⑬ お墓参り
出版社の記者という仕事を通じて、過去の自分を探し求める物語です。
翌日私は会社に向けて車を走らせた。父の眠る霊園、いつも帰りに寄る洋食屋、ここから近くにあるがそこには寄らずに帰ることにした。そこには母と妹と3人で来るのがよいだろうと思った。
会社に到着して少し休憩を取ってから班長のもとに報告に行った。私は言葉を選んで話をした。私たちの加害者の家族の想いは伝えず、高山商店の6代目の裏側の行動を中心にこの記事を作成することを告げた。
私が広島に行っている間に班長は部長と話をしていたらしく、この自動車事故の件は記事として世間に情報を送信するには細心の注意が必要だという結論に至っていた。
私の所属する第1班は県議会の選挙の取材に奔走しており、来週日曜日の選挙に向けて記事の作成に追われている。
しかし後輩に話を聞くと、今回は立候補者の数が例年より少ないこともあり、前回よりは記事の作成も順調のようでローテーションで休みも取れているようだ。
その後輩はこの夏休みに予定をしていた大学時代の友人との旅行をキャンセルしたことをものすごく後悔をしていた。私も今年の夏休みはしっかりと休むことが出来そうだ。
私はお墓参りの前日の午後に実家に帰った。最寄り駅には妹が迎えに来てくれた。
妹はいつもお盆休みの前半に行われる、小学生の時に在籍したバトミントンクラブのイベントに招待をされて、参加している小学生にバトミントンを教えている。そんなことがあり妹はお盆休みには実家に帰ってきている。
実家に着くといつものように祖母はリビングでテレビを見ながらお茶を飲んでいる。母はスーパーのパートに出ているようだ。いつもと同じこれがこの家の日常である。
母がパートから帰ってきて夕食の時間である。4人で食卓を囲むのはいつ振りだろうか? それでもいつものような時間が流れていく、心地よい雰囲気がこの空間を包み込んでいる。こんな日常が私は大好きだ。
明日の出発は少し早めであるためにそれぞれが早めに自分の部屋に戻っていく。毎度のことではあるが、小さい時の遠足の前日って感じでドキドキしながら眠りについた。
8月14日の朝が来た。8時ちょうどに玄関から外に出るとタクシーが止まっている。運転手さんとあいさつを交わしてミニバンタイプのタクシーに乗り込む。左から母、妹、私、いつものポジションだ。
「高橋さん、毎年有難うございます」
「今年もこの季節になりましたね、安全運転でお連れします」
「今年はいつも帰りに立ち寄る洋食屋さんに先に行ってください。オーナーが年齢的に体力が持たなくなったので今はランチタイムの営業のみなんです」
運転手の高橋さんには20年間ずっと私たちを広島まで連れて行ってもらっている。いわば皆勤賞である。私よりも回数でいえば優秀だ。
三木小野ICから山陽自動車道に乗り広島を目指す。40分ほど走ると岡山との県境付近だ。私はいつものように数珠を握りしめて道路の路肩の辺りを見ている母に話しかけた。
「ねえマミー、事故の場所ってわかるの? ずっと同じような景色だけど」
「事故の後、5年くらいは”死亡事故発生地点”の看板があったんだけど、今はそれもなくなったからだいだいこの辺りかなって…」
歳月とは皮肉なものである。この何もない景色の場所で20年前に5人が死亡した自動車事故が起きている。今それを感じているのはきっと私たち家族だけだろう。
岡山県に入りしばらく誰も話さない状態が続く、私は疑問に思っていた母の計画について聞くことにした。
「もし私にバトミントンの才能があったらどうなってたんだろう。2人とも高山商会に入ってたのかな…」
「それはないんじゃないの、おねーちゃんが高山商店に入ったら、私はライバルチームに入って姉妹で戦うのも面白いよ」
「お母さんはね、どっちか1人が入ってくれればいいなって思ってたのよ」
「じゃあ入れなかった1人を記者にするのも計画通りなの、私一度もそんなこと言われた記憶ないけど…」
「出来れば警察官とか、テレビのニュースキャスターとかになってもらえればと思って、たくさん本を買ったんだけど」
「本って… ただの読書好きになるだけだよ、まあ、でも読書好きが理由で文章を書く仕事に憧れたかもしれない」
「でしょ、結果オーライよ」
母はいつもこんな感じだ。間が抜けているというか、世間知らずというか、でもこんな母が私たち3人の関係を程よくしてくれている。
「バトミントンの話のついでだけど、今年12月の全日本の大会で結果が出なければ、ダブルスに転向するかもしれない。チームの先輩から誘われているんだよね」
「あら、そうなの、美咲はオリンピックに出場できると思ってたのよ」
「センスだけじゃ勝てないんだよねー、化け物が多くて…」
妹はバトミントンのセンスに溢れていた。そんな彼女よりも上がいるとは、やはりどんな世界でも頂点に行くには並大抵の努力だけでは駄目なんだろう。
車は広島県に入った。夏休み期間中ではあるが渋滞もなく順調な走行である。
「ねえマミー、私って幼稚園まで広島で育ったんだよね」
「そうよ、今から行く洋食屋さんからも近いところよ」
「私ってお父さんのことなんて呼んでいたの、マミー教えて」
「うふふ、私のことをマミーって呼ぶのだから、お父さんのことは… 覚えてないの」
「真人だからマサー? うーん、なんか違うなぁ… 全然思い出せないんだよね」
広島市東区にある洋食屋さんに到着した。途中2度の休憩をとったので店に着いたのは12時を少し過ぎたころだった。
オーナーが出迎えてくれた、店の奥のテーブルに案内をされた、そこには予約席の看板が立っている。私は洋食屋さんの店内のこの匂いが大好きだ。
この洋食店は調理をオーナーが1人で担当し、そのサポートに1人、接客に1人の3人体制である。今年で70歳になったオーナーは体力に限界を感じ、後継者もいないことから店を閉める決意をした。
非常に残念であるが、このデミグラスソースのハンバーグをもう2度と食べることはできなくなってしまう。私は5年ぶりにこの味を堪能した。やっぱりぶっちぎりでNo.1である。
「半田さん、すごくおいしかったです。これが最期だと思うと残念です」
「それは良かった、美幸ちゃんには特別にデミグラスソースのレシピを教えてあげるよ」
「ありがとうございます、絶対作ります」
オーナーは若い時にフランスで料理を学び、帰国後ここでフランス料理の店を開業した。広島でも有名な洋食屋で今でも土日には行列のできる店だ。
「長い間お疲れ様でした。主人が死んで20年、この日にお墓参りをするのは今年を最後にするつもりです」
「そうか、真人が死んで20年になるのか… そうだよな、あいつに最後に会ったときに抱いていた赤ちゃんが美咲ちゃんだからな… 俺も年をとるはずだ」
私は父がこの店でフランス料理の修行をしていたことを今日初めて知った。そのときに私は生まれ、ここを辞めてイタリア料理店での修行中に生まれた妹と小さいころ何度もここに来ていたようだ。
「私知ってるんだー、マミーが客としてここに来て2人は恋に落ちたんだよ」
「えっ、そうなの、なんでそんなこと知ってるの?」
「月に1回は食べに来てるからね、私は広島在住じゃけん」
高校から広島に住み始めて8年、妹の広島弁を初めて聞きました。食事が終わり思い出話に花を咲かせているとランチタイムがすでに終わっていた。店の外で写真を撮ることになった。
店の外観をバックに左から母、私、妹の順で並び、一番右にオーナーが入った。母の左側はまるで父の場所のように空いていた。将来この写真を見返したとき、きっとその場所には父が笑って写っている気がした。
父の眠る霊園はここから車で10分の距離である。母が突然次の信号を左に曲がってと言い、少し進んだところであの緑のフェンスの前で止まってくださいと言った。
「あー まだあった、ここだよ美幸が通っていた幼稚園、覚えてる?」
「えー そうなの… うーん、全然覚えてない」
この幼稚園の庭で私は走ったり、飛び跳ねたり、転んだのは間違いない事実だろう。でも、まったく思い出せない。幼少期の記憶は大人になると忘れてしまう、まさにそれなのだろう。
車は再び霊園に向けて走り始めた。父の眠る霊園は広島市東区の小高い丘の上にある。曲がりくねった道を上がると駐車場に着いた。お盆期間ということもあり駐車場も混みあっていた。
駐車場には車を止めずその先の行けるところまで行ってもらい、そこで降ろしてもらう。タクシーの高橋さんには駐車場まで戻ってもらい、私たちは歩いて片桐家のお墓に向かっていく。
「ねぇー おねーちゃん、お墓の場所って覚えてる?」
「もちろん、奥から2番目の通りをまっすぐ行って、超豪華な墓石がある角を左に曲がって、6番目の右側」
「そうそう、じゃあその超豪華なお墓って何さんか覚えてる?」
「あーそれは… 忘れた」
妹は足早に先を歩いていく。母はのんびりと後ろを歩く。お墓参りをしている他の家族をよけながら通りを進んでいく。この緩やかな坂道、正面に見える海景色、微かな線香のにおい、すべてが懐かしい。
水の入った手桶を左手から右手に持ち替えて、顔を上に向けたとき、ピカッと太陽の光が目に入り、目をつぶった瞬間に記憶が蘇ってきた。そこには泣きじゃくってお父さんの足にしがみつく私がいた。
無意識にもう会えないと感じたのか、必死になってしがみつき大きな声で泣いている。一緒に帰ろうよと大きな声で叫んでいる。思い出した、お父さんを何て呼んでいたのか…
「どうしたの、急に立ち止まって…」
「ううん、何でもない。よかった、今日みんなでここに来れて…」
「おねーちゃん、マミー、何やってんの、早く」
お墓の前に到着した。ここに来るときはいつも綺麗になっている。お盆の時期だから誰かがお参りに来ているのだろう。
墓石に水をかけ、花を供えて、お父さんが大好きだったのりでお米の見えないおかかのおにぎりを供える。線香をあげた妹が横にある墓標を見て言った。
「34歳だったんだね、生きていれば54歳、2歳姉さんなんだねマミーは」
「ちゃんとお祈りしたの、美咲」
「大丈夫、私半年前にも1人で来たから…」
母は妹とそんな会話をしながら墓石の前で手を合わせてお祈りをしている。次は私の番だ。私は線香をあげ、墓石を見上げて心の中で父に話しかけた。
「お父さん、また来たよ。私たちを守ってくれてありがとう。ただいま、パピー」
全13話構成の最終話となります。
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