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 現在のサシャの研究室。ゴードンが、記憶の扉をさらに開いた。


「なあ……バークレイの街で、あの謎の手紙が届いた時、俺はてっきり罠だと思ったぜ。お前もだろ、サシャ?」

「ええ、リスクは高かったわ。でも、あの時の私たちには、それしか選択肢がなかった……」


 サシャの言葉を合図に、彼らの記憶は再び、数年前の過去へと飛ぶ。


 

 


 ミストホルムでの初仕事を終え、かすかな自信をつけた四人が、王都へ向かう道中で立ち寄った城郭都市「バークレイ」。しかし、その街は、魔王軍から遠く離れているにもかかわらず、人々は痩せこけ、重い空気に包まれていた。

 宿屋の主人の話では、代官バルトロが「魔王対策」を口実に、民衆に重税を課し、食料を独占しているという。そして、主人は、声を潜めて、絶望的な事実を付け加えた。


「……しかも、運の悪いことに、王都からいらっしゃっている監査官様が、明後日の朝にはもう、この街を発たれるそうで……。この機会を逃せば、また何年も、我々は代官様のやりたい放題だ……」


 その夜、宿屋の一室。残された時間が「明日一日しかない」という事実に、ゴードンは焦りを募らせていた。


「悠長なこと言ってる場合か! こうなったら、今夜にでも殴り込むぞ!」

「だから、冷静になりなさいと、言っているでしょう」


 サシャが、彼の暴走を必死に抑える。


「失敗は許されないのよ。必要なのは、王権の代理人である、あの監査官を動かす、動かぬ証拠だけ」


 最後に、アルベルが決断を下した。


「今夜、全てを終わらせる。そのために、証拠を探そう」


 

 


 だが、代官の館の警備は固く、手掛かり一つ掴めないまま、時間だけが過ぎていった。

 四人の間に、重苦しい無力感が漂い始めた、その時だった。

 彼らが泊まる部屋の扉の下から、音もなく、一通の封筒が滑り込まれた。

 ゴードンが警戒しながら封筒を開けると、中には一枚の羊皮紙が。差出人の名はない。そこには、震える文字でこう書かれていた。


「代官の執務室、肖像画の裏。証拠はそこに。衛兵の交代は、夜半の鐘の直後」

「罠だ。俺たちをおびき出すための、代官の罠に違いねえ」


 ゴードンが吐き捨てる。だが、アルベルは、その羊皮紙を強く握りしめた。


「危険な賭けだ。だが、この街の人々を見捨てるよりはいい。……行こう」


 その日の深夜。

 闇に紛れて、四人は代官の館へ潜入した。夜半を告げる鐘の音が、街に響き渡る。

 衛兵の交代の際、一人の衛兵が、不自然なほど大きな音を立てて槍を取り落とした。他の衛兵たちの注意が、一瞬だけその物音に完全に引きつけられる。

 アルベルたちは、その「幸運」な一瞬の隙を突いて、執務室のある二階への侵入に成功した。

 執務室に忍び込み、肖像画を外すと、そこには隠し金庫が。サシャが簡単な解錠魔術で金庫を開ける。しかし、中に裏帳簿はない。あったのは、一本の古めかしい大鍵と、「全ての富は、そこに」とだけ書かれた、短いメモだった。


 


 

 翌朝。バークレイの街の正門では、王宮の監査官の一行が、出立の準備を整えていた。

 その馬車の前に、四人の若者が立ちはだかった。


「何者だ!」


 護衛の騎士たちが、一斉に剣を抜く。だが、アルベルは臆することなく、一歩前に出た。


「恐れながら、申し上げます! 我々は、勇者アルベルとそのパーティー! この街の代官、バルトロ卿の不正を告発する、動かぬ証拠を携えてまいりました!」


 厳格な顔つきの監査官は、最初は半信半疑だったが、アルベルの真摯な瞳と、サシャが提示した「地下大倉庫の鍵」を見て、顔色を変えた。

 そこへ、事が露見したと知った代官バルトロが、衛兵を率いて現れる。


「その者共は、勇者を騙る不届き者だ! であえ、捕らえよ!」


 しかし、監査官は、その甲高い声を、冷たく制した。


「黙りなさい、代官。あなたには、この地下倉庫の中身について、たっぷりと話を聞く必要があるようだ。……者共、この男の身柄を確保せよ」


 監査官の護衛騎士たちが、バルトロとその衛兵たちを、あっという間に取り押さえた。

 地下倉庫からは、大量の違法に民から搾取した物資が発見されたという。

 こうして、代官の圧政は、正当な手続きによって、終わりを告げた。


 

 


 その夜、街の広場で開かれたささやかな宴で、四人は民衆から心からの感謝を受けた。そして、彼らもまた、互いの働きを称えあっていた。


「サシャの頭脳がなければ、証拠は見つからなかったな」

「あなたの腕っぷしがなければ、そもそも衛兵を突破できなかったわ」

「ハンナの祈りが、民衆の心を一つにした」

「みんながいたからだ。俺一人じゃ、何もできなかった」


 アルベルのその言葉に、三人は力強く頷いた。

 彼らは、自分たちが一人では無力でも、四人なら、どんな困難も乗り越えられると確信した。単なる冒険仲間から、唯一無二の「勇者パーティー」へと、その絆が深まった瞬間だった。


 

 


「……結局、あの手紙の差出人は、誰だったんだろうな」


 現在のサシャの研究室。回想を終えたゴードンが、ポツリと呟いた。

 サシャは、遠い目をして答える。


「さあ……。罪悪感を抱いた、館の誰かでしょう。私たちに全てを託した、名もなき協力者よ」


 その協力者の背中を、遠い彼方の地から、一人の男の絶望的な祈りが後押ししていたことを、知る者は誰もいない。


 


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