⑨ 父の手紙
出版社の記者という仕事を通じて、過去の自分を探し求める物語です。
「あの人の夢は”世界中の料理を気軽に楽しめるレストラン”を作ることだった」
母はそう言って父との思い出話を話し始めた。
父は小学生の時、親戚の集まりで振舞ったホットプレートで作ったお好み焼きが大好評で、それを食べている人たちがすごく幸せそうだったことから、将来は料理を作る人になりたいと思った。
中学高校と部活動でサッカーに打ち込むが、小さいころからの夢である料理人を目指して、高校卒業後、大学への進学を勧める家族の反対を押し切り寿司屋に就職をする。
寿司屋での4年の修行後、中華料理店で3年経験を積み、次にフランス料理店で4年勉強をして、最後にイタリア料理店に就職をした。
フランス料理店での修業時代に客として来店した母と出会い、その後27歳の時に結婚し2人の娘を授かった。
夢に向かって順調に進んでいたイタリア料理店での修行中の31歳の時、中学校の同窓会で同級生である高山商店の6代目の長男・修一と再会した。
修一は大学卒業後、家業である高山商店に就職するが、将来経営者として人の上に立つ素質がないと6代目の社長に判断されて、入社して5年を経て家業であるにもかかわらず会社をクビになった。
夜遅くまで酒を飲んでは翌日遅刻をしたり、冬に鍋が食べたいという理由で勝手に北海道に出張に行ったり、挙句の果てには会社の金を使い込んだりと理不尽な行動を繰り返していた。
広島の魔女と呼ばれる6代目社長である母親に勘当された修一は、拠点を大学時代を過ごした福岡に移し、大学時代に遊びまくっていた時のコネを生かして会社を起業した。
その会社は、業種は問わず新しく店を開業する人を会社設立から不動産の手配などあらゆる面をサポートするという起業応援事業である。
恐喝未遂や詐欺まがいの犯罪スレスレの行為で彼は会社の売り上げを伸ばし軌道に乗せて、同窓会に参加するために4年ぶりに広島に帰ってきた。そこで父と再会する。
修一は同窓会で話した父の”世界中の料理を気軽に楽しめるレストラン”に共感し、それをサポートしたいと提案し、父も長年の夢の実現のためその提案を受け入れ契約を交わした。
修一からの提案は、広島市の南側に隣接する坂町にある物件で、土地と建物、内装のリフォームなどにかかる費用を合計すると7千万円の見積もりとなった。
父は2人目の子供ができたばかりということもあり、時期尚早とこの話を断ろうとしたが修一のひどく強引な熱意に押し切られてしまった。
高山商店のメインバンクである銀行から修一は親の名前を利用して5千万円の融資を取り付け、残り2千万円は消費者金融で借りる目途がたち、父の意思と反して費用の準備ができてしまった。
どうにかこの件を断る方法を考えていた矢先、修一は7千万円を持って行方をくらましてしまう。連帯保証人である父はすべてを失い、無情にも7千万円という借金だけが残ってしまった。
「ひどい、ひどすぎる、完全に詐欺じゃない。こんなこと人間のすることじゃない」
「あの人は、人が良すぎて不器用で、自分が裏切られるなんてことは全く考えない人だった。だから私も好きになったのよ」
父はどうすればよいのかわからなくなり、警察に相談に行きすべてを話した。その後警察は悪質な詐欺事件として捜査を開始した。
時を同じくして銀行の営業部長から6代目のもとに連絡があった。高山商店の名前を出して5千万円の融資を受けた修一と連絡が取れないという。
それを聞いた6代目は会社の顧問弁護士を使って修一の居場所を調査させると、消費者金融から借りた2千万円を追加して合計7千万円と共にすでにマレーシアに出国していることが判明した。
警察の動きを察知して、このままだと詐欺事件として高山修一が指名手配される恐れがあり、会社の名に泥を塗られることを回避するために、連帯保証人となった父と話し合いの場を設けることにした。
その話し合いの場で6代目はこう提案をした。
すでに高山家と修一は縁が切れている。今後2度と高山家と関わり合いを持たないことを記した宣誓書にサインをする修一の映った映像を保有している。だから今回の詐欺事件に高山商店は無関係だ。
しかし我が高山商店の名を出して金の融資を受けたこと、実際に腹を痛めて産んだ子は勘当しても法律的には親子の縁は切れないこと、このことが事件が明るみになると高山商店の信頼を著しく下げることも事実だ。
そこで私からあなたに7千万円を貸しましょう、返済は我が愚息分を差し引いて半分の3千5百万円でよいでしょう、これで借金を返済することができるので被害届を取り下げてください。
我が愚息はすでにマレーシアに出国していて、日本とマレーシアは犯罪人引渡し条約を結んでいないので、修一が逮捕されるのは彼が日本に再入国をした時となり、それはいつになるかはわからない。
しかもその間も銀行から借りた5千万円と消費者金融から借りた2千万円の返済義務は発生する。どういう返済計画になっているのかは知らないが、返済義務が凍結されることはない。
父はその提案を飲むことにした。そして母にすべてを打ち明けて、2人の娘の将来に影響が出ないように離婚をすることに決めた。
母にとっては思い出したくない過去、母にとっては繰り返したくない過去、母にとっては話したくない過去、今それを娘に引き継いでいる。母は強し、聞いている私が泣いてしまいそうだ。
「私たちが離婚したときは美幸が5歳で美咲は1歳、あんまり覚えてないよね、お父さんのこと」
「うん、正直言ってあまり覚えていない、でも大好きだったことは覚えてる」
その言葉を聞いて母は笑みを浮かべ、ちょっと待ってねと言い、ゆっくりと席を立ち自分の部屋に向かった。
部屋から出てきた母の手にはもとはクッキーの入れ物だった青い箱があり、中から白い封筒を取り出して、あの人は手紙を書くのが苦手で箇条書きのメモみたいなのよと言い、父が死んで1か月後に届いた手紙の内容を話し始めた。
その手紙には離婚してから亡くなるまでの空白の2年間が詰まっている。
父は6代目から借りた金で借金を返済し、被害届を取り下げた。それと同時にイタリア料理店を辞めて、6代目からの指示で大阪に向かった。
高山商店から準備されていた仕事はトラックでの荷物の運搬で、大阪港で高山商店が買い上げた海産物をトラックに積み込み広島にある工場まで運ぶ内容である。
大阪港から工場のある広島市南区までは高速道路でおよそ320kmの距離で約4時間の運転で、荷物の積み込み積み下ろしを含めても10時間の勤務である。週に2日は休みがあり比較的楽な仕事である。
ただし週に2回くらい広島からの帰る便で段ボール2箱の運搬がある。中身を見ることは禁じられており最後まで何を運んでいるのかは知らせてもらえなかった。
この仕事をおよそ1年と半年続けたある日、広島の工場で6代目から話があると引き留められ工場内の部屋に案内された。部屋には6代目が1人、大きな椅子に座っていた。
話の内容はこのペースだと返済完了まであと80年の月日がかかってしまうので、前妻にも将来的には2人の子供にも返済を協力してもらうことになる。
1回で返済が完了する仕事を準備したがやる気はあるかと言われた。実は最初の契約の時、父には3千5百万円の生命保険が掛けられていた。受取人はもちろん6代目である。
仕事の内容は高速道路の路肩に停車している車にトラックで突っ込み、事故に見せかけて車の運転手一家を殺害することだ。自分の命と家族の将来を天秤にかけた結果、父はその仕事を引き受けた。
そしてあの事故は起こった。
母は一通り手紙の内容を私に説明した後、その手紙を私に手渡した。私は震える手でその手紙を開いた。
母の涙で文字が滲んだ、何度も読み返したクチャクチャな手紙の最後にはこう書かれていた。
真美子 僕は君と出会えて幸せです
僕を好きになってくれてありがとう
僕と結婚してくれてありがとう
君と美幸と美咲は僕の最高の宝ものです
こんな形でしか君たちを守れなくてごめんなさい
僕は最高に幸せな男です
ありがとう これを読んでも泣かないでね 真人より
私は涙が止まらない。こんなにも不器用な愛し方もあるのかと思い、母をしっかりと抱きしめて、私は泣き続けた。
全13話構成となります。
次回第10話は、9/30(火)21:00頃になります。
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