⑩ 妹からの提案
出版社の記者という仕事を通じて、過去の自分を探し求める物語です。
翌日、目が覚めた。携帯電話のアラームをセットしない目覚めは久しぶりだ。
すごくまぶたが重い。そうだ、昨日はたくさん泣いた。
目をつぶると昨日母から聞いた父の過去の話が蘇ってくる。家族のために自分を犠牲にした父の行動は、今の私にはまだ理解できないものだった。
今までの私が父との思い出を想像すると必ずと言っていいほど同じ場面にたどり着く。それはどこかの駐車場で別の車に乗り込もうとする父にしがみついて、「一緒に帰ろうよ」と駄々をこねる場面だ。
しかしそれがいつどこでの記憶なのか全く思い出せない。ただ悲しい気持ちだけが残ってしまう。
ベッドから起き上がりリビングに行くといつものように祖母がお茶を飲みながらテレビを見ていた。キッチンにいた母から今日のお昼は外に食べに行こうと言われ、じゃあ帰りにアパートまで送ってねと返事をした。
近所にある介護施設のデイサービスに通う祖母を見送って、私は母と2人で車に乗り込んだ。行き先は神戸市の北側の方としか言ってもらえず、ちょっとそこまでとは違い少し遠く距離がある。
有馬温泉にほど近い神戸市北区の中華料理店に到着した。すごく期待をしていたが、どこからどう見ても普通の中華料理店だ。
メニューも普通、味も普通の中華料理店で食事を済ませて外に出たとき、母が今日ここに来た理由を話し始めた。
「美幸、この場所、この駐車場、覚えている?」
「なんかうっすら見覚えがあるような、ないような、初めてと言われれば初めてのような…」
「お店は洋食屋から中華料理店に変わっちゃったけど、ここは20年前にお父さんと最期に食事をしたところよ」
「えー、そうなんだ。そう言われると見覚えがあるような気がする」
「あの日はあなたが帰り際に駄々をこねて大変だったのよ、もしかしてお父さんと会えるのが最期かもしれないことを感じていたのかもしれないね」
その言葉を聞いた時、私は父との思い出の場所はここなのかもしれないと感じた。
アパートに送ってもらい母と別れた後、私は部屋に入ってすぐに妹の顔が頭の中に浮かんだ。普段は月に何度か電話だったり、チャットだったり連絡が来るのだが、そういえば半年くらい音沙汰なしである。
私もここのところ忙しくこちらから連絡ができなかったなと思ったが、「美咲は半年くらい前にたどり着いたのよ」と言った母の言葉が頭をよぎった。美咲は私がたどり着くのを待っているのだろうか?
私と妹がバトミントンをやるきっかけは母だった。
母は小学校から始めたバトミントンで中学3年のときに兵庫県大会で2位、スポーツ推薦で入学をした神戸の私立高校3年のときに兵庫県大会で優勝し全国大会ベスト16になった。
高校卒業後、広島ラケッツの前身チームである実業団の広島羽球倶楽部に入団した。といってもマイナーなスポーツであるバトミントンなのでプロではなくアマチュア契約だった。
昼間は提携している会社でパートとして働き、夕方からバトミントンの練習をする毎日だ。しかし実業団に入団後は怪我の影響もあり目立った成績を残せず、29歳で結婚を機に引退をした。
そんな母は2人の娘にもバトミントンの道を開くが、私にはスポーツの才能がなく小学校の6年間で断念したが、運動神経が抜群の妹はメキメキと実力をつけ小学校6年のときに地元の大会で優勝をした。
中学時代も3年のときに全国大会でベスト4に進出し、いくつかの高校からスポーツ特待生の話があった。
改めて今思うと不思議な決断だったが、高校は母の母校である神戸の強豪高校ではなく、家から遠い広島の私立高校に進学をした。この決断は母の決定だったと後に話した妹を思い出した。
高校時代も出場する大会で上位に食い込み、圧巻だったのは3年のときの全国大会決勝進出で、残念ながら敗れて2位に終わったが、応援に駆け付けた母も私も熱狂した活躍だった。
その躍進があって卒業後、広島ラケッツに入団することになる。セミプロ契約で午前中はチームのスポンサーを務める高山商店で働き、午後からは近くの体育館で練習をする毎日だった。
妹は高山商店で働き始めて5年目となる。5年もいれば組織の内情などにも多少は精通してくるころだろう。
私は妹に電話を入れた。ゆっくりとした口調で話すなじみのある声が聞こえてきた。
今日の練習は体育館の都合で午前中だけだったようで、チームメイトとの昼食後の午後はアパートでゴロゴロしていたようだ。
「昨日はいろいろあった。なんか待たせちゃったみたいだね」
「今日マミーからチャットが入ってて、美幸がたどり着いたって言ってたよ」
「たどり着くもなにもゴールがあること自体気にしていなかった。ここがゴールなのかもわからない」
「そうだね、こっちは3年前に6代目が病気で亡くなって、三男の正巳さんが7代目に就任して、私が見ても会社の雰囲気が変わった」
「広島の魔女も病気には勝てなかったんだ」
「7代目は会社の方針をガラリと変えて、6代目の魔法からの脱却を目指したみたい。それが落ち着いた今年に入ったころから毎週水曜日に私たちの練習に参加するようになった。学生時代に少しやってたみたい」
妹の説明では、7代目は社長に就任したのが37歳でまだまだ体が動くようで、定期的に練習に参加をして、練習後には激励会と称して選手1人を誘って食事に行くらしい。
半年前に妹の順番になり食事に連れてってもらったが、噂に聞いていた焼肉食べ放題のチェーン店ではなく、広島の中心部にある高級和食店で畳の個室に案内されたのに驚いたと言った。
7代目は部屋に入るといきなり土下座をして、「あなたとあなたの家族に取り返しのつかないことをしてしまった」と6代目と兄に代わって謝罪をしますと言った。寝耳に水の私に対して説明をしてくれた。
6代目の長男が父を騙して7千万円を奪う詐欺行為をしたこと、このことを闇に葬るために父に7千万円を貸しいったん借金を返済させ、その後その金額の返済を迫り6代目の次男殺害に加担させたことを話した。
「こんなことがあり、私が先にたどり着いちゃったらしいんだ。まったくどうすればいいのかわからなかった、だからマミーに相談したの」
妹は父が死んだときは3歳でその時の記憶はなく、写真の中にいる父しか覚えてないと言っていた。父は交通事故で死んだと言われていた妹は、父の死んだ理由なんて今まで考えたことがなかっただけにショックだったようだ。
「おねーちゃんは、お父さんの記憶って、あるんだよね。私は写真の中の動かないお父さんしかないんだよね」
「7歳だったから、お葬式にもマミーと行ったし、マミーとの離婚後も定期的に食事に行ってたから、でも、なんとなくなんだよね」
「なんとなくでもいいじゃん、思い出があるならいいじゃん」
「そうだね、でも一緒に旅行にも行きたかったし、運動会にも参加して欲しかった。家族の将来を守るためって死んじゃって… 全然私たちのこと守ってないじゃん」
「私たちはまだたどり着いてないのかもしれない、ゴールしてないのかもしれない」
そういうと妹はある提案をしてきた。父の行動を理解するために7代目に会って、”広島の魔女”と呼ばれた6代目と父との関係を調べることが必要ではないだろうか。
あのとき父が何を考えて行動に移したのか、それを知るにはあの箇条書きの父の手紙だけではわからない。
私は仮にもプロの記者である。立派な記事を書くためには片方の意見だけではなく、反対側のもう片方の意見も聞く必要がある。偏った記事なんて読者の混乱を招くだけである。
私は妹の提案を快く受け入れて、7代目と会って話をする段取りをお願いした。来週水曜日の練習後の激励会の時間に合わせて広島まで来てほしいとのことだ。
これで父の行動の本当の意味が分かるかもしれない、そう思うと私は記者として、父の娘として覚悟を決めた。
全13話構成となります。
次回第11話は、10/3(金)21:00頃になります。
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