓口に背を向けた。
見ればギルド内には冒険者の姿が増えはじめている。お天気も良いし、今日も忙しくなりそう。これはまた残業かな? そう思うと、つい口元がにやける。
──そうして目まぐるしい一日に追い立てられて、気付けば夜の帳が下りていた。
もうすぐギルドの閉業時間だ。両隣に「別の窓口をご利用ください」の札が鎮座するカウンターで、受付嬢は私一人だけ。
「こんばんはセシル! 今日も残業かい?」
明るい声と共にカウンターに乗り上げる胸部装甲。ライザだった。私は、ほっと胸を撫でおろす。今日期限の依頼で未帰還なのは、彼女だけだったから。
「ええ。いちおう別のお仕事もあるのだけど、そっちはほとんど収入ないから」
「ふうん、慈善事業みたいな?」
「そんな感じです。家も古くなってきて老後とか不安だし、稼げるときに稼いでおきたいから、残業は大歓迎なの」
「じゃあ、こんど市場でメシでも奢るよ。いつも世話になってるし」
にっこり笑って彼女は、谷間の奥から取り出した依頼書をばんとカウンターに叩きつける。下部にはしっかり依頼主のサインが記入されていた。
「今日の依頼も上手く行ったみたいですね」
「いやあ、そうでもなくてさ。ゴブリンども、劣勢になったらオーガなんか連れ出してきて」
「え、オーガ!?」
それが朝の嫌な予感の正体か。オーガと言えば凄まじい強靭さで知られ、中級以下の冒険者ならパーティー壊滅さえ有り得る強敵だ。
「ああ。さすがに一人じゃヤバいと思ったけど、今日はやたら急所撃ちが決まりまくりで、なんとかなった。よっぽど運の良い日だったのか、それとも……」
そこで彼女は少し不思議そうに問いかける。
「もしかして武器鑑定のとき、何かした?」
肩に担がれた斧の側面に、朝は無かった大きめの傷がひとつ、増えている気がした。
「ええ。ライザさんをお守りください、ってお祈りしましたよ」
「そっか、ありがとう。でもお祈りは自分でも毎朝やってるしなあ……それじゃ、まるで……」
差し出した報酬の銀貨を受け取りながら、ふと彼女は私の顔をまじまじと覗き込んだ。
「──そういえば、前から思ってたんだけどさ」
「はい?」
「セシルってなんとなく聖女様に似てるよね?」
彼女は真顔で問いかけてきた。
「……えっ? いや、そんなことは……」
「その白い肌も澄んだ声も。白金のポニーテールだって、ほどいてストレートにしたらそっくりだし……」
「でも、聖女の素顔は見たことないでしょう?」
「たしかに聖女様のお顔はヴェールで見えないけど、きっとセシルみたいに優しい蒼い目の清楚美人だと思うんだ。うん絶対そう!」
褒めてくれるのは嬉しいし、思わず頬が熱くなってしまうけど、彼女は金貨を受け取ったまま私の手をぎゅっと握って離してくれない。琥珀色の瞳がきれいで、絡み合った視線を逸らせない。
「ねえセシル……。教えて、あなた本当は聖女様……」
アマゾネスには人の嘘を見破る能力があるという。魔法ではなく、相手の脈拍や目の動きから心を読み取るのだとか。
すべて見透かすようなその瞳に見詰められ、私はゴクリと唾を飲み込んでいた。
「……の妹さんでしょ?」
…………。
「いえ、違います」
「えっ違うの!? あ、じゃあお姉ちゃん? それとも従姉妹とかそのへん?」
「どっちも違いますって」
「えー、そっかー気のせいかー……」
東のギルドはここ最近、初心者向けのお遊びギルドなどと一部の冒険者からバカにされている。
ぬるい依頼が集まると言われる理由は、他のギルドより依頼の達成率と冒険者の生還率が、なぜか妙に高いせいらしい。
「ほら、もう窓口閉めますよ?」
「はーい。じゃあ明日もよろしくね」
さて、これにて本日の窓口業務は終了。もちろん残業分の時間外手当はきっちりしっかり請求する。──もうそろそろ、我が家の雨漏りを直せそうだ。
お楽しみいただけましたら、ブクマや★をよろしくお願いいたしますm(_ _)m
そして連載はじめました。
https://ncode.syosetu.com/n3595lq/




