第二幕:死の定義と完璧な身体
やあ、君。異世界転生ものは好きかい?最強の自分を想像するだろ?
でもーーそいつぁーー本当に君の能力なんだろうか。借り物なんかで、誰よりも上に感じるのはーー
第一幕では、推理作家をやめる事にしたワトソンが、世間を楽しませようと新ジャンルに手を伸ばそうとしていた。それが『異世界転生ファウスト〜馬車で轢かれたら知性無双〜』さ。
女神から渡された鋭い知性を武器に異世界で無双して、多くの試練を乗り越え、たくさんの美女と共に幸せを掴むという物語なんだ。
そのアイデアを、シャーロック・ホームズに感想をもらってた。
それが地獄の始まりとも知らずにね。
なんとホームズは、この主人公ファウストが破滅すると予言した。
青ざめるワトソンーー。
ホームズは何を語るのだろうか?
ベーカー街の下宿の221Bで二人は向かい合って話した。
外は明るく気持ちの良い朝だ。
だけどワトソンの心は、暗く落ち込んでいた。
「ホームズ。冗談はよせ。
ファウストはイケメンになった。」
ワトソンは少しだけ自分の身体を確認してみた。そしてホームズの、足の長さを見たんだ。
「元は中肉中背の男で、彼は少しばかり顔も悪かったかもしれないが、
女神によって鋭い知性を手に入れたんだ。」ワトソンはホームズを見つめた。
「それに魔法も使える。ボクらの羨む状況だ。なんでも思いのままだ。」
ワトソンは恨みを込めた目でホームズを見た。
「それに君とは違って、ファウストはいいヤツだ。命をかけて、子どもを守った」とワトソンは目をつぶって涙を一筋流した。彼は自分に酔っていた。
「馬車に轢かれてね。犬死にだよ」とホームズはワトソンに自己陶酔の時間を一切与えなかった。
ワトソンは激しく動揺した。
「ホームズ!彼は自己犠牲の英雄だ。侮辱は許さないぞ」とまでいった。
「やれやれ、ーー女神は彼の美徳で褒美を与えたんだ。ーーそうだね?」とホームズ。
「そうだともーー」とワトソン。
「彼が、その美徳を完全に失った後でも?」とホームズにニヤついた。
「どういう事だ......。彼は何も変わっちゃいないぞーー」とワトソンは言い返した。
「いいや、変わったさ。」ホームズはワトソンにわかりやすく伝えた。
「彼の死の定義は上書きされた。
ーーこれは致命的だ。彼は二度と誰かのために命を投げ出さない」
「ーーなんだって?」とワトソンの顔がピキった。彼は凍りついたんだ。
「もともと僕らは”死んだら終わり”という事を知っている。これは覆せない。誰も終わりの先を教えてはくれない。だからーー命を大事にする」とホームズは説明した。
「ーーそうだ」とワトソンは震えた声になった。
「彼は、ファウストは記憶を持ったまま異世界に転生したんだね?」
「ーーそうだよーー」とワトソン。
「それに、鋭い知性を持っているから。彼は知ってる。ーー自分がもう、まともに戻れないって事を。」
それを聞いて、ワトソンは下唇を噛んだ。
「次に彼はーー身体の問題も抱えている。」とホームズは言った。
「彼の身体は完璧だ。若くて、美しく、鋭い知性をおさめておくのに相応しい。どこに問題がある?」とワトソンは声を荒げた。
「そこが問題だよ、ワトソン。
完璧なのが問題だ。考えてもみたまえ、ファウストは不完全な肉体に魂を今まで宿していた。それが、完璧な肉体になんか宿ってみろ。混乱が起きる。負け犬の魂と完璧な身体には、超えられない壁がある。こんなに違いがあると、君、ヤバイぜ。」
ホームズは顎を撫で始めた。
「魂は身体の欲望に流される。
ーー確実にね。
つまりーー自制が効かなくなる。
欲望ーー本能に忠実になる。
欲しいものは、手に入れなきゃガマンもできない。まるで子どもだ。」
ホームズのニヤニヤがワトソンの神経を刺激した。
「美徳も失い、自制心も危うくなった。負け犬が王の体に乗っている。コッケイだーー」
(こうして、第二幕は負け犬の魂で幕を閉じる。)




