表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
[長編版] 魔王を倒した後、最後に勇者は死ぬ。  作者: みんと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/27

22


 魔王城の隠し書斎で、全ての真実を知ってから、数日が過ぎた。

 王都に戻った三人は、サシャの研究室に集まっていた。しかし、そこに、かつてのような穏やかな空気はない。部屋を支配しているのは、嵐の前の静けさにも似た、張り詰めた緊張感だった。

 サシャは、テーブルに広げた羊皮紙に、世界の「システム」に関する図解や数式を、神経質に書き連ねている。ゴードンは、窓辺に立ち、黙々と自分の大剣の手入れをしていた。シャリン、シャリン、と砥石が立てる、冷徹で、無機質な音だけが、部屋に響く。ハンナは、聖書を読んでいる。しかし、その表情は、かつてのような穏やかなものではなく、書かれた言葉の一つ一つを、疑い、問い直すような、苦悩に満ちたものだった。

 友の死を悼む時間は、終わったのだ。彼らは今、それぞれの方法で、受け取った真実と向き合っていた。


 やがて、サシャが、ペンを置いた。


「……整理ができたわ」


 その声に、ゴードンとハンナが顔を上げる。サシャは、自らが描いた図を指し示した。そこには、勇者と魔王が、円環のように描かれている。


「勇者が魔王を倒す。その行為そのものが、次の魔王を『聖別』する儀式となっている……。それが、この世界の呪われたシステム。アルベルの死は、その連鎖を、彼の命と引き換えに、一度だけ、断ち切ったに過ぎない」


 そして、彼女は、これから起こりうる、最悪の可能性を口にした。


「問題は、アルベルの死によって、このシステムに『勇者』という駒がなくなったこと。このまま魔王が生まれなければ、世界は平和のままかもしれない。でも……もし、システムが均衡を保とうとして、『魔王』だけを、単独で生み出してしまったら? 今度こそ、世界には、それを止められる者がいない」


 その言葉に、ゴードンが、荒々しく立ち上がった。


「じゃあ、どうすりゃいいんだ! 勇者がいなきゃ魔王は倒せねえ。だが、勇者が倒しちまったら、また次の魔王が生まれちまう。完全に、手詰まりじゃねえか!」


 彼の怒声が、部屋を震わせる。

 その時、ずっと黙って聞いていたハンナが、震える声で、しかし、芯の通った瞳で言った。


「……もし、勇者ではない者が、魔王を倒したのなら……どうなるのでしょうか?」


 その、聖職者らしからぬ、世界の法則の「抜け道」を探すかのような言葉に、サシャとゴードンは、はっとする。

 サシャの目に、久しぶりに、知的な探求の光が宿った。彼女は、ハンナの言葉に飛びつく。


「その通りよ、ハンナ……! 勇者という『駒』を介さないで、この連鎖を終わらせる。……つまり、もし、次の魔王が現れたなら……。次の勇者が、この世界のどこかで選ばれる前に、私たちが、私たちの手で、魔王を倒す。そうすれば、連鎖は……断ち切れるかもしれない!」


 それは、あまりにも無謀な計画だった。勇者という規格外の力なしに、魔王を討つ。常識で考えれば、不可能だ。

 しかし、三人の瞳には、絶望ではなく、暗い闘志の炎が宿っていた。


「……なるほどな。理屈は分かった」


 ゴードンは、不敵に笑う。


「要は、俺たちが、アルベル以上に強くなりゃあ、いいだけの話だ」


「私のこの力も、もはや、教えられた通りの主のためではありません」


 ハンナは、胸の聖印を、そっと机の上に置いた。


「アルベル様と、仲間たちを、この運命から守るためのものです」


「ええ」


 サシャもまた、自信に満ちた笑みを浮かべた。


「世界の法則に、喧嘩を売ってやりましょう」



 その日から、彼らの日常は一変した。

 ゴードンは、訓練場で、これまでにないほど重い、両手持ちの巨大な戦斧を振るい始めた。アルベルを守るための「盾」ではなく、魔王を屠るための「斧」を、彼は選んだのだ。

 サシャは、研究室に籠もり、禁断とされた古代の魔術書を解読し、新たな術式の構築に没頭していた。もはや、彼女の知的好奇心を満たすためではない。世界の理を、破壊するために。

 ハンナは、教会で、ただ人々を癒すだけではない、悪しきものを断罪し、打ち破るための、古の「戦う聖法」の探求を始めていた。その祈りは、慈愛だけでなく、苛烈な意志を宿していた。


 友の死を悼む時間は、終わった。

 彼らは、残された者として、ただ悲しむのではなく、戦うことを選んだ。

 神か、世界か、あるいは運命か。

 その、あまりにも巨大な敵に、たった三人で、反逆の狼煙を上げるために。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ