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[長編版] 魔王を倒した後、最後に勇者は死ぬ。  作者: みんと


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 アルベルの故郷、シダー村から王都へ戻った一行は、ついに魔王領へ向けて出立の日を迎えた。

 王都の正門には、民衆が、街道を埋め尽くさんばかりに見送りに来ていた。それは、最初の凱旋のような熱狂的なものではなく、祈りと、願いと、一抹の不安が入り混じった、静かで、しかし重い見送りだった。

 老王自らが、彼らの元を訪れる。彼は、アルベルに王家伝来の「聖なる守りの護符」を手渡した。


「勇者よ、もはや多くは語るまい。ただ、生きて帰れ。そして、平和になったこの世界を、その目で見るのじゃ」


 王のその言葉は、一国の主としてではなく、一人の父が、息子を戦場へ送り出すような、心からの響きを持っていた。

 四人は、その無数の静かな祈りを背中に感じながら、最後の戦場となる「嘆きの山脈」へと、静かに馬を進めた。


 

 


 「嘆きの山脈」に足を踏み入れた瞬間、世界の空気が変わった。

 つい先日まで見ていた、アルベルの故郷の、生命力に満ちた緑の風景は、ここでは悪夢の残滓でしかない。空は常に暗い灰色の雲に覆われ、大地は腐り、木々は苦悶に身をよじるように枯れ果てている。瘴気が満ち、呼吸をするだけで体力が奪われていくようだった。

 道中、これまでの魔物とは比較にならない、強力で、異形の怪物たちが、何度も彼らに襲いかかった。パーティーは、消耗しながらも、互いを庇い合い、なんとか魔王城へと進んでいく。

 世界の「死」を凝縮したかのような、圧倒的な絶望感が、彼らの心を苛んでいた。


 

 


 魔王城を翌日に望む、最後の夜。

 瘴気を避けるため、一行は小さな洞窟の中で、かろうじて小さな焚き火を起こしていた。パチパチと、か細く燃える炎の音だけが、重い沈黙を支配している。誰もが、明日の決戦を意識し、口を開けずにいた。

 その沈黙を破ったのは、ゴードンだった。彼は、努めて明るい声で、仲間たちの顔を見回した。


「……明日、これが終わったら、王都で一番でかい酒場で、俺の奢りだ。朝まで飲み明かすぞ。誰一人、欠けるんじゃねえぞ。全員、生きて帰ってこいよ」


 その、不器用な励ましに、ハンナが、ふっと微笑んだ。彼女は、静かに祈りを捧げる。それは、勝利の祈りではなく、「願わくば、全ての魂に安らぎがあらんことを」という、敵である魔王の魂さえも救おうとする、彼女らしい慈愛に満ちた祈りだった。

 サシャは、洞窟の入り口から見える、星一つない闇を見つめていた。彼女の頭には、魔導院で見つけた、あの異端の論文が浮かんでいた。「世界の法則」「光と闇の均衡」……。この戦いの先に、単純な平和だけではない、何か別の、大きな運命が待っているのではないかという、言い知れぬ不安が、彼女の胸を締め付けていた。


 仲間たちの、それぞれの想いを、アルベルは穏やかな顔で聞いていた。

 そして、彼は、一人ひとりの顔をしっかりと見つめると、静かに、しかし、有無を言わせぬ力強さで言った。


「なあ、みんな。一つだけ、約束してくれ」


 その真剣な声に、三人が彼に視線を集中させる。


「もし、俺に何かあっても、お前たちは、三人で、生きて、幸せになるんだ。……これは、俺からの、最後の『命令』だ。いいな?」


「アルベル様!?」

「縁起でもないこと、言うなよ!」


 ゴードンとハンナが、激しく反発する。だが、アルベルのその真剣な眼差しは、ただの弱気や不安から来るものではなかった。何かを悟りきった者の、絶対的な覚悟が、そこにはあった。三人は、彼の気迫に押され、それ以上何も言えなくなる。

 重苦しい沈黙が、洞窟を支配した。

 その時だった。

 彼らが隠れている洞窟のすぐ近くで、地面を揺るがすような、大型の魔物の斥候部隊が通り過ぎる気配がした。全員が、息を殺す。見つかれば、決戦を前に、絶体絶命の窮地に陥る。

 しかし、その瞬間、彼らのいる場所から少し離れた場所で、ゴウッ、と大きな音を立てて、不自然な地滑りが発生した。その音に、斥候部隊の注意が完全に逸れ、彼らから遠ざかっていく。

九死に一生を得た四人は、顔を見合わせた。


「……今の、は……」

「主の、加護でしょうか……」


 彼らは、それを「幸運」あるいは「聖なる地の奇跡」だと信じた。


 

 


「最後の夜……あいつ、妙にサバサバしてたんだよな……」


 現在のサシャの研究室。回想を終えたゴードンが、苦々しく、そして、どこか誇らしげに呟いた。


「今思えば、全部、覚悟の上だったのかねえ、あいつは。……ったく、最後まで、勝手なリーダーだよ、俺たちの勇者様は」


 その言葉に、サシャとハンナは、ただ、悲しげに俯く。

 アルベルが遺した「最後の命令」。その言葉の、本当の重みを、彼らは今、噛みしめていた。


 

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