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聖女の夜に望まぬ別れ  作者: 打方花情
第1章 聖女の夜に消える

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1-4.シャーロットの告白

 馬車の車輪がゆっくりと動き出し、大通りからウォード家の邸宅へ前進していく。侍女たちは後ろの馬車に乗っているため、私とシャーロット、二人の密室空間が出来上がっていた。


「シャル、事情を話してくれる? とても心配になるわ」

「うっ、わかったわ……。説明が紆余曲折しても許してね」


 シャーロットは気まずそうに指を弄んでいる。視線が泳いで言葉を悩んでいるようだ。根気よく待ち望んでいると、義妹はポツポツと口を開き始めた。


「……青のプリムラベリスって、女神エリスに捧げる以外に、その、好意を持った方に送るって慣わしがあるわよね」

「……? まあ、聞いたことはあるわ。確か、恋が実り愛が深まると言われているのよね?」


 私の友人知人の枠は少ない。それでも同い年の令嬢から、恋愛にまつわる噂は耳にしている。

 ――聖女ルクレツィアの日に青のプリムラベリスを交換した二人は、永遠の愛を約束され生涯幸せな人生を歩むことができる。

 恋人や仲のいい夫婦はもちろん、新たに恋愛関係を成立させたい人がこぞって花に想いを込める。

 なんとまあほど遠い世界と達観していた話。家族間でも特に話題になる瞬間もなかった。関心がないと言えばいいのだろうか。

 シャーロットは人生最大の告白をするかのように大きく深呼吸して黄金の瞳に強い光が宿す。


「わたし、実は――送りたい相手がいるの」


 瞬く間に赤らんだ顔。俯いて両手を硬く握り締めている。一瞬、脳裏に閃光が走って硬直した。


「それは……好きな、恋い慕う方がいるというの?」

「ええ、っと、まだ断言できるほどじゃあないわ。気になる……ぐらいで」


 シャーロットの曖昧な物言いに自身の表情で疑義を呈する。


「本当?」

「これ以上何を言わせるつもりなの⁉」


 シャーロットは頬を膨らませて私を睨んだ。軽く苛立たせてしまったようだ。一気に詰め寄り過ぎたかもしれない。


「悪かったわ、シャル。少し頭の中を整理させて」


 むくれる義妹の前で目まぐるしく脳内を回す中、理解が不完全ながら質問を思いつく。強く意識して普段通りの声を心掛けた。


「貴女が気になるという人が誰なのか、聞いてもいいかしら?」

「うぅっ……。今日、ウェストンヒルを助けてくれた魔法師の方よ」


 数秒間は再び脳内で情報処理に熱を注いだ。大方話の整理がついた時、腕を組んで背筋が強張るのを止められなかった。

 まさか正体不明の相手を好きになるとは。ジョンおじさんは気づいていたのだろうか。とりあえずここは慎重に対応をしなければならない。しかし未だに混乱が残っていた。


「一目惚れ……なの?」


 問いの末尾に困惑が尾を引く。

 上空に静止する魔法師は、具体的な顔立ちや瞳の色さえ不明。しかし遠目からでも、暗めの緑色をしたローブとエメラルドに輝く杖は見えた。おそらく男性だろうが、もしかしたら屈強な女性の可能性もある。

 相手がどんな人物かわからない以上、不用意に応援や助言などできない。

 シャーロットは目線を泳がせながら頬を掻いた。


「そ、そうかもしれないわ。でも違うかも。お姉さまは彼が誰なのか知ってる?」

「いいえ。でもドラゴンを難なく葬るほどだから相当の実力者だというのは推測できるわ」

「え、ええ、その通りね」


 濁した相槌にどこまで踏み込んでいいのか迷い続けた。

 あくまでシャーロットの個人的な事情だ。私が下手に首を突っ込んでいいものでもない。知ったところで政治的側面からの忠告ぐらいしかできないはず。恋愛の駆け引きは全く学がないし、政略結婚以外に考えがなかった。でも、シャーロットがしているのは恋愛。私にとっては無知に等しい領域だ。

 冬の冷気が身に染みる。雪がしんしんと降っていた。


「とりあえず体調が悪い訳ではないのね。教えてくれてありがとう」


 シャーロットは居心地の悪そうに顔を伏せ、それからしばらく無言を貫いていた。お喋りなシャーロットが珍しいと思いながら、私自身、大きな衝撃に対応するのが忙しかった。

 ……どうして気づかなかったのだろう? 体調不良とばかり思い込んでいて、義妹が恋に落ちたなど微塵も想定していなかった。


「シャル、あの魔法師は一体どんな方なのか知ってる?」

「……さあ。お会いできればわかるのだけど……ね」


 熱帯びた耳を一瞥(いちべつ)して、すぐさま目を逸らす。

 窓から眺められる牛は背中を白く染めていた。一匹、また一匹。観察の対象を矢継ぎ早に変えて時間を潰す。

 侯爵邸に到着する手前、焦がすような視線を感じた。そっと目を動かせば、シャーロットが眉間にしわを寄せて切実に黄金の双眼を揺らしている。


「お姉さまお願い……! さっき話したことは誰にも言わないで!」


 あまりの勢いに気圧(けお)される。口を開いて唖然とした。


「わたし、まだ何もわからないの。この気持ちがなんなのか、あの方とどうゆうふうに関わりたいのか……。でも誰かから詮索されるのは嫌っていうか……」

「約束するわ。誰にも教えない」


 シャーロットは大きな双眸を瞬かせて眉を開く。


「私が貴女の嫌がる真似をするわけないじゃない。あの魔法師がシャルに危害のない方であるならば応援するわ」

「ありがとう。ねぇ、変なことを聞いてもいい?」

「何かしら?」

「もし反対されても諦めるつもりがないって言ったら、お姉さまはどうする?」


 不安混じりの険呑な顔に精一杯の微笑をする。


「私はいつでも貴女の味方よ。貴女の幸せになる道を応援するわ」


 馬車の揺れが止まり、御者台の方から声が届いた。


「お嬢様方、到着いたしました」

「ほら、降りましょう」


 シャーロットは静かに首を縦に振った。馬車から降りて白い息を漏らす。

 小さな背中を眺めると、密やかな感傷が襲ってきた。

 義妹はきっと、初恋をした。私より早く、恋を知った。

 貴族は政略結婚が基本だ。それでも情には抗えないもので、束の間の儚い関係を結んだり、跡継ぎ誕生後に愛人を囲う貴族はそれなりにいる。最低限高貴な血を絶やさぬようにすればいいという発想だから、別に間違ったことや軽蔑の眼差しに晒される羽目にはならない。

 なぜだろう、親心に似た寂しさが胸に疼く。出会った当初は本当に子どもだった義妹が、もう恋愛をする年齢になるのが信じられないのかもしれない。


「ふぅ、なんだか疲れちゃったわ」


 シャーロットが背伸びをして首を回す。


「そうね。今日はゆっくり休みましょう」


 侯爵邸に入り、私たち姉妹は各々自室へ戻った。ドラゴンが出現したからか、邸内は慌ただしく足音が鳴り響いている。

 シャーロットにばかり気を取られていたけれど、もう一人心配しなければならない人物がいた。


「お兄様は大丈夫かしら……?」


 常に仕事に追われている兄は、その日私とシャーロットの前に姿を現すことはなかった。

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