1-1.私が「先生」に似てたから
私、エルフィオネは幼い頃に父を亡くした。続いて母が精神を病んで死に至り、天涯孤独となったのは齢5歳の明け方だった。
頼れる親戚らしき大人はおらず、路頭に迷って腹を空かし、懐いた野生の鷹からご飯を分けてもらう日々。いつ死んでも未練はなかった。幸せはこの世にないと信じていた。
そんな毎日にも転機が訪れる。
「君、大丈夫かい……⁉」
上等な衣類に身を包んだ紳士は、黄金の目を潤ませてぼろきれを纏う私を抱擁した。大丈夫かと聞いた端から紳士が大丈夫ではなさそうだから、頭の中は一瞬でこんがらがって言葉を失ってしまった。
「いや、すまない。あまりに先生に似ていたから……。僕はアルバート・フレデリック=ウォード。ウェストンヒルという領地を治めている」
あるばーと、うぇすとんひる、りょうち、おさめる……。
短い言葉を無理やり繋げて一つの答えに行き着く。
「きぞくの、かた?」
「そうだが気を楽にしていい。君、身寄りは? 両親はいるのかい?」
柔らかな栗色の髪と同じく、紳士には優しげな印象をもった。街行く人々の孤児を疎む目つきではない。懐かしむような温かい感情がある。
久しぶりに父との馴れ初めを語る、母の姿を思い浮かんだ。もういないのに、唐突に会いたくてたまらなくなっていた。
正面からの善意にどう反応すればいい? 今までお母さんとお父さんはどう接してくれていた?
顔を伏せて肩を縮める。
そうだ、質問に答えないと……!
「パパもママもいないです。二人ともしんじゃった、んです」
震えた声音が自分でも驚くほどに剝き出しの心を表していた。
私は知らぬ間に、まだ生きたかったのかもしれない。死んでもよかったけど、生きれるものなら生きたいと思っていたのかもしれない。薄々この紳士が自分を助けてくれるのではないかと期待していた。確信していた。だから正直に答えた。親なしかと面倒そうな顔つきをされないと思ったから。
息を詰めて紳士は言った。
「それはつらかったね……。僕も大切な人を亡くした経験があるから、君の思う気持ちは痛いほどわかるよ」
真摯で水のように浸透する声だった。紳士はとてもつらそうな顔をする。見ているこっちまで悲しくなった。でも、私もきっとそんな顔をしている。
お母さんもお父さんもお空に行っちゃったから、幸せだった毎日は帰ってこない。
じわじわと苦しみが胸のあちこちを抉っていく。両親が生きていた時間を恋しく思って鼻の奥が痛くなる。
「わたし、うっ、ひっく、ぐうっ……‼」
会いたい。まだ、一緒にいたかった。でも、もういない。会えないってわかりきっていた。
私はそれでも生きなければいけなかった。理由なんてわからないけど、この人生を歩まなければいけなかった。
それが命、生というものだから?
本能がそう囁くから?
変な使命感に駆られていたのは確かだ。
でも、だけど、一人で耐えきれるかが怖くて、いなくなってしまった大切な人が心の穴になって、もう挫けそうで……。諦めてしまいたかった。全部、忘れてしまいたかった。
「泣いていい。つらければ泣くんだ。おいで。僕が君の面倒を見るよ」
涙がとめどなくこぼれる。
紳士は私を抱き上げ、路地裏から日の照らす道へ運び込んだ。初対面なのに父のような安心感があって緊張が緩まってしまう。肌触りの優れた衣服がとても心地よかった。
「僕は君よく似た人を知っている。その人は若くしてこの世を去ってしまったんだ。これは僕の我儘なんだけどね、君には生きてほしい。彼とは同じ結末を辿ってほしくないんだ」
紳士は朗らかに微笑む。幼い私には紳士が言わんとする内容がわからなかった。だから反応できずに頭を衣服に擦りつけて口を閉じた。紳士は髪の毛を撫でてくれて咎めてはこない。
それから私、エルフィオネ・イヴ=ウォードとしての人生が幕を開けた。




