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[長編版] 魔王を倒した後、最後に勇者は死ぬ。  作者: みんと


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 時は少しさかのぼり――。

 あの頃、アルベルになにが起きていたのか。



 ◇

 

 

 妖将ザルガスを討伐し、北方の村々を「眠り病」の呪いから解放したパーティーは、英雄として、心からの歓待を受けていた。

 その夜、村の広場で開かれたささやかな宴は、温かい光と、人々の笑顔で満ちていた。ゴードンは村の男たちと豪快に酒を酌み交わし、ハンナは救われた子供たちに囲まれて、優しい物語を語って聞かせている。サシャは、村の長老から、この地方に伝わる古い伝承を聞き出し、熱心にメモを取っていた。

 アルベルは、その光景を、少し離れた場所から、心の底からの幸福感と共に眺めていた。

 仲間たちの、屈託のない笑顔。助けた人々の、感謝に満ちた眼差し。

 

「ああ、俺は、この光景を守るために、戦っているんだ」

 

 彼は、自分の使命の尊さを、改めて実感していた。この旅が終わったら、故郷のシダー村も、きっと、こんな風に、いつまでも笑い声で満ちるだろう。その日を思い、彼の胸は、温かい希望で満たされた。


 

 


 その夜、宿屋の自室に戻ったアルベルは、満足感と共に、一人、ベッドに入った。

 しかし、眠りに落ちる寸前、彼は、これまでに経験したことのない、凄まじい頭痛と眩暈に襲われた。それは、夢ではない。意識は明瞭なまま、彼の視界が、ぐにゃりと歪む。部屋の風景が、まるで水彩絵の具のように溶け出し、次の瞬間、彼は、全く別の場所に立っていた。

 暗く、禍々しい気配に満ちた、見覚えのない玉座の間。

 彼は、自分の手を見る。

 それは、黒い甲殻に覆われた、人間のものではない、巨大で、おぞましい手だった。


(……なんだ、これは……)


 目の前に、ゴードン、サシャ、ハンナが立っている。だが、その顔には、恐怖と、絶望と、そして、彼に対する明確な「裏切り者」を見るような、憎悪の色が浮かんでいた。


「ゴードン……? サシャ……? どうしたんだ、みんな……」


 そう呼びかけようとした、自分の口から、自分のものとは思えない、深く、歪んだ声が響くのを聞いた。


「――なぜ、我に逆らう、愚かな者どもよ」


(やめろ!)


 魂が絶叫する。だが、体は意志に反して動く。

 おぞましい手が、親友であるゴードンへと振り下ろされる。彼の自慢の大剣が、いともたやすく砕け散る。

 サシャの放つ極大魔法が、黒い手にいともたやすく握り潰される。

 ハンナの慈愛に満ちた祈りが、絶望の悲鳴に変わる。

 彼は、その全ての光景を、自分の視点から、強制的に見せつけられた。愛する仲間たちを、一人、また一人と、惨殺していく、悪夢の光景。


「やめてくれえええええっ!」


 

 


 はっと気づいた時、アルベルは、自室の床の上に、倒れていた。

 体は冷たい汗で濡れ、心臓は、胸を突き破らんばかりに激しく鼓動している。


「……夢、か……?」


 彼は、そう呟き、自分の手を見る。それは、いつもの、彼自身の手だった。

 だが、勇者の力に宿る、直感のようなものが、彼の魂に冷たく囁いていた。

 あれは、ただの悪夢ではない。

 あれは、いつか起こりうる、一つの、絶対的な「未来」の姿なのだ、と。

 その時、彼が床に倒れた物音を聞きつけ、隣の部屋のゴードンが、心配して扉を叩いた。


「おい、アル。大丈夫か? すごい音がしたぞ」


 アルベルの心臓が、再び、大きく跳ねた。

 これが、最初の試練だった。ここで真実を話すか、あるいは、全てを一人で背負うかの。

 彼は、必死で平静を装い、震える足で立ち上がると、扉を開けた。


「ああ、大丈夫だ。少し、悪い夢を見ただけだ。……旅の疲れが出たのかもしれない」

「そうか? ならいいが……。まあ、無理すんなよ」


 ゴードンは、そう言って、あくびをしながら自分の部屋に戻っていった。

 扉が閉まり、アルベルは再び一人になる。彼は、扉に背を預け、その場に崩れ落ちた。

 これが、彼の、初めて仲間についた、重大な嘘だった。

 この瞬間から、彼の、あまりにも孤独な闘いが始まった。


 

 


 アルベルは、窓の外の月を見上げながら、自らの運命を理解した。

 魔王を倒し、英雄として生き永らえれば、自分は、いずれ、仲間を殺す、次なる「魔王」になるのだ。あの「世界の法則」の論文、ザルガスの言葉、そして、今見た予知。全てのピースが、その一つの絶望的な真実を示していた。

 彼は、自分の手を見つめる。

 仲間たちと杯を交わし、子供の頭を撫でた、この温かい手。

 この手で、ゴードンを、サシャを、ハンナを、殺す未来など、死んでも受け入れられない。


 ならば、答えは、一つしかない。


 彼の瞳から、恐怖の色が消えた。代わりに宿ったのは、どこまでも深く、静かで、そして、あまりにも孤独な覚悟の光だった。

 楽しかった宴の夜は、もう、遠い過去のものとなっていた。


(……分かった。俺のやるべきことは、一つだ)


 月明かりが、静かに、そして、あまりにも孤独な覚悟を決めた、若き英雄の横顔を照らしていた。


(この世界の、全ての人のために、魔王ガヴェルを倒す。そして――この世界の、たった三人の、俺の『家族』のために、この戦いが終わったら、魔王に変わる前に……俺は、一人で死ぬんだ)



 


 

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