第三幕:ボクは彼を異世界に
やあ、君。愛されたいと祈るように、別の世界を夢見て嘆く。
そんな悲しみにふけるより、
もっとマシに生きな。
第二幕では、ホームズにより、ワトソンのささやかな夢を踏み躙られた。
死の定義から完璧な身体。鋭い知性すらも、転生者を救うことはない。
ベーカー街の下宿の221Bの過ごしやすい居間。安楽椅子にはホームズが腰かけて、窓の方を眺めているワトソンがいた。
「まだだ。まだ、立ち直れる。
美徳を失った。自制が効かない。
それでも英雄はーーまだそこにいる。」
外では辻馬車が通っていった。
人の気も知らないでーーと彼は呟いた。
「で、だーー」とホームズは再び口を開いた。
「魔法が使えるんだったね。ファウストはーー」と彼は言った。
「そうだよ。火や水、土に風。彼はそれを駆使して、困難に立ち向かう。
試練を乗り越えてーー」とワトソンが続けようとした。
「へえ。で、代償は......なんだい?」とホームズが容赦なく遮った。
「魔法と言えども、犠牲はつきものだ。何かデメリットがあるはずだろ。」
ワトソンは少しだけ沈黙すると、ちゃんと答えた。
「精神が疲弊するんだ。でも、時間が経つことで回復する」と言った。
「おいおい、先生。更に自制が効かなくなったぜ。魂が疲弊する。更に幼児化が進み、身体が好き勝手にやる。トーストとコーヒーでも賭けてもいい。
ファウストを清廉潔白に見せたいなら、彼に魔法を使わせるな。君の作品を低俗に変えるぜ。」とホームズは鼻で笑った。
「とりあえず、彼を異世界に送る。」とワトソンは呟いた。
「よせ、ワトソン。ーー彼を楽にしてやれ。送られた異世界の人々が可哀想だ。まるで森から出てきた子グマを、善意で都会に放つぐらいにね。
始めはいいかもしれない。
だが時が経つにつれ、彼は堕落するーー」
ワトソンの指が窓ガラスに触れた。
「楽にしたら、彼はーー彼はどうなる?女神にも会えず、馬車に轢かれたままだ。」
「それでも、魂は救われる。悪くないさーー」ホームズは、そう言うと旨そうにパイプを味わった。
「まだ言いたいことあるぜ。魔法についてだ......」とホームズは再びニヤついた。
「魔法の制御に関してだ。ファウストがオイボレた時に、魔法はどうなる?僕の予想としては、ーー制御できなくて、完璧な身体ごと木っ端みじん、おさらばさ」と彼は言った。
「彼はオイボレにはならない。永遠の若さと命を得るーー木っ端みじんにはならないよ」
しばらく二人は沈黙した。
ホームズが、パイプから口を離した。
「それはーー非常に不味いな。不老不死かーー」そう言って、ホームズは苦笑した。
「君はーーこの物語のーー素晴らしさを知らないから、否定ばかりする。
きっと、辛い人たちの、救いになる。途中で語られなくても、彼らは、読者は夢見てくれる。幸せだったとね」
ワトソンは震えた。
彼は窓の外を見続けた。
ホームズのニヤニヤが大嫌いだからだ。
「ーーわかったよ。ワトソン。
ファウストを、彼を異世界に送りたまえ。だが責任をとるのは、君だ。」
しばらくして、ホームズは口を開いた。
「それで、異世界のどこに彼を放り込むんだい?火山の噴火間近の場所にしなよ。ケリがつくぜーー」
(こうして、第三幕は犬死にで幕を閉じる。)




