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聖女の夜に望まぬ別れ  作者: 打方花情
序章

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あの日見た、白い柱 ―???―

 心の底から憎んでいる人間がいる。

 それは王国最強と謳われ、齢15にして魔法師の頂点に君臨した男だった。実力もさることながら、天性の美貌を持つ青年だった。

 ――初めは憧れていた。

 霜のように白い髪が月光で神聖な輝きに満ち、宝石にも劣らない赤紫の双眸(そうぼう)が美しいと評されるあの容貌。彼の魔法は星のように闇を照らす。人々を襲う魔物でさえも、彼の前では散りゆくだけの運命(さだめ)となる。


「すごい……! あの人を越えたいっ……‼」


 8歳の僕は魔物を殲滅するあの男を見た時、初めて人生の目標にするべき人間に出会ったと思った。とても強くてカッコいい人間で、なんとしても彼のような魔法師になりたいと願っていた。

 だから突出した才能がなくても魔法を練習して、貴族という身分まで優秀な魔法師に師事を乞うたため利用した。

 そして12歳の春、父親のつてで最強の魔法師に再び出会った。


「初めまして」


 彼は馬車で縮こまった自分などわからないだろう。助けられたあの日から、僕は彼を道標に生きてきた。ほぼほぼ初対面だったが、抑えられない心臓がくすぐったくなりながら、友人のアルバートとともに彼を歓迎した。


「お会いできて光栄です。僕らの先生になってくださると聞き、大変心待ちにしておりました」


 彼の反応は淡泊だが、尊敬する人間から魔法を教えてもらえるのだ。僕は舞い上がって満面の笑顔になっていたと思う。隣にいたアルバートからは怪訝な眼差しを向けられたが、僕は気にせず彼の言葉に耳を澄ませた。


「よろしく」


 彼は横目で僕らを見ながら、肩に乗った真っ白なオコジョを撫でた。

 会えて嬉しい。頑張ってすごいと思われたい。

 僕は本当に幼稚だった。期待と羨望が胸に入り混じって未来のことなど、考えもしなかった。

 僕とアルバートが最強の魔法師を先生と仰ぐことになったあの日、絶望のカウントダウンはすでに始まっていたのだ。



 彼が先生になって約3年。僕は授業がある度、自室に引きこもるようになった。


「おい、最近どうして来ないんだよ?」


 丸っこい目を懸命につり上げ、アルバートは閉め出そうとする僕の前に立ち塞がる。ため息をついて腕を組めば、ますますアルバートの表情は険しくなっていった。


「先生は偉大な方だ! こんな素晴らしい機会を自ら手放すなんて馬鹿げてるっ!」

「最初は先生に無関心だったのに、いつから信仰者じみた発言をするようになった? 僕は自前の賢さで気づいただけだ」


 アルバートは苛立ちを隠す素振りもなく、眉間にしわを寄せて僕を睨んだ。


「……気づいたって何を?」

「あの人は僕たちに興味なんかない。暇つぶし程度に遊んでいるだけだろう」

「どうしてそんなことが言える⁉」


 アルバートに胸ぐらを掴まれた。だがそんなことで気持ちが変わるはずはない。あまり顔を見られたくなかったが、逃げ場がないため俯いて沸き上がる苛立ちを堪える。

 ……いや、できなかった。憤りが口を滑らせた。


「だってあの人は、僕たちに興味がないじゃないか……」


 彼はいつも、空かペットと思わしきオコジョを眺めていた。気まぐれに僕らに視線を向けることはあっても、僕たちの魔法を無表情でチラ見しただけだ。質問に答えはしても、励ましの言葉一つない。

 冷静に考えたら当然だ。彼の魔法は最強で、僕らのみすぼらしい魔法は大して参考にもならないだろう。僕は優秀な魔法師ではない。興味を持たれないのも仕方がないことだ。

 ……それでも悔しくて嫌で、先生を見る度、真っ黒に染まった憎しみが溢れるようになった。


「アルバート、魔法なんてそんなに大事か? 先生みたいになれないのに、僕たちが頑張る理由なんてどこにもないじゃないか」


 乾いた音が響いた。頭が揺れ、頬が熱を帯びる。アルバートに殴られたと理解するのに数秒かかった。


「この噓つきがっ! 意地を張って何になる⁉ いつか絶対後悔するぞ!!」

「……しない。僕はもう先生だと崇めない」


 アルバートもアルバートで憎らしい。ただの余り枠で授業に参加することになったのに、いつの間にか図々しく先生に媚びへつらうようになった。どうして苛立たせる真似をしてくるのか、お互いに妥協不能の壁があると認めざるを得ない。


「この馬鹿がっ!! 俺がこう言うのも最後だからな!!」


 大股で遠ざかっていくアルバートの背中を見つめ、僕は果てしなく募る憤怒と憎悪の感情を覚えた。

 後悔はしない。先生にもう二度と会わない。そう自身に誓った。

 だが、それが本当に実現してしまった時、僕は胸を貫く激しい痛みの正体がわからなかった。


「あれが何か……感じるだろ?」


 闇に閉ざされた新月の夜、北部には眩い純白の柱が見て取れた。上空へと天高く伸び、異様な存在感を放つ光の柱。きっと日中であっても確認できるほどの光だった。僕たちは先生と過ごした訓練場と言うには粗末な場所で、どこかの誰かに似た、神秘的で強大な魔法を茫然と眺めていた。


「もしかして、あの人なのか……?」


 星のような煌めきを放ち、見る人を魅了する魔法の奇跡。こんな芸当ができる人物など、たった一人、彼しかいないではないか。

 アルバートは嗚咽をあげながら、濡れた頬を拭って口を開いた。


「先生は、この国のためにっ、死んだんだ……! 自分の命を懸けてっ……!!」


 意味がわからない。アルバートはずっと泣いていて地面に崩れ落ちた。

 また闇に包まれるまで、唇を閉じて奇妙な白の柱を見届ける。真っ直ぐな柱が歪んで見え、目元が熱くて喉が引き攣る。


「これでよかったんだ……」


 憎しみも尊敬も全部、いつか終わりが来る。この日がきっとそうだった。でも僕は、終わったことだと、過去は洗い流せと、どんだけ自分に言い聞かせても無駄だった。

 出会わなければよかった。関わらなければよかった‼

 例え先生との大切な思い出が脳裏によぎっても、時間は巻き戻らず進んでいく。


「大っ嫌いだ、先生……! 」


 星々が瞬く夜空に吠えた。応答の気配なぞ微塵もない。存在すら綺麗に抹消されたみたいだ。

 ――もう彼はいない。結局越えられないまま、僕たちの前から姿を消した。

 憎い。どうしてこんな感情を抱かせた?

 そうして最強と名高い魔法師は、私の無様な人生に深淵のごとき影を落とした。

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