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聖女の夜に望まぬ別れ  作者: 打方花情
第1章 聖女の夜に消える

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7/21

1-6.フレジエ・デ・ボワに衝撃を添えて

 王都に構えるウォード家の別宅に移り、本格的に社交界シーズンが幕を開ける頃、私の数少ない友人、ヴィヴィアン=メリルから「久しぶりに会いましょう」との連絡があった。断る理由もなくとんとん拍子で、週末に菓子店での待ち合わせが決まっていく。


 そしてヴィヴィアンとの約束の日に、私はドアベルを鳴らして優美な菓子店へ入っていった。

 ――甘やかな香りが嗅覚を刺激し、優雅な内装が店の品位を表すよう。

 接客台の奥にはお菓子の数々が銀の器に盛り付けられており、定番のものもあれば見慣れない種類のものもある。ヴィヴィアンが指定した菓子店は、他国で腕を磨いたパティシエが商品を提供しており、王都で名声高い評判を獲得しているところだ。

 思わず美しいスイーツに見惚れていると、ネクタイをきっちりと締めた男性店員が話しかけてくる。


「本日はご来店いただきありがとうございます。エルフィオネ・イヴ=ウォード様でお間違いないでしょうか?」

「ええ。そうよ」

「ヴィヴィアン=メリル様から予約席のご案内を承っております。よろしければ二階へお上がりください」

「教えてくれてありがとう。どちらから行けばいいのしら?」

「ご案内します。こちらへどうぞ」


 清潔感ある壮年の店員は、棚横にある白い扉を開けた。階段を上り日当たりのいい個室へ案内すると、店員は紅茶をカップに注いで礼儀正しく下がっていく。

 華やかながら落ち着きのある調度品に囲まれて気分が上がる。円テーブルにて店員が淹れてくれた紅茶を飲んで頬が緩んだ。とても品のある香りが鼻腔に広がる。


「あら?」


 早足で歩く音がしたので部屋の入り口に目を向けた。


「ごめん! 兄を倒していたら遅くなっちゃった!」


 蜂蜜色のポニーテールが揺らめき、まつ毛の下にある赤の瞳が凛々しく光る。友人のヴィヴィアンは自身の双眸と同系色のチュールスカートドレスで登場し、アーチ状の眉を下げて円テーブルの椅子に腰を掛けた。


「二番目の兄が気まぐれでカラスを捕まえてきたの。鳥小屋を作る勢いで自慢してきたから仕方なく蹴って一番目の兄に引き渡したわ。遅くなってごめんね」

「大丈夫、ヴィヴィ。今来たところだから」


 お淑やかな令嬢のようでいて勇ましい本性を持つヴィヴィアンは、私の顔を見るなり穏やかな表情をしてにこりと微笑した。


「今日はぜひともここのお菓子を堪能してちょうだい! エルフィーもきっと気に入るはずよ」

「あらそうなの? 楽しみだわ」


 ヴィヴィアンの自信ありげな様子に胸を躍らせる。下がっていた店員が顔を出し、円テーブルの上に二人分の斬新なケーキを置いた。ふんわりとしたスポンジに生クリームと野イチゴが挟まれており、薄桃色をした上部の表面に一粒の野イチゴが飾られている。


「こちらはフレジエ・デ・ボワでございます。隣国で愛されている、酸味と甘みが融和した野イチゴのケーキとなっております」

「まあ、美味しそう……!」


 店員の説明に興味がそそられるのを我慢できそうにない。


「そうでしょう? とっても美味しいケーキなのよ」


 ヴィヴィアンは満足そうに声を弾ませた。店員はヴィヴィアンのティーカップに紅茶を注ぎ、また静かに後ろへ下がっていく。

 早速フォークでフレジエ・デ・ボワを口に運んでみると、濃厚なクリームの甘さに野イチゴの甘酸っぱさがほどよいバランスで蕩けていった。


「こんなに素晴らしいケーキがあったのね……」

「気に入ったなら私も嬉しいわ。ここのお菓子はね、私の領地で採れた小麦が使われているの。エルフィーがよかったら来年も誘わせてもらうわ」

「ええ! お願い」


 ヴィヴィアンは嬉しそうに笑い声をあげ、フレジエ・デ・ボワに銀のフォークを向けた。一口食べたのち、軽く首を傾げてヴィヴィアンが心配げに聞いてくる。


「貴女のお兄様はご健在? ウェストンヒルにドラゴンが出現したらしいじゃない」

「ドラゴンの方は大丈夫よ。魔法師の方が対処してくださって被害は出なかった。後はお兄様が対処しているけれどあまり詳しいことはわからないわ。でも、後処理が大変みたいなのよね」

「エルフィーのとこもそうなのね。まあ、ここのところ魔物の出現が多いもの~。対策やら、私のお父様も忙しそうだったわ」


 ヴィヴィアンは最近の出来事を振り返るように言った。


「でも、私としては運がいいことだわ。不謹慎だけどお父様から縁談を勧められずに済むもの」

「ヴィヴィは婚姻を結びたくないの?」

「う~ん。狙っている人がいるのよ」


 仰天して自分の耳を疑う。

 ヴィヴィアンは男性に無関心だと思っていた。そもそも異性と同性の区別を面倒くさがって大まかに「人」という括りで片付けている。誰にでも平等、そして淑女らしさがない自分を好きでいる。それがヴィヴィアン=メリルという人間なのだと出会い頭に称していた。

 至って真剣な顔をしてヴィヴィアンはフォークを持つ手を止める。


「言っておくけど、恋愛感情は全く皆無よ。お父様のようにうるさくなくて二番目の兄のように動物を拾い集める人じゃないから狙っているだけ。それと自由に暴れ回れそうだから」

「暴れる? 暴走牛にでもなるつもり?」


 脳内で見知らぬ男性を蹴飛ばすヴィヴィアンが思い浮かぶ。愉快とでも言うように蜂蜜髪の少女は笑った。


「あはは! 冗談よ。癇癪を起こすつもりはないわ。ただ、趣味の魔物狩りを楽しむだけ」

「それって危険……」

「あくまで娯楽の範疇よ? 正しい知識と確実な実力がある時にだけ、万全を期して魔物と戦うの」


 メリル家の面々は個性豊かで、常識を逸脱する嗜好の者がほとんどだ。関わってみると、面白くもあり理解が追いつかなくなる場面もある。


「魔物狩りが趣味だなんてヴィヴィぐらいよ。一般的に魔物は恐怖の対象よ? 私は二度とドラゴンに会いたくないわ」

「ドラゴンはさすがに無理だけど大半の魔物は平気! 私が近くにいればエルフィーを守ってあげる。貴女の家族も一緒にね」


 ヴィヴィアンは軽快な調子で言い、純粋に赤く光る片目をつぶってみせた。


「ありがとう。でも死なれたら悲しいから魔物狩りは困るかも」

「そんなぁ~~! 本当に楽しいのよ⁉ あの非日常感とか最高なんだからっ‼」


 ヴィヴィアンは心底残念そうに肩を落とした。申し訳ないと思いつつ、大切な友達を亡くしたくない気持ちが意固地に主張を繰り返す。焼き付きそうな嫌な想像を振り払い、フレジエ・デ・ボワのコクのある甘味と爽やかな酸味を求める。口に含めると、ほのかに不安が薄らぐ気配がした。


「まあ理解しがたい趣味なのは察しているのよ。その狙っている相手も受け入れてくれるかは微妙だし」

「じゃあどうして?」


 ヴィヴィアンは茶目っ気たっぷりに口角をつり上げて目を細める。


「無関心そうだから。仕事が忙し過ぎてこちらに干渉する暇がないと考えてね」


 なんともヴィヴィアンらしい。政略結婚でも伴侶との間に情が芽生えるのを願う令嬢は少なくない。だが、彼女にそのようなものは無用のようだ。


「打算的ね。でも、それぐらい割り切っている方が結婚はいいのかもしれないわ」

「そうよ。貴族は結婚に夢を見ちゃ終わり。恋愛で婚姻まで辿り着けるのなんて、王女殿下とアネモス魔法伯ぐらいじゃない?」


 危うく咽そうになって紅茶に手を伸ばす。

 アネモス魔法伯とは〈大魔法師〉の中で風属性の魔法師に叙爵される特殊な爵位だ。つまり、ペネビシウス公の嫡子であるオズウェル・エドモンド=モントフォート、彼に違いない。

 唐突に義妹の想い人が出てきて頭が痛くなる。今さっき、聞き捨てならないことを耳にしたような……。脳内が混乱してカップをソーサーに戻せない。


「大丈夫?」

「え、ええ。その、聞きたいのだけど、王女殿下とペネビシウス公爵令息が恋愛……ってどうゆうことかしら?」


 蜂蜜色のまつ毛を瞬かせ、ヴィヴィアンは不思議そうな顔をして首を傾げる。


「その二人が恋仲だっていうのは社交界で共通認識よ? もしかして知らなかった?」


 手からティーカップが滑り落ちそうになった。そんな私をヴィヴィアンは怪訝な表情で見つめていた。

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