第八幕:創作者の責任
やあ、君。物語で生み出されたキャラクターに対して、どのようにすれば誠実なんだろうか?
めでたしめでたしで、終わらせたいけど、そんな希望がない場合ーー
第七幕では、ハーレムとボンクラについて、ホームズに指摘されたワトソン。創作者としてのプライドはボロボロだった。
ベーカー街の下宿の221Bの過ごしやすい居間。安楽椅子に腰かけまま、ホームズは、しばらく沈黙した。
ワトソンはーーまだ口をパクパクしていたからだ。まるで、まな板の魚だ。
記録係か、推理作家か、軍医かーー。
ワトソンは逃げ出したかった。
収入、作家として求められることーーその全てが彼を掴んでいる気がした。
「もう、ファウストは車輪の下には戻せない。既に彼は異世界に行った。
僕らが話し合うべきは、
ーー彼をーーどう終わらせるかだ。
無かったことには、......できないからね」とホームズは呟くように言った。
「ファウストを終わらせるだって?」
「幸い、不老不死は達成されてない。今なら、ファウストを楽にしてやれる。僕らの友人を救おうーー」とホームズが言った。
「読んだのかーー、君、ボクの本をーー」とワトソンの目がかすかに光った。
「もちろん、読んださーー哀れだった」
「哀れーー」とワトソンは顔を歪めた。
「孤独で、死を軽んじ、恥知らずで、女の形に固執し、コミュニケーション不全で、無能で、衝動的で、自己中、女性を所有できるものと考え、愛を知らず、知性も働かない男にーー哀れ以外になんと?まだ足りないか?」
「やめてくれ!」ついにワトソンは叫び出した。
「もちろん。こんなヤツでも、ちゃんとした場所では居場所はある。だがねーーこれは、すべての人が楽しめる本なんだろ?
ーー救いようがない。子どもだって読める。自分じゃマトモに考えられない連中の目に、晒すことになる。
そいつらが大人になって、この本を読み聞かせるーー何も悪いとも思わないから。この化け物をーー化け物の物語をだーー」
ワトソンは口を開いた。
「ボクはーーそこまでーー考えてなかった。ただーー楽しめてもらいたかったんだーー認められたかったーー、こんなの世代をこえて、語られたら、まずい......」
ワトソンは再び顔を両手で押さえた。
「他の誰かが、君と同じことをしたとして、僕は...ここまで言わない。
他ならぬ君だから、僕は止めたんだぜ。」
その日のうちに、ワトソンは本の回収を出版社に頼んだ。彼は借金を背負う事となったが、ホームズがーー多少肩代わりをする事になる。
そしてワトソンは、ますますホームズから逃れられなくなった。
ある日の事だーー彼らが事件の調査のために街中を歩いていた時、ワトソンがホームズにたずねた。
「あんなにチートの能力を与えたのに、ファウストは、なぜ幸せにならなかったんだろうね」
するとホームズは、立ち止まった。
彼の目の前には教会があった。
「どんな力を持とうとも、
幸せになれない。人と関わる限りね。
ーー前例はあった。
水をワインに変えようとも、
重い病をなおしても、
人を死から引き戻せる力があろうとも、
社会に生きるからには、
人の中で生きるからには、
チートな力は呪いでしかない。
人は自分の価値観でしか
ーーモノをはかれない。
存在を認められない。
ーー僕ですら......だ。」
ワトソンはしばらく考えた。
「前例ってーーもしかしてーー」
ホームズは答えなかった。
ーー彼はジッと教会を眺めていた。
(こうして、物語は静けさと共に幕を閉じる。)




