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[長編版] 魔王を倒した後、最後に勇者は死ぬ。  作者: みんと


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 ザルガス討伐の功績により、パーティーの名声は、大陸の教会組織の中枢である「聖都アウレリア」にも届いていた。彼らは、教皇から、これまでの功績を称えるための祝福を受けに、聖都へと招待される。

 壮麗な大聖堂、敬虔な信者たち。街全体が、清浄な空気に満ちているはずだった。しかし、彼らが目にしたのは、大地が力を失い、作物は枯れ、井戸水は濁り、人々が原因不明の病に倒れるという、奇妙な災厄に見舞われた聖都の姿だった。


「これは……『聖地の衰退』と呼ばれる現象。土地そのものが、聖なる力を失い、ゆっくりと死に向かっているのです」


 謁見した教皇は、アルベルたちにそう説明した。

 

「我らも、総力を挙げて祈りを捧げた。しかし、この衰退を止めることは叶わなかった。……聖女ハンナよ」

 

 教皇の、値踏みするような視線が、ハンナへと注がれる。

 

「あなたのその聖なる力が、主から与えられた本物であるならば、この聖都の危機を救えるはず。あなたの信仰を、今こそ、我々にお示しなさい」

 

 それは、依頼というよりも、挑戦だった。ハンナは、自らの信仰と存在価値そのものを試されているような、強いプレッシャーを感じながらも、静かに、しかし力強く頷いた。


 

 


 大聖堂の中央で、ハンナによる「大地の浄化」の儀式が始まった。アルベルたち三人は、他の信者たちと共に、その様子を見守っている。

 ハンナは、これまでにないほど集中し、自らの魔力と生命力の全てを注ぎ込んで祈りを捧げる。彼女の体から、柔らかな光が放たれ、儀式は順調に進むかに見えた。

 しかし、土地を蝕む「呪い」の根は、彼女の想像をはるかに超えていた。彼女の聖なる力は、大地に吸い込まれるだけで、浄化には至らない。魔力が尽き、ハンナの膝が、カクリと折れた。意識が遠のき、彼女は自らの無力さに絶望する。


「……だめ……です……。私には、力が足りません……」


 ざわめく聖堂内。枢機卿たちの、失望のため息が聞こえる。

 ハンナの瞳から、悔し涙がこぼれ落ちた、その時だった。

 ずっと彼女の後ろで見守っていたアルベルが、静かに一歩前に出た。サシャとゴードンが、彼の尋常でない気配に気づき、止めようとするが、間に合わない。

 アルベルは、倒れそうになるハンナの肩に、そっと手を置いた。


「……立て、ハンナ。君は、こんなところで終わる人間じゃない」


 誰にも聞こえない声で呟くと、彼は自らの聖剣を通して、そこに宿る膨大な「勇者の聖なる力」そのものを、ハンナの体へと直接流し込んだ。ハンナの体が、力の奔流を受け止める「器」となったのだ。

 彼女の体から、これまでとは比較にならない、まるで太陽そのもののような、巨大で黄金色の光が放たれる。その光は、大聖堂を、聖都全体を包み込み、枯れた大地を潤し、濁った水を清め、病に倒れた人々を癒していく。まさに「奇跡」の光景だった。

 人々は、光の中心に立つハンナを「真の聖女だ!」と讃え、歓喜の声を上げた。

 その喧騒の中、アルベルは、誰にも気づかれぬように、そっと壁に手をついている。彼の顔色は、紙のように白かった。サシャだけが、その異変に気づき、戦慄していた。


 

 


 儀式の後、聖都の客室。

 歓喜に沸く聖都を後にし、部屋に戻った途端、アルベルはその場に崩れ落ちた。


「アルベル!」


 ゴードンが、慌ててその体を支える。サシャは、血相を変えてアルベルの元へ駆け寄ると、診断の魔法を発動させた。そして、その結果に、彼女は言葉を失う。

 アルベルの魔力が、ごっそりと失われている。それも、ただの魔力ではない。彼の存在の核である「生命力」そのものが、儀式の代償として、大きく削り取られていたのだ。


「あなた、自分の何を使ったか分かっているの!?」


 サシャは、怒りと悲しみに満ちた声で、アルベルに詰め寄った。


「それは、あなたの寿命そのものよ! なぜ、こんな……!」


「……ハンナが、自分の力を信じられたのなら、それでいいんだ」


 アルベルは、か細い声で、しかし、きっぱりと言った。


「彼女のあの笑顔が見れたのなら、安いものだ。……頼む、二人とも。このことは、ハンナには黙っていてくれ。彼女が、自分を責めることのないように」


 その、あまりに優しく、そして、あまりに自己犠牲的な覚悟を前に、サシャもゴードンも、何も言うことができなかった。

 この瞬間、アルベルと、真実を知るサシャとゴードン、そして何も知らずに「奇跡」を喜ぶハンナとの間に、決定的な「すれ違い」が生まれたのだった。


 

 


「あの時、主は、私に奇跡の力を与えてくださったのです……」


 現在のサシャの研究室。回想を終えたハンナが、誇らしげに、しかし、どこか寂しげに語る。


「アルベル様を救うための、あんなに大きな奇跡を起こせた私が、なぜ、肝心な時に、彼一人を救えなかったのでしょうか……」


 その言葉を、サシャとゴードンは、やりきれない表情で聞いている。

 サシャは、胸の中で、決して口には出せない言葉を呟いた。


(違う、ハンナ。あれは奇跡じゃない。あれは、アルベルが、自分の命を前払いして、あなたに与えた光だったのよ……)


 その残酷な真実を、彼女は、今も、親友に告げることができないでいた。

 

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