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ゴードンの絶叫が、玉座の間にこだました。
彼の剣は、もはやただの鋼ではない。彼の生命力、アルベルへの友情、そして、この理不尽な世界への怒り、その全てが込められ、聖なる力とはまた違う、眩いばかりの魂の光を放っていた。
魔王アルグベルムは、その凄まじい気迫に、初めて、ほんの僅かに表情を変えた。迎撃しようと、闇の力をその手に収束させる。しかし、その動きが、コンマ数秒、遅れた。内なるアルベルの魂が、友の魂の叫びに共鳴し、最後の力で、その肉体の支配に、一瞬だけ、抗ったからだ。
その、永遠にも思える一瞬。
ゴードンの渾身の一撃は、アルグベルムの防御を打ち破り、その胸を、深く、そして正確に貫いた。
「――ッ!?」
アルグベルムの顔に、驚愕の色が浮かぶ。
彼の体を覆っていた禍々しい闇のオーラが、潮が引くように霧散していく。漆黒の鎧は砕け散り、紅かった瞳は、穏やかな、元の青色へと変わっていく。
魔王の肉体は、光の粒子となって崩壊し、後に残ったのは、半ば透き通った、魂の姿のアルベルだった。彼は、ゴードンの腕の中に、ゆっくりと倒れ込む。
「アルベル様!」
「アルベル!」
サシャとハンナが、彼の元へ駆け寄る。
アルベルは、安らかな、そして、どこか申し訳なさそうな笑みを浮かべて、三人の顔を、一人ひとり、愛おしそうに見回した。
「……ありがとう、みんな……。なにもかも……」
彼は、自分を抱きとめる、親友の顔を、まっすぐに見つめる。
「俺を……殺してくれて……」
その言葉を最後に、彼の魂は、今度こそ、穏やかな光となって、完全に消滅した。
◇
腕の中で、アルベルが完全に消滅し、その温もりが失われる。ゴードンは、その事実に、しばらく呆然としていた。
やがて、彼の内側から、激情がこみ上げてくる。それは、アルベルを二度も失った悲しみ、そして、自分に「友殺し」という、あまりにも過酷な運命を強いた、この世界の理不尽さへの、どうしようもない怒りだった。
ハンナの、悲痛な嗚咽が、玉座の間に響き渡る。サシャもまた、その場に膝をつき、声を殺して、ただ涙を流していた。
ゴードンは、天を仰ぎ、涙ながらに絶叫した。
「てめぇ、俺の前で二度も死にやがって、二度も俺にこんな思いさせやがって、最悪の友人だ。許さねぇ……! 天国で首を洗ってまっていやがれ! ぶん殴ってやるかんな!」
彼は、そっと、アルベルが消えた空間を床に横たえると、再び、天に向かって、今度は、呪詛にも似た、怒りの言葉を叩きつけた。
「くっそ……! 神とか、そういうのがいるんなら、絶対に許さねぇ! 俺に、俺に一番の親友を、殺させやがって……!」
「……こんなの……残酷すぎる……」
サシャが、絶句したように呟いた、その時だった。
ゴードンの、神を呪う絶叫が、引き金だったのかもしれない。
世界の全てが、軋むような音を立てた。
空間が、まるでガラスのようにひび割れ、そこから、純粋な、しかし、感情のない、冷たい光が溢れ出す。
光の中から、一人の「何か」が、ゆっくりと姿を現した。その姿は、あまりにも美しい、女神のようだった。しかし、その瞳には、一切の感情が浮かんでいない。
その「管理者」は、三人を、まるでプログラムのエラーでも見るかのように、冷徹に見下ろした。そして、その声は、耳ではなく、三人の脳内に、直接響き渡った。
『エラー。事象番号932。魔王体、非勇者個体により消滅。システムの整合性に、致命的な矛盾が発生』
その、機械のような言葉に、三人は戦慄する。
管理者は、続ける。
「あなたたちは、この世界のことわりを揺るがす、重大なバグです」
彼女は、静かに手を上げた。その指先に、世界そのものを消滅させかねないほどの、膨大なエネルギーが収束していく。
「これより、あなた方を、エラー要素として、消去します」
絶望の底にいた三人は、休む間もなく、最後の、そして、本当の戦いを、強制される。
物語は、まだ、終わっていなかった。




