第六幕:出版の悲劇
やあ、君。作家とはなんだろう。
一つの作品が仕上がれば、次へ行かねばならない。ずっと同じ世界の中に、一生いられない。それで、飯を食べなきゃいけない限りーー
第五幕では、ワトソンは自分の作品の正体に気づいた。この作品は読者を幸せにするどころか、女の形をしてたらなんでも構わない恥知らず生産機だった。
だが、彼はその物語を出版社に売った。
ーーなぜかって?
ワトソンが作家だからだーー。
それで食うことにした。
彼の戦争への恐怖は、まだ彼を縛り付けていた。悲劇だった。
全部、戦争が悪いんだーーなので、せっかく考えた物語を売った。
ホームズからの指摘は、一切改善されなかった。
『異世界転生ファウスト〜馬車で轢かれたら知性無双〜』
主人公のジョン・ファウスト・ワトソンの設定は変わらない。
鋭い知性と完璧な身体に、多彩な魔法。そして、知らないうちに女を魅了させるが、好意に鈍感なボンクラの設定まで追加された。
最終的に、ファウストは不老不死をてにいれる。
女神から渡された『鋭い知性』を武器に異世界で無双して、多くの試練を乗り越え、たくさんの美女と共に幸せを掴むという物語なんだ。
だけど主人公は致命的な欠陥品。
死の定義が書き換えられ、
彼は命を軽んじる。
完璧な身体により、
彼は身体によって衝動的に生きる。
魔法によって、
彼の魂は疲弊し、
更に身体の情熱の命じるまま堕落する。
コミュニケーション不全のため、
彼は孤独に苦しみ、
少し優しくされたら、
小間使いにすらなる。
そんな者が物語の中で美化されて、
世の中に出回った。
それが意外と売れて、シャーロック・ホームズの目に触れた。
物語は、ここから再び語られる事になる。
ベーカー街の下宿の221Bの過ごしやすい居間。そこでソファに深く座っているワトソンがいた。
「新作かーー、ふふ、新作ーー」
彼は出版社から『異世界転生ファウスト〜馬車で轢かれたら知性無双〜』の続編を期待されていた。
「魔王との戦いか、やがては亜神との運命をかけたバトルが待つーー」
そこへ、ホームズが部屋の中に入ってきた。
「ワトソンくん。僕らの共通の友人の件について、話があるーー」
ワトソンは、ホームズの方をゆっくり見た。
ワトソンの顔には、恐怖が張り付いていたーー。
(こうして、第六幕は出版で幕を閉じる。)




