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[長編版] 魔王を倒した後、最後に勇者は死ぬ。  作者: みんと


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 ザルガスを討伐し、王都へ報告に戻る旅の途中。サシャが、手にした地図を広げ、進路を確認していた。


「この先の分岐、右へ行けば王都への近道。左は……『エルム渓谷の廃村』を経由する、遠回りな道ね」


「エルム渓谷」という言葉に、馬上でうたた寝をしていたゴードンの肩が、微かに強張るのを、アルベルは見逃さなかった。

 ゴードンは、努めて明るい声で言う。


「なら決まりだろ、近道一択だ。気味の悪い廃墟なんざ、ごめんだぜ」


 しかし、その声には、普段の豪快さがない。ハンナが、心配そうに彼の顔を覗き込んだ。


「ゴードンさん……。エルム渓谷は、あなたの……」

「……何もない所だぜ」


 ゴードンは、ハンナの言葉を遮るように、目を逸らして吐き捨てた。

 その時、アルベルが馬を止め、ゴードンに向き直った。


「ゴードン。……寄って行かないか。お前の故郷なんだろう?」


「……だから、何もないって言ってんだろ。ただの、魔物に滅ぼされた、縁起でもねえ場所だ」


「俺たちは、お前のことをもっと知りたい」


 アルベルは、静かに、しかし力強く言った。


「一緒に行かせてくれ。お前が、どんな場所で育ったのか、俺たちの目で見ておきたいんだ」


 その真っ直ぐな瞳に、ゴードンは言葉を失う。彼は、仲間たちの温かい視線に、観念したように、大きなため息をついた。


「……分かった。だが、本当に、何もないからな。期待するなよ」


 その強がりの裏にある、深い悲しみと、仲間への感謝を、三人は静かに受け止めていた。


 

 


 四人は、静まり返った廃村へと足を踏み入れた。

 蔦に覆われ、屋根が崩落した家々。風が、空洞になった窓を吹き抜ける、悲しい音だけが響いている。ゴードンは、まるで自分の記憶を確かめるように、ゆっくりと村を歩き、ポツリ、ポツリと語り始めた。


「ここが、俺の家だった。親父もお袋も、俺が旅に出る前に、病気で死んじまったがな」

「こっちの広場で、村の祭りがあったんだ。あの頃は、夜通し飲んで騒いで、賑やかだったんだがな……」


 そして、彼は、村の子供たちのために作られた、小さな訓練場の跡地で足を止めた。そこには、もう錆びついた訓練用の的が、寂しげに転がっている。

 彼は、そこで一人の少年との「約束」を思い出した。


「……俺は、この村で、ガキ大将みたいなもんだった」


 ゴードンは、空を見上げながら、遠い過去を語り始めた。

 まだ若く、血気盛んだった彼が、村の自警団のリーダーとして、子供たちに木の剣を教えていた日のこと。

 気弱な少年トビーが、「ゴードン兄ちゃんみたいに、強くなれるかな?」と尋ねてきた。ゴードンは、その頭をわしわしと撫で、「おう、任せとけ! 俺が、お前たちのことも、この村のことも、絶対に守ってやるからな!」と、太陽のように笑ったのだという。

 しかし、その数週間後、村はオークの、それも尋常ではない規模の大群に襲われた。ゴードンは奮戦するも、力及ばず、トビー少年を含め、多くの村人を守ることができなかった。


「守るって、約束したんだがな……。結局、俺は、何も守れなかった」


 彼の背負ってきた、深い自責の念が、初めて仲間たちの前で吐露された。


 

 


 ゴードンの告白に、仲間たちはかける言葉を見つけられない。

 ハンナが、やがて口を開いた。


「せめて、亡くなった方々のために、お祈りを捧げさせてください」


 彼女は、村の片隅にある、かろうじて形を保った小さな祠に気づく。

 四人がそこに近づくと、信じられない光景が、彼らの目に飛び込んできた。

 祠の中。埃と瓦礫に埋もれているはずの場所に、一輪だけ、穢れを知らない、清らかな白い花が、凛として咲いているのだ。本来、こんな廃墟に、これほど生命力に満ちた花が咲くはずはない。

その奇跡のような光景に、四人は言葉を失った。


「……主の、お導きでしょうか」


 ハンナが、涙ぐみながら言う。


「亡くなった方々の魂が、あなたを祝福しているのかもしれません、ゴードンさん」


 ゴードンは、その花に、守れなかった少年トビーの面影を重ねていた。彼は、それが少年からの「許し」のように感じられ、こらえていた涙を、静かに流した。その大きな背中が、小さく震えていた。

 サシャは、その非論理的な光景を、ただ静かに見つめていた。(ありえない。この環境で、この花が咲く確率は……。でも……なんて、美しい……)


 


 

 過去と向き合い、涙を流したことで、ゴードンの心は少しだけ軽くなったようだった。

 彼は、仲間たちに向き直り、照れくさそうに頭を掻きながら、深く頭を下げた。


「……すまなかったな、みっともねえところ見せちまって。……そして、ありがとう」


 アルベルが、彼の大きな肩に、そっと手を置いた。


「ゴードン。お前は、もう一人じゃない。今度は、俺たちがいる。……俺たちが、お前の家族だ」


 その言葉は、ゴードンの心の、一番深い場所に、温かく染み込んでいった。


 

 


「……ゴードンさんが、いつも私たちを守ろうとしてくださるのは、その約束があったからなのですね……」


 現在のサシャの研究室。回想を終えたハンナが、新たな理解と共に、しみじみと呟いた。

 ゴードンは、少し照れくさそうに「……うるせえよ」とだけ言って、そっぽを向く。だが、その横顔は、記憶をたぐる前よりも、どこか穏やかだった。

 仲間が抱える痛みを、共に分かち合う。彼らの記憶への旅は、世界の謎を解くだけでなく、彼らの絆そのものを、より強く、より深く、結びつけていくのだった。


 

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