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[長編版] 魔王を倒した後、最後に勇者は死ぬ。  作者: みんと


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 死とは、温かく、穏やかなものだった。

 アルベルの意識は、光とも闇ともつかない、柔らかな無の中に漂っていた。戦いの苦痛も、呪いの痛みも、仲間との別れの悲しみもない、完全な安らぎ。ようやく、全てを終え、故郷へ、父と母の元へ、還ることができる。

 彼が、その永遠の眠りにつこうとした、その瞬間だった。

 彼の魂に、直接、声ではない、拒否権のない、絶対的な、そして、あまりにも冷徹な「意志」が、流れ込んできた。


『勇者アルベル。汝の死により、世界の均衡は崩れた。故に、汝を新たなる理として再定義する』


(やめろ……)


 アルベルの魂が、声なくして抵抗する。


(俺は、役目を果たしたはずだ。俺の戦いは、もう、終わったんだ……!)


 だが、その意志は、彼の魂の叫びなど、まるで意に介さない。彼の意識は、安らかな無の空間から、無理やり、冷たい「器」へと、凄まじい力で引きずり込まれていく。魂が、万力で締め付けられるような、冒涜的な感覚。

 凄まじい苦痛の後、彼は、目を開けた。

 そこは、見覚えのある、しかし、より禍々しく再構築された、魔王城の玉座の間だった。


 

 


 アルベルは、立ち上がろうとした。しかし、彼の意志に反して、体は、王者の風格を漂わせ、ゆっくりと、そして、あまりにも優雅に立ち上がる。自分の手を見る。それは、紛れもなく自分の手のはずなのに、どこか他人のもののように、冷たく、白い。

 彼は、自分の口が、自分の意志とは無関係に、玉座の間に集まっていた魔物たちに、威厳のある声で、新たな名を告げるのを聞いた。


「我が名は、魔王アルグベルム」


 ああ、そうか。

 彼は、全てを悟った。

 かつて、カインという勇者が、魔王ガヴェルになったように。

 今度は、自分が、魔王に「された」のだ。

 彼は、この肉体の「囚人」に過ぎない。

 その絶望的な事実を噛みしめていると、肉体を支配する「アルグベルム」の人格が、自らの新たな力を試すかのように、城の外の「嘆きの山脈」に向かって、強大な闇のエネルギーを放った。山脈の一部が、轟音と共に消し飛ぶ。

 その時、アルベルの魂は、戦慄した。

 この肉体を支配する「アルグベルム」が、その破壊行為に、純粋な、そして恍惚とした「快楽」を覚えているのを、感じ取ってしまったのだ。


 


 

 アルグベルムは、より強い刺激を求め、近隣にある人間の街へと、視線を向けた。


(やめろ! やめてくれ!)


 アルベルの魂が絶叫する。しかし、肉体は、彼の意志など、まるでないかのように、街に向かって、ゆっくりと歩き出す。

 街の上空に到達すると、アルグベルムは、たった一発の、凝縮された闇の魔法を放った。

 アルベルは、自分の視点から、見覚えのある、かつて自分が守ったかもしれない、平和な街が、一瞬にして、人々の悲鳴と共に、塵と化していく光景を、ただ見ていることしかできなかった。

 そして、その光景に、肉体が、歓喜に打ち震えているのを感じ、彼は吐き気を催すほどの自己嫌悪に苛まれる。俺は、怪物になってしまった。いや、怪物にさせられてしまったのだ。


 

 


 破壊行為に満足したアルグベルムは、玉座に戻る。

 そこへ、強力な侵入者の気配を察知した。

 玉座の間の扉が開かれ、現れたのは――サシャ、ゴードン、そして、ハンナだった。

 その姿を認識した瞬間、アルベルの魂は、歓喜ではなく、これまでで最大の絶望に包まれた。


(なぜ……)

(なぜ、来てしまったんだ……!)

(来るな! 逃げろ、頼むから、逃げてくれ……!)

(お前たちだけは、俺の、こんな姿を……見ないでくれ……!)


 彼は、自分の顔を見て、希望を打ち砕かれ、膝から崩れ落ちる仲間たちの姿を、ただ、見ていることしかできない。

 そして、自分の唇が、あの冷たい声で、宣告を下すのを聞いた。


「世界の理に仇なす者どもよ。ここで、消えよ」


 その言葉が、引き金だった。

 ゴードンの、魂からの絶叫が響き渡る。


「……てめぇ……! アルベルの顔と、アルベルの声で……そんなこと、言うんじゃねええええええっ!」


 親友の、悲痛な叫び。アルベルの魂もまた、叫んでいた。

 

(そうだ、ゴードン! こいつは、俺じゃない!)

 

 だが、ゴードンが突進してくるのに対し、アルグベルムの体は、喜びさえ感じているかのように、軽々と、そして、あまりにも正確に、彼の渾身の剣を受け流した。


(やめてくれ……!)

(ゴードン、来るな……!)

(俺に、お前を、斬らせるな……!)


 

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